単行本

嘘は真実から生まれる

原一男著『ドキュメンタリーは格闘技である』

 ドキュメンタリーは映画史そのものだ。リュミエール兄弟の『ラ・シオタ駅への列車の到着』(一八九六年)は、断片的な記録映像である。だが、リュミエール兄弟はなぜ、この光景をあえて撮影しようと考えたのか? 本作では観客たちが、この映像を本当に列車が走りこんでくると勘違いし、劇場で逃げ惑ったという有名な伝説がある。リュミエール兄弟の勘は当たった。彼らはある種の衝撃を狙って、この瞬間を選んだのだ。
「ドキュメンタリーは現実を捉えた映像で、嘘の混じりっ気がないもの」という純粋な思い込みは、今でも人々の中にあるのではないだろうか。〈ドキュメントとは、真実に迫って、現実を撮影したものであり、演出がされていないもの〉だから、最近ではテレビ番組でのヤラセがあばかれ、問題視される。だが対談集『ドキュメンタリーは格闘技である』において、聞き役を務める原一男監督は、端的に「ドキュメンタリーはフィクションである」と語る。
 原一男監督といえば、ドキュメンタリー映画の第一人者だ。奥崎謙三を捉えた『ゆきゆきて、神軍』(一九八七年)等がよく知られるが、本著の深作欣二監督との対談内において、原は「奥崎さんも『私は人生大芝居と思っているんです』『奥崎謙三を演じられるのは、私、奥崎謙三しかいないのであります』『自分は名優である』と、こういう言い方をする」と語り、「私も今まで作ってきた映画はジャンルとしてはドキュメンタリーなんだけれども、いや、実はあれは全部フィクション、僕らなりの劇映画なんだっていう言いかたをストレートにできるようになった」と言う。
 ただのヤラセと劇映画もまた違う。より現実に肉迫するための演出というものもあり、原監督の作品は後者としての劇映画だろう。ドキュメンタリーとはそんなに無垢なものではなく、そもそも面白い場面や、作者の意向に沿う場面を選ぶ編集作業がある。ワンカットのみにしたら嘘がないかといえば、事前に打ち合わせがされた時点で、演出が混じる。かといって演出をひたすら排斥したら、それはたいてい退屈な作品になる。
 この対談集の中で、原一男は他の監督たちにも演出や、撮影の工夫について質問をしている。つまり今でいうところの「ヤラセ」や「盗撮」だ。今村昌平は『人間蒸発』(一九六七年)において、主人公の私生活を、マジックミラー越しに内緒で盗み撮りを試みている。原監督は熱心に、今村監督とカメラマンに感想や成果を尋ねるが、あまり手応えのある回答は返ってこない。それは本当に「さほどドキュメンタリー映画として、面白く使える映像は撮れなかった」ためだ。倫理は関係ない。映画として面白かったか否かが、彼らの口ぶりを鈍くしているのだ。
 また、大島監督のテレビドキュメンタリー『忘れられた皇軍』(一九六三年)は、元日本軍所属の在日韓国人傷痍軍人会が行ったデモを撮影している。その後の宴会の席で、片腕と両目を失った徐絡源という傷痍軍人が、泣き出す有名な場面がある。目のない眼窩からこぼれる涙。そのシーンは当然、デモの後の高揚と酒のせいだと思われていたが、プロデューサーの牛山純一は「あれは、別日に撮影したもの」と明かす。番組は一日の出来事として完成されているのに、そんな思いがけない話が飛び出す。
 そういう事実を知っても、『忘れられた皇軍』の衝撃や、番組を構成していた独特のリズム感がもたらす感銘には、なんの影響もない。原一男の『全身小説家』(一九九四年)も、たとえ被写体たちがどれだけ本人にとっての「真実」を語っていても、映画の構成自体がそれをひっぺ返していくような、虚像をあばく見事なドラマティックさがあった。そして現在に至っては、フェイクとの境目が曖昧なドキュメンタリーが台頭し、より複雑化を極めている。本著はドキュメンタリー映画とは何かを、改めて考えさせる根源的な対話となっている。

関連書籍