ちくま文庫

ちくま文庫的第三世界の発見

ちくま文庫30周年記念

 筑摩書房の出版する文庫が「ちくま文庫」と平仮名で表記される理由を、皆さんはご存知か。
 ウィキペディアによると、「元々の筑摩書房のイメージから離れ、ゆるやかな枠組みで作品を選んでいこう」という想いに基づいているとある。画数が多いからだと推測していたのだが、どうやら違うらしい。
 この志を、月刊誌「頓智」に活かせなかったのかという、いまさらながらの疑問は、ちくまマニアが3人集まれば必ず俎上に載せる議題である。1995年、執筆陣が豪華で前衛的、内容は濃かったが、創刊から10カ月で終了した伝説の雑誌。その先見性から、現在の雑誌の苦境を20年も前に見抜いての、逸早い撤退だったとも言われている。「頓智」の名に違わず引き際の即興性は見事の一言だが、文庫創刊時の決意から10年を経て、なぜこうもぶれたのか。そこは平仮名で「とんち」だろ、というツッコミは、阪神・淡路大震災とオウム事件によって掻き消された。そういえば、ちくま新書で速水健朗『1995年』って本が出ていますよね。まさに転機の年。
 さて、そんな「頓智」の無念をも引き受け、今年30年を迎える文庫レーベルも刊行点数が3000を超えた。ちくま文庫ウォッチャーを自任する私の分析によると、文庫に関しては創刊時に込められた想いが、見事に花ひらいたといえる。以下に私的見解を述べたい。
 ちくま文庫には、ジキルとハイドよろしく2つの顔があると、私は思う。そんな極端な二面性を持つのは、平仮名表記が功を奏したからだといえよう。でも、もう30年だし、頓智先輩に漢字でもイケるってとこを見せてやろうよ……ということで、「ちくま」を勝手に漢字に変換してみた、あえてね。そうすることで表出する特性を指摘し、該当する作品を挙げながら、ちくま文庫の深層に分け入ろうという崇高な試みである。
 ジキル的側面とは何か。これは、筑摩書房の刊行物が持つ一般的なイメージそのものである。通常モードのジキル博士が人当たりの良い紳士だったように、ちくま文庫も世に対して好い影響を与えんとする。漢字で表すとこうだ。
 ①ちくま文庫→知救真文庫
 あれ、新興宗教のような字面になってしまったよ。教義は知ることで救われ真実に至る、でどうだろう。よし、普及活動だ。
「知」に対応する1冊は、200万部を突破しようかという外山滋比古『思考の整理学』。東大、京大で一番読まれたということは、これからの日本を動かす考え方、知識の蓄え方の基礎の部分に本書の教えがあるということだ。
「救」は、杉浦日向子の『二つ枕』ではなかろうか。一転して、理屈だけじゃ立ち行かない世の中の理も知るべきである。ただ枕を並べて寝るだけで、救われる夜もあるのである。
「真」には、柳澤桂子『いのちと放射能』のスタンスがよい。真実は人の数だけある、しかし事実は一つしかない。言い換えると、真実はたどり着くもので、事実はただそこに存在するものだということを強く、静かに教えてくれる。
 入信お待ちしております。次にハイド的側面。
 ②ちくま文庫→血苦魔文庫
 日本初、へヴィメタル文庫誕生の可能性も見えてきた。おどろおどろしい当て字ではあるが、ちくま文庫には案外、ダークなものも多く収録されている。世露死苦。
「血」には迷いなく『暴力の日本史』を選出したい。残酷物の名手といわれる南條範夫が、権力に虐げられてきた農民の歴史をこれでもかと描く。うーん、残忍。
「苦」は人によっては、この本を読むという行為自体が苦行である松沢呉一『ぐろぐろ』を推したい。いまの世の中タブーが多くなったと嘆く人には、息苦しさを忘れるに最良の一冊となるだろう。
「魔」に関しては『悪魔くん』や『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズの水木しげる御大で決まりである。特にエッセイ『のんのんばあとオレ』は、ぜひ読んでいただきたい。水木しげるという人間が形作られてゆく過程が興味深い。
 あ、ヤバい、もうまとめなきゃ。第三勢力として「乳喰満文庫」の台頭が著しいのだが、それはまたの機会に。

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