考える達人

第7回 「既存のモデルを壊すには、例外を探せ」
御立尚資さん:前編

予防医学研究者の石川善樹が、これからの時代を生き抜くためには何をどう考えることが必要かを、9人の賢人と会って話し合う。 必要な能力として、直観・論理・大局観、ジャンルをアカデミック・ビジネス・カルチャーに分け、それぞれの交わるところの達人に お話をうかがっていく連載。4人目のゲストは、「大局観×ビジネス」の賢者、御立尚資さん。大局観を養うには、「複数の分野をつないで考えよう」と説く御立さんと石川さんの、刺激に満ちたトークをお楽しみください。
 
御立尚資(みたち・たかし) 
ボストンコンサルティンググループ シニア・パートナー&マネージング・ディレクター。京都大学文学部卒。米ハーバード大学経営学修士(MBA with High Distinction)。日本航空を経て現在に至る。事業戦略、グループ経営、M&A、経営人材育成などのプロジェクトを手掛ける。著書に『戦略「脳」を鍛える~BCG流戦略発想の技術』(東洋経済新報社)、『使う力』(PHPビジネス新書)、『経営思考の「補助線」』(日本経済新聞出版社)、『変化の時代、変わる力』(日本経済新聞出版社)がある。

●「空気を読む力」は武器になる

石川  今日は御立さんに、大局観や新しい教養のあり方についてお話をうかがいたいと思っています。恥ずかしながら、僕は3年前に御立さんと出会うまで、御立さんがどういう経歴の人なのか、知りませんでした。出会ったのは、20~30代の各分野のリーダーや研究者が集まって議論する「U-40(G1新世代リーダー・サミット)」というイベントでしたね。そこに御立さんがいらっしゃった。
御立  U-40の人たちが、年上の人間をゲストに呼んで「いじろう」という趣旨でしたね(笑)。役割は、stimulator(刺激剤)です。異質な人間がまじると、面白い化学反応が起こるんじゃないかと。
石川  僕は最初、えらいご機嫌な方が来たなと思った記憶があります(笑)。その時に御立さんがお話しされたことがすごく面白かった。会社のグローバルな経営会議で、日本人としてどう闘うか。御立さんは、日本人の「空気を読む力」は非常に効果的だとおっしゃった。メンバーのフランス人からは、「お前は、誰が何を言うか、全部事前に読んでいるだろう」と言われたそうですね。
御立  ええ。僕はBCG(ボストンコンサルティンググループ)のグローバル経営会議のメンバーを7年務めました。そこでは10カ国から来た12人ぐらいでガンガン議論するわけですよ。就任当初は、彼らと同じように激しく議論しようとしたけれど、それでは勝てない。そこで次のような方法を考えたんです。まず、メンバーそれぞれのロジックや感情的な引っ掛かり、メンバー間の折り合いの良し悪しを必死に考えて、落とし所となる弾を撃つ準備をしておく。そして議論の流れで、いちばん効果的なところで、その弾を撃つんです。そうすると、喧嘩することなしに、自分の意見がかなり通るんですね。日本人は空気を読めるのだから、それを武器として使えばいいんですよ。
石川  僕は「タイミングを待っておるのはよくない。ガンガン行かなきゃいけない」という思い込みがあったので、御立さんのお話を聞いて「なるほど、そうか」と安心しました。その後におっしゃられた、若いときに日本的な趣味を持たなかったことを後悔して、いまは日本文化の勉強にハマっているという話も興味深かった。それは自分の幅を広げるという意味だけでなく、特に海外に出た時に、教養として絶対にあったほうがいいと。そこから僕は、日本的なものに興味を持ち始めたんです。
御立  海外のトップは、底が浅い人だと誰も付き合い続けてくれません。底の深さというのは、自分の持っているコンテクスト、具体的にはカルチャーが大きなポイントになります。いくら「日本人とは」と言おうとしても、自分で本当に深く感じ、体験して語れるものでなければ相手にされない。
 特にヨーロッパ人の優秀な人間はそうですね。イタリア人であれば、ローマ時代からルネサンスまでイタリア史をよどみなく語ることができる。ドイツ人であれば、自分たちの国の歴史について、プラス面・マイナス面も含めた見解を述べることができる。
石川  御立さんは落語に興味を持たれるようになったんですよね。
御立  もっといろいろ広げたいんですね。いまは、大原美術館の理事を務めたり、お茶を習い始めたりしています。自分がそういうものを持たないと、相手にされませんから。
 誤解しないでほしいんですが、自分のカルチャーを深く掘り下げるというのは、偏狭なナショナリズムとはまったく違います。日本以外のものは駄目だということではないんですね。
 私が日本を好きだと思うのと同じように、自分の国を好きだと思っている人たちと対等に付き合う。そういう付き合いのなかで、相手の国のカルチャーのことも学んでいくことも大切です。
   以前、知り合いのヨーロッパ人から「いまの日本人は駄目だ」と言われたことがあります。「なぜ?」と尋ねると、「1900年ぐらいから、自分の国について語った本でいいものが1冊も出てない」と。
石川  もう100年も日本を語る良書がないんですか?
御立  1900年プラスマイナス6年の間に、3冊も素晴らしい本が出ました。岡倉天心の『茶の本』(1906年)、内村鑑三の『代表的日本人』(1908年)、新渡戸稲造の『武士道』(1900年)です。これらはすべて英語で書かれている。彼らは英語で書かざるを得なかった。いろいろな方が指摘していますけど、二等国だった日本が「自分たちの文化の深さはこういうところにあるんだ」ということを欧米の教養人向けに英語で書いたものって、レベルが高いんです。僕は、現代版の『茶の本』がいまこそ必要かなと思っています。

●大局観をどう磨くか

石川  いまの話は、まさに今回のテーマである「大局観」につながってきます。広い視野で物事を捉える。僕は、御立さんは大局観の達人だと勝手に思っているんです。御立さんのようなコンサルタントってロジックの人だと思われがちなんでしょうけど、トップに上がっていくほど大局観が必要になってくるんじゃないでしょうか。
御立  僕の言葉でいうと「メタ認知」ですね。メタ認知ができないと間違うんですよ。コンサルタントというのは、自分がドライバーシートに座ることはなく、ナビ役を務める。そこでは俯瞰したうえで方向性が違うことを指摘したり、あるいは「それは仮説じゃなくて、一応可能な範囲で、データで証明できて蓋然性が高い」とアドバイスしたりする。そのときに大事なのは、鳥の目と虫の目を行ったり来たりできることなんですね。
 どんな人でも、自分の得意とする視座の高さがあります。1メートルだったら誰にも負けない人もいれば、上空1000メートルという超ヴィジョナリーなために、周りの人が付いていけない人もいる。その両方を行ったり来たりしながら、その人が120パーセントの力を出せるようにどう手伝うかを考える。コンサルタントというのは、そういう商売なんです。
石川  どうすれば、そういう大局観を養うことができるんでしょうか。
御立  技術・サイエンスの世界でもビジネスの世界でも、あるすごく流行っているジャンルでスターになる人がいます。でも流行りが終わると、その能力を生かすことができない。専門家のままだと、そこで終わってしまうんですね。
世の中がガラッと変わる時代には、複数の分野をつないで考えることが重要になります。それが大局観の基礎になる。だから僕はずっと「これからはリベラル・アーツ」だと言っているんです。
 リベラル・アーツとは文字通り、自由に生きていく人間であるための技術で、中世の大学で始まった。これは大きく分けると、自由3科と自由4科に分かれます。
 自由3科は文法学・論理学・修辞学で、自分が考えたことを人に説明し、周りを動かすための学問です。自由人は人を説得し、周りを動かせないと自由でいられない。そうでないと奴隷になっちゃうから。自由4科は幾何学・算術・天文学・音楽で、これらは自分の周囲と自然をモデル化して理解する能力を養うための学問です。
 つまり、教養は人を動かす力を養う学問と、モデル化して理解する力を養う学問とに分かれるんですね。これら複数の視座から差し込んでいって、皆は群盲象を撫でているんだけど、こう切ればそれなりに象というものを理解できるということを示す。大局観あるいはビッグ・ピクチャーとはそういうものだと思うんです。
石川  僕の最大のフラストレーションは、こういうことなんです。今、サイエンスの世界ではビッグデータやAI、脳科学やバイオの研究が進んでいますが、そこで人間や社会の理解が進んでいるとは言いがたい。守備範囲は拡がっているものの、前進してないような気がしています。だから、教養を再定義するところから始めないと駄目なんじゃないかというのが最近の問題意識です。みんな、科学の最先端を追いかけることにあまりにも注力し過ぎて、そこで一歩引いて見ることができる人がいない。
御立  僕も問題意識はまったく同じです。昔、先輩から「視座と視野と視点は違う」と言われました。視点はひとつで「これは面白い切り口だな」というもの。視野はもうちょっとブロードに全体を眺めるもの。それをもっと上から俯瞰すると視座になる。
 物事を大局的に見るためには、この三つを行き来しないといけない。視点がなく、視座だけ持っていても誰も説得できないんです。たとえば時間軸で言うと、「ああ、この人はいい経営者だな」と思う人は、1000年の感覚、100年ぐらいの感覚、30年ぐらいの業界の栄枯盛衰、5年ぐらいの中期ビジョン、今年の予算というさまざまな時間軸を行ったり来たりしています。
石川  分野だけでなく、時間軸という点でも、往復が大事なんですね。

●例外を探せ

御立  そのときに一番難しいのは自分を客観的に見るということなんですよね。能の世界だと、自分を幽体離脱したように見なければいけない。
石川 「離見の見」ですね。
御立  そうです。自分がシテだったらワキもいるし、後ろに描いてある松屏風もあれば、観客もいる。その全体像を時間的・空間的に把握しながら舞ってこそ、本物だといいます。最先端の物理学では、観察者である自分のせいで現象が違って見えるといいますから、そこからすら一度離れる。禅の人たちが目指している境地も、そういうものなんですよね。彼らは、自分というものが出てきた瞬間に相手との関係性やテーゼが変わってしまうので、それを離れて見る訓練をしている。
石川  親しくしている川上全龍さん(春光院副住職)によると、「主観と客観があるけれども、客観というのは人間には無理だ」と言ってました。主観は“subjective”ですが、人間は“non-subjective”までしか行けないと。
御立 バイアスをなくすということですよね。そのための訓練の体系として、禅は非常によくできていると思います。
石川  そうやって自分から離れることも含めて、視点、視野、視座をスイッチしていく。そうすることで、物事が立体的に見えるし、時間的にも奥行きのあるビジョンが持てるわけですね。
 科学者のトレーニングに関して、物理学者のファインマンも似たようなことを言っています。何かひとつの物事がある時、少なくともこれを異なる三つぐらいのモデルで説明しなければ理解したことにならないんだと。
 でも、ほとんどの人は、一つのモデルで満足してしまうんですね。そうすると、たいていの人はそのモデルに当てはまる現象ばかり見てしまう。その一方で、よくトレーニングされた研究者は例外を好んで探すんです。ある一つのモデルに当てはまらない例外を探していると、必ず見つかる。なぜこのモデルだと、この例外が生まれるのか。この例外を説明するモデルは何か。そう考えていると、また違うモデルができる。
御立  我々の世界でも、既存のモデルをぶち壊すために例外を探すことをけっこうやるんですよ。商品開発で言うと、僕の仲間の次のような例があります。
 アメリカで10年ぐらい、ゴキブリ用の殺虫剤の売れ行きが伸びなくなった時期があった。これにたいして彼は、消費者のマジョリティを見るのをやめて、例外を探そうと提案した。そこで見つけたのが、南部に住むおばあちゃんです。アメリカでは何かを買うとクーポンが付いてきて、それをメーカーに送ると次に買う時に割引してもらえるというシステムがあるんですが、そのおばあちゃんは、1カ月にクーポンを何十枚も送ってきたんです。
 会いに行くと、そこはスワンプ地帯で、じめじめしたところにあるトレーラーホームでした。そのおばあちゃんは足が悪くて、椅子の横に杖を置いていた。そこでいろいろと話を聞いてたんだけど、ゴキブリが視界に入ると、そのおばあちゃんは足が悪いのにパッと立ち上がり、シューッと1分半ぐらいずっとスプレーをかけていたそうです。
 彼と一緒に行った製薬会社の役員が「おばあちゃん、そんなにかけなくても10秒で死にますから」と言ったところ、おばあちゃんは「でも脚が動いてる」と。彼はその時「この人はゴキブリを殺す機能ではなく、ゴキブリが動かなくなる機能を買っているんだ」ということに気づいた。それでその会社は、麻痺剤が入ったゴキブリ殺虫剤をつくったんです。それを使うと死ぬ前に動きが止まる。
 まともな人はそんなことをしないけれど、例外的な人を見に行ったら、そういうことを発見できた。その後、日本の別の会社がゴキブリを樹脂で固めてしまうタイプのものを出した。これなら始末する時、ゴキブリに触らなくて済みます。つまり「ゴキブリを気持ち悪くなく処理できる機能が欲しい」という人もいたわけです。
石川  まさに、例外にこそ本質が宿る話ですね。例外を見ることで、「殺虫剤とは何か」ということを再定義できる。
御立 そうなんですよ。
石川  予防医学でも、例外を探すことはすごくよくやります。たとえばスラム街の子どもたちの栄養失調について、どういう対策を取るか。普通に考えると貧困が悪いとか、衛生状態が悪いという話になって、それを改善するために社会を変えなきゃいけないということになる。でも、スラム街に住んでいながら栄養状態がいい人は絶対にいて、予防医学ではそこをまず見に行くんですよ。
御立  スラム街で栄養失調状態から抜け出せている人は、どういう生活をしているのかを見るんですね。
石川  これはポジティヴな例外(positive deviance)と言われます。ポジティヴな例外とそれ以外の人たちでは、環境は一緒でも行動がちょっと違う。スラム街だから母親も当然貧困ですし、子どもたちも特別なものを食べさせてもらっているわけではないんですが、ちょっとした行動の違いが大きな結果の違いを生んでいる。
御立  たとえばどういうことですか?
石川  ベトナムの事例ですが、セーブ・ザ・チルドレンという団体が「半年で結果を出せ。出なかったら国に送り返す」と言ってあるアメリカ人を送り込んだ。彼はいろいろと調べて、栄養失調になっている子とそうでない子では食事の回数が違うということを発見したんです。
 栄養失調になっている子はたいてい1日2食だった。一方、栄養状態がいい子は同じ量を3回に分けて食べていた。子どもは一度に消化吸収できないため、回数を分けて食べることで消化吸収が良くなるんです。あと、食べる前に手を洗うこともそうですね。
御立 下痢しなければ、ちゃんと身体の栄養になるから。
石川  彼は「この行動さえ取ってもらえば、子どもたちの栄養失調は解消される」とお母さんたちを教育するシステムをつくったところ、子どもたちの健康状態は回復しました。この動きはベトナム全土に広がり、ベトナムの子どもたちの栄養状態が劇的に改善したんです。
 大きな問題は大きな解決策を必要とすることが多いんですけど、大きな解決策ってだいたい実施されないんですよ。
御立  できたとしても、すごく時間がかかりますからね。
石川  だから、小さいところからやっていかなきゃいけない。学問の世界でもビジネスの世界でも、例外を見るというのは、視点を転換する大事な技法なんですね。[後編に続く]

構成:斎藤哲也