世の中ラボ

【第74回】東大生のアンケートに見る最近の読書事情

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」5月号より転載

 「出版不況」「読書離れ」といわれはじめてン十年。それでも読書術やブックガイドのたぐいは出版され続けている。本に対するリスペクトが残っているうちはまだ大丈夫?
そんな気分の中で手にした『現役東大生が教科書よりも役に立った100冊』という本がスゴかった。監修者の柳川範之は東大大学院経済学研究科の教授。独学で大検(大学入学資格検定)を受け、東大を出て教授になったという異色の経歴の持ち主だ。
 本書は、監修の柳川先生による読書術と、現役東大生へのアンケートから拾った一〇〇冊の本で構成された本である。もっとも監修者の経歴や読書術は、この際どうでもいい。この本のスゴさは、紹介された一〇〇冊の書目と、それぞれの本に寄せられた本人(東大生)のコメントに尽きる。〈東大生は、たくさん本を読んでいるというイメージをお持ちかもしれませんが、実際は、かなりさまざまです〉と監修者はおっしゃるが、「かなりさまざま」というか何というか。〈普段から本を読む、読まないにかかわらず、東大生は総じて、本のなかから必要な情報を抜き出すのがうまいなと感じます〉という評価も、贔屓の引き倒しちゃうか?
 まあ、いいや。ともあれ、現物を見てみよう。

児童書、マンガ、受験参考書!

この種の本を手にとる人は「頭のいいお子さんはどんな本を読んでいるのだろう」という興味と期待を持っているはずだ。そんな期待はしかし、初手から打ち砕かれる。ほんとに東大生? いや大学生? そこに並んでいるのはよくて中学生レベルの本の山なのである。
まず目立つのは、児童書の多さである。
たとえば、ロングセラーのルース・スタイルス・ガネット『エルマーのぼうけん』。書目もアレだが、そのコメントは〈色んな所に行きたくなった、ファンタジーぽさと現実ぽさが混ざっていておもしろかった〉(工学部機械工学科三年生)。あるいは、あまんきみこ『ちいちゃんのかげおくり』。これは小学三年生の国語教科書に載って有名になった戦争児童文学である。で、コメントは〈最後ちいちゃんも死んでしまって天に召されてしまうのですが、空で両親たちと再会するというシーンがとても切なく小さいながらに泣けてしまいました〉(経済学部経営学科三年生)。『ヘレン・ケラー』(文・砂田弘/「おもしろくてやくにたつ子どもの伝記(7)」)をあげて〈想像を絶する苦境に立ち向かう姿に。自分の悩みがちっぽけに見え、気が楽になった〉と書く教養学部理科一類二年生。『一休さん』(文・寺村輝夫/絵・ヒサクニヒコ)をあげて〈嫌がらせを受けても動じないで、解決してしまう点〉と書く教養学部一年生。知らなければ小学生の感想かと思うだろう。〈一見、ただのファンタジー作品のようですが、よく読んでみると現実の事件や不条理に共通するものをいくらか含んでおり、それらを解決しようとする○○○達の姿勢や発想に感動したことがありました〉(前期教養学部理科一類一年生)というコメントは一見もっともらしいが、ではこの学生があげた本は何かというと、原ゆたか『かいけつゾロリ』シリーズだ(○○○には「ゾロリ」がはいる)。これはアニメにもなった子どもたちに大人気のエンタメで、ちなみに読書対象年齢は幼稚園から小学校低学年である。
 児童書と並んで目につくのは、中高生向けのヤングアダルト文学(椎名誠『岳物語』、梨木香歩『西の魔女が死んだ』、佐藤多佳子『一瞬の風になれ』、あさのあつこ『バッテリー』、重松清『半パン・デイズ』など)と、長編マンガ(横山光輝『三国志』、手塚治虫『火の鳥』、原泰久『キングダム』、三田紀房『ドラゴン桜』、尾田栄一郎『ONE PIECE』、美内すずえ『ガラスの仮面』、など)だ。これでもまだ「君は中学生?」だけれど、『かいけつゾロリ』の後では「すごいな。東大生でも中高生向けの本が読めるんだ」「もう立派な教養人!」とつい賞賛しそうになる。
 ほかには『世界がもし100人の村だったら』、柳田理科雄『空想科学読本』、アレックス・ロビラ+フェルナンド・トリアス・デ・ベス『Good Luck』、妹尾河童『少年H』、青木和雄・吉富多美『ハッピーバースデー』といった一〇~二〇年前のベストセラーでしょ。樋口裕一『頭の整理がヘタな人、うまい人』、山本昭生『まず1分間にうまくまとめる話し方超整理法』、カーマイン・ガロ『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』といった自己啓発書でしょ。そして、いかにも東大生らしい(?)のは受験参考書の比率が高いことだろうか。『ポレポレ英文読解プロセス50』『数学は暗記だ!』『速読英単語 必修編』『漢文早覚え速答法』『ハッとめざめる確率』『詳説世界史論述問題集』……。
 ま、嘆かわしいといえば、嘆かわしい。夏目漱石(『こころ』)と芥川龍之介(『鼻』『杜子春』など)は辛うじて入っているものの、太宰治も村上春樹もよしもとばななもすでに人気はないらしい。あるいは読んでも「役に立たなかった」とか?
 もっとも、このリストが興味深いのは東大生の知的レベル云々ではなく、今日の読書事情を見事に反映しているからなのだ。
 児童書ばかり並ぶ理由は簡単。日本でいま、もっともたくさん本を読んでいるのは小学生だからである。全国学校図書館協議会と毎日新聞社が毎年合同で行っている「学校読書調査」によると、小学生の平均読書冊数は、ここ一〇年ほど、ひと月一〇冊前後で推移している(一五年は一一・二冊)。これは「朝の読書運動」の成果といえる。毎朝教室で一定時間それぞれが好きな本を読むというこの運動は、一九八八年にスタートし、小中学校における現在の実施率は約八割。「朝読」世代の現役大学生は、児童書だけはたっぷり読んできたわけだ。ちなみに名前があがったヤングアダルト小説は、中学入試(高校入試ではない)によく出る作家たちで、学校や塾の教師に勧められた子も多いのではないかと思う。
 ところが読む本の数は、年齢が上がるにつれてめきめき減る。中学生はそれでもまだ月に四~五冊(一五年は四・〇冊)をキープしているが、高校生は一~二冊(一五年は一・五冊)。こうして基本的には学校図書館のマンガと受験参考書しか読まず、たまーにベストセラーになった自己啓発書でも読んでみるか、という平均的な日本人の読書人生がやってくる。自分の学生時代をふりかえっても偉そうなことはいえないし、東大生だけが特別ってことはないのだよ。

書目の山より「読書術」

 とはいうものの、『かいけつゾロリ』の大学生を相手に授業をし、論文を書かせる教師は大変だろうなとは思う。
 『東大教師が新入生にすすめる本』は、東大出版会の広報誌『UP』の毎年四月号に載る同名の恒例企画(二〇〇九~一五年分)をまとめて収録したブックガイドだ。①私の読書から(印象に残っている本)、②これだけは読んでおこう(研究者の立場から)、③私がすすめる東京大学出版会の本、④私の著書、という四項目のアンケートに寄せられた書目を見ると、こっちはこっちで愕然とする。専門の本が中心だから当然とはいえ、読んでない本、知らない本の山。専門に限定されない①でさえも、昔ながらの古典はぐんと減り、分化が進んでいる印象だ。ほんとに「新入生にすすめる本」なの?
 そして、ふと思った。そうか、大学生は児童書や学参の次は急に専門分野に飛んで、読書というより「文献」として専門書を読むことになるのかもしれない、と。この企画がスタートしたのは一九八八年。巻頭で東大名誉教授の古田元夫は書く。〈私は、自分が担当した演習で、ある新書本を一冊読んだら、参加した一人の学生から、漫画以外の本でいままでに読んだ一番厚い本だったと言われ、驚きもしたし、基礎演習のような授業の必要性も実感したことがある〉。
 ちなみに東大生の一日の平均読書時間は三一・七分。一日のスマートフォンの利用時間は、一六三・六分だそうだ。
 学生と教師があげる本の乖離に、嘆くべきか笑うべきか考えながら、ある事実を思い出した。『現役東大生……』はそれでも読書のハウツーと書目をセットにした本だが、最近は、書目はあげず、ひたすらハウツーのみを伝授する本が増えているのだ。千田琢哉『読書をお金に換える技術』がひとつの典型だろう。
 〈教養人になんてなれなくてもいいので、/お金を稼げる本の読み方を教えてください〉。こんな質問に答えるつもりで書いたというこの本の、トップに掲げられた指示は〈つべこべ言わず、まずベストセラーを買え〉である。〈仮に読まなくても、傍に置いておくだけで売れている商品の空気を感じることができる〉。
 あるいは〈「ビジネス書・自己啓発書ばかり読んでいるとバカになる」は、嘘〉。〈断言してもいいが、稼ぎたければビジネス書や自己啓発書を読むのが一番の近道だ。たいていは歴史や哲学の豆知識なども頻繁に登場するから、頭が良くなるのは間違いない〉。
 そうなんですよ、みなさん。教養のための読書、人生を豊かにする読書なんて、とっくにオワコンなんですよ。『現役東大生……』の監修者もいってたもんな。〈ただやみくもに読書量を重ねるのではなく、その本をどう読むか、つまり“読書術”が大切です。それさえ実践できていれば、読む本は実は何でもいいのです〉。
 かくて読書はプラグマティズムに走り、ある東大生は得々として書く。〈自分の持っている知識、関係者の証言や現場付近の状況などを基に謎を解こうとすることは、良い頭の運動にもなります。(略)こうした論理的思考力は受験でも実生活でもとても役に立ちます〉(経済学部金融学科四年生)。どうでもいいが、この四年生があげたのは青山剛昌のマンガ『名探偵コナン』である。なるほどね、ゾロリやコナンみたいな子たちがこれからの日本を動かすんだね。

【この記事で紹介された本】

『現役東大生が教科書よりも役に立った100冊』
柳川範之監修、宝島社、2015年、1200円+税

 

「読み方ひとつで「仕事力」がつく」「本は全部通して読まなくていい!」「行間の空いている本を選ぶ」「評論は「例えば……」の前だけ読む」(以上、帯より)。東大生へのアンケートと監修者へのインタビューで構成された読書ガイド。アンケートの基本仕様が書かれていないため、どこまで実像を反映しているのかは不明だが、紹介された100冊のレビューは丁寧。小中学生の親御さん向け。あと大学の先生は必見。
 

『東大教師が新入生にすすめる本2009-2015』
東京大学出版会『UP』編集部編、東京大学出版会、2016年、1800円+税

 

 

「学問という大海原へ漕ぎだすための知の羅針盤」「第一線の研究者がそれぞれの学問分野の軌跡を解説」(以上、帯より)。東大出版会の広報誌『UP』4月号の恒例企画7年分をまとめた本。『東大教師が新入生にすすめる本』『同2』(文春新書04年、09年)の続編だが、前2冊以上に専門化が進んだ印象。後半は各分野の60年を振り返った概説。読書人向け。むろん大学生は必読。

『読書をお金に換える技術』千田琢哉、ぱる出版、2015年、1300円+税

 

 


「書店での出逢いが、人生を変えた」「お金持ちが続けている本音の成功読書術」「さあ、これから稼ぐことにとことんこだわった読書を伝授しよう」(以上、帯より)。〈サラリーマン時代から現在に至るまで継続的に稼ぐことができたのは本のおかげ〉と豪語する著者(経営コンサルタント)が教える読書術。「難解な名著1冊より類似本3冊を」「ネット書店より大型リアル書店へ」などのガイドは実践的。教養コンプレックスを解消したいビジネスマン向け。

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