アメリカ音楽の新しい地図

4.音楽メディアとランキング・システム

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

ランキング・メソッドの変化
 1958年にレコードの売り上げとラジオやジュークボックスでのプレイ数を統括して総合チャートHot 100を創設して以来、ビルボード誌は音楽のポピュラリティーを計測するもっとも正確なランキング・システムであるという評判を確立した。
 では、それは実際にはどのような手法で集計されたデータだったのだろうか。ある論文によれば、販売店とは次のようなやりとりがルーティーン化されていたという。すなわち、ビルボード誌のリサーチ・スタッフがその週のトップセラーになると判断した数百のアルバムのリストを指定販売店に送る。販売店はその週のレコードの売上見積もりを報告し、それが特定のレコードの全米の売上見積もりに換算された。最終的にその素点が高い順に1位から200位まで順位づけられ、前の週に比べて突出して順位が上がったアルバムにはマーカーが付与された。
 予想される通り、この手法は多くの不正の温床となったことが知られている。販売店に賄賂を渡してレポートの数字を改変する、自社に有利な販売店をモニター店に加えさせる、広告を出す代わりにチャートの順位を上げる、あるいはより直接的にビルボード誌のエディトリアルやリサーチ部門の担当者に影響力を行使するなど──。もちろん、ビルボード誌はこうした行為の存在を否定しているが、チャートの不正な操作が慣行となっていたと多くの関係者が証言を残している(11)
 ある意味で、そうした古い慣行を炙り出したのが1991年のランキング・メソッドの大改革である。その詳細については別の場所で論じたので繰り返さないが、要するに販売店のセールスにPOSシステム(ポイント・オブ・セールズ)が導入され、それをサウンドスキャン社が集計することでより正確なチャートが作成可能となったのだ。まずビルボード誌のアルバム・チャート(Top 200)にサウンドスキャンのデータは反映され(1991年5月25日号)、その半年後にHot 100にも適用された(11月30日号)。ちなみにHot 100にはレコードのセールスだけでなくラジオのエアプレイ数も換算されているが、この点についてもBDS(ブロードキャスト・データ・システム)が導入され、その数値がより正確になっている。
 その結果、全体的な傾向としてカントリー・ミュージックとR&B/ヒップホップのアルバム・ランキングが上がり、ロックの順位が下がったのだ。N・アナンドとリチャード・A・ピーターソンによれば、サウンドスキャン導入以前と以降を比較した際、カントリー・ミュージックのアルバムはTop 200の50位までに三倍入るようになり、ジョン・P・ケロッグはTop 200の20位以内に入ったR&B/ヒップホップのアルバム数は導入以降はっきりと増加したと主張する(12)
 2000年代に入り、ビルボード誌はさらに大きな変化に直面する。いうまでもなく、デジタル配信の登場である。2003年にiTunesミュージック・ストアがオープンし、その二年後の2月にそのデータはビルボード誌Hot 100に組み込まれることになった。
 一見して、これはビルボードが過去に直面してきたメディアの多様化の問題と相違ない事例に思える。シート・ミュージック、レコード、ラジオ、ジュークボックスなどに続いてダウンロードのデータがチャートに反映されるようになっただけではないかと。ところがその後、ビルボード誌は長い間、デジタル配信のデータを黒人音楽のチャートに反映することはなかった。2000年代半ばにアメリカのタワー・レコードが倒産し、CDを中心とする販売店の不調が大きく報じられたにもかかわらず、である。
 結局、ビルボード誌がR&B/ヒップホップ・チャートにデジタル配信とストリーミング・サービスのデータを反映させるようになったのは2012年10月のことである。なぜこれほど時間がかかったのだろうか。あるいはこう問い直してもいいだろう。なぜビルボード誌は、総合チャートには円滑に導入したにもかかわらず、それぞれのジャンルのランキングにデジタル配信とストリーミング・サービスのデータを換算することを躊躇ったのだろうか。
 音楽ライターのクリス・モランフィーによれば、それはデジタル配信に「黒人用iTunes」や「黒人用YouTube」が存在しないからだ(13)。先述したように、ビルボード誌はヒットのランキングを──とりわけ各ジャンルのヒット曲を──そのコミュニティーにおけるポピュラリティーをベースに計測してきた。しかし、インターネット上のデジタル配信やストリーミング・サービスにジャンル別のコミュニティーは存在しない。顧客の大半が黒人音楽を購入する販売店、それに相当するインターネット上のデジタル配信サイトを想像するのは難しい。2000年代の新しい音楽メディアの台頭は、1940年代の「ハーレム・ヒット・パレード」以来、ビルボード誌が確立したヒットの計測法を根本的に揺るがす事態だったのだ。
 Hot 100に導入されてから七年後、ようやく黒人音楽チャートにデジタル配信とストリーミング・サービスのデータが反映されるようになった。そして多くの専門家が危惧した通り、R&B/ヒップホップ・チャートは総合チャートの圧縮版──モランフィーはそれを「アコーディオン・チャート」と呼ぶ──に過ぎなくなってしまった。それまでのように黒人音楽を愛好するコミュニティーをベースにヒットを計測するのではなく、各ストリーミング・サービスの再生数をそれぞれのジャンルに割り振るだけであれば、それが主要チャートの簡略版、つまりHot 100からR&B/ヒップホップのアーティストを抜き出しただけのランキングになることは自明である。そして、このことに付随してより大きな問題が浮上するだろう。すなわち、これは各アーティストのジャンル区分──どのアーティストがどのジャンルに属するか──を、ビルボード誌自体が選別することを意味するのだ。  クリス・モランフィーは、2013年のR&B/ヒップホップ・チャートの異常事態をビルボード誌のランキング手法の変化によって説明する。それはもはや黒人音楽を愛好するコミュニティーの趣味趣向を反映しない、単に総合チャートの圧縮版に過ぎないのであり、しかも悪いことにアーティストのジャンル分け自体もさらに恣意的になっている(たとえば、ジャスティン・ティンバーレイクはR&B/ヒップホップ・チャートに入るがブルーノ・マーズは含まれない)。
 では、デジタル配信とストリーミング・サービス以降の音楽業界において、「ヒット」はこのように計測・序列化される以外に方法はないのだろうか。
 この点で参考になるのが、ここ数年、アメリカの音楽ジャーナリズムでもっとも話題になった「シャザム・エフェクト」という記事である。アトランティック誌2014年12月号に掲載された同記事はストリーミング・サービスを中心とする音楽業界の未来を予測する文章であり、多くの読者に驚きをもって迎えられた。
 通常、シャザムは知らない曲を調べる際に用いるアプリとして認識されているが、アメリカの音楽業界ではそれが「ヒット予測装置」として活用されているという。曲をひとつの指紋のように捉えることで楽曲の識別を可能にするシャザムは、いつ、どこで、どの曲について問い合わせがあったかというデータを蓄積し、チャート化する。ニューヨーク、上海、パリ、あるいは東京でリスナーが「この曲について知りたい」と思い、シャザムを起動する。このひとつひとつの行為が音楽産業にとってこれ以上ないほど貴重なデータとなるのだ。ヒット曲はシャザムのグラフ上、どのような曲線を描くのか。そしてそれはどのようにパターン化できるのか。シャザムのデータを分析することで、音楽産業は次にどの曲がヒットするかを高い確度で予測することが可能になる。あるいは、新しいアルバムをリリースするインディーロックバンドが全米ツアーを計画する際、シャザムの問い合わせデータにもとづいてツアーの行程を組むようになるだろう。アメリカの音楽業界ではシャザムのデータをマーケティングに用いることが常態化しているという(14)
  いうまでもなく、いつ、どこで、どの曲に関する問い合わせがあったか(どの曲が再生されたか)というデータはシャザムだけでなく、ストリーミング・サービス自体が蓄積可能なデータである。では先の問いに戻り、この技術はより良いランキング・システムの構築に役立つだろうか。クリス・モランフィーも「シャザム・エフェクト」の著者デレク・トンプソンも、その可能性を仄めかしている。黒人音楽を好むコミュニティーを郵便番号などで限定し、その住人の趣味趣向を反映させることはできないだろうか。あるいは、黒人音楽を愛好する人物を特定し、同じような趣味のリスナーをモニターすることで従来のビルボード誌と同じようなR&B/ヒップホップのチャートを作成できるのではないか。いずれにしても、ストリーミング・サービスはひとりひとりのリスナーの聴取行動のデータ化とその蓄積を急速に進めることになるだろう。

  2017年3月、音楽関連メディアは一斉にアメリカの音楽業界がほぼ20年ぶりに二桁の成長率を達成したと報じた(11.4%)。アメリカレコード協会(RIAA)の年次報告によれば、好調の原因はストリーミング・サービスであり、2016年の時点で前年比68%増、業界全収入の51.4%を占めるようになった(15)。一時はスポティファイから撤退したテイラー・スウィフトが6月にほぼ全てのカタログを戻したのが象徴的だといえるだろう。
 20年ぶりの二桁成長──それはインターネットの登場と正確に平行している。アメリカの音楽産業は、20年かけてインターネットという新しいメディアにアジャストしてきたとはいえないだろうか。
 1920年代にラジオという新しいメディアが普及し始めたとき、やはり音楽業界のドラスティックな再編成が進んだ。1940年代にはラジオ業界と音楽出版社が対立し、演奏家のストライキも起きている。しかしそれと同時に、ラジオという新しいメディアの登場がリスナー市場における人種的な統合を促し、その結果として1950年代にロックンロールという新しい音楽が誕生したのだ。
 現在、アメリカの音楽産業の中心に成長したストリーミング・サービス──その普及によってアメリカの音楽はどのように変化するのだろうか。こうした状況において、「ヒット」はいかにして計測され、序列化され、そしてデータとして活用されるのだろうか。それは未来の新しい音楽ジャンルの創造に結びつくのだろうか。新しいメディアの台頭をきっかけに、これまでに聴いたこともない、未知の音楽の誕生を期待したい。

(11) Anand and Peterson, “When Market Information Constitutes Fields,” 275.
(12) Anand and Peterson, “When Market Information Constitutes Fields,” 278; John P. Kellogg, “The Urbanization of the Billboard Top Album and Singles Charts: How Soundscan Changed the Game,” MEIEA Journal 13.1 (2013): 50-55.
(13) Chris Molanphy, “I Know You Got Soul: The Trouble With Billboard’s R&B/Hip-Hop Chart,” Pitchfork, April 14, 2014, https://pitchfork.com/features/article/9378-i-know-you-got-soul-the-trouble-with-billboards-rbhip-hop-chart/.
(14) Derek Thompson, “The Shazam Effect,” The Atlantic, December 2014 Issue, https://www.theatlantic.com/magazine/archive/2014/12/the-shazam-effect/382237/
(15) Joshua P. Friedlander, "News and Notes on 2016 RIAA Shipment and Revenue Statistics," http://www.riaa.com/wp-content/uploads/2017/03/RIAA-2016-Year-End-News-Notes.pdf 

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