ちくま新書

「輝く女性」が隠すもの

ちくま新書『ルポ 母子家庭』

「輝く女性応援内閣」なる看板を掲げているのが安倍政権だ。政権は「女性の活躍」、「女性の活用」を謳い、それこそが成長戦略の柱だと強調している。
 男女雇用機会均等法の制定は一九八五年。今年でちょうど三〇年が経過するというのに、いまだ「女性の役員登用」「女性官僚の増員」が、成果目標として掲げられる始末である。
 白々しい。というより、いかがわしい。
 女性の役員や官僚が増えれば「輝いた」ことになるのか。その価値観は結局、男性社会に食い込む女性を増やすことが「資源の活用」なのだと主張しているに過ぎない。女性は椅子取りゲームに参加させられるだけだ。
 実は私自身、そうした価値観の形成に加担してきた。雑誌の世界で生きてきた私は、ビジネス街でハイヒールの靴音を響かせる女性をクローズアップし、「私、がんばってます!」という言葉を伝えることで、安直な「デキる女」像をばらまいてきたともいえる。まるで安倍政権の広告塔だ。
 つまり、私たちメディアもまた、「名誉男性」の存在を女性の社会進出のごとくとらえてきた。それは機会不平等のうしろめたさを軽減させるためにも必要だったのだ。
 だが、社会を直視すれば、女性の立ち位置はなんと脆く、そして危ういものか。
 国立社会保障・人口問題研究所の調べによれば、単身女性(勤労世代)の貧困率は三二%にものぼる。主要先進国のなかでは圧倒的な高さだ。それ以上に深刻なのが母子家庭の貧困率である。実に五七%──母子家庭の半数以上が貧困のなかにあるわけだ。
 本書が映し出すのは、そうした貧困に脅え、理不尽な男社会に翻弄され、苦悩するシングルマザーの生々しい現実である。
「一緒に死のう」。寝ているわが子の首に手をかけ、しかし、思いとどまった母親の事例が冒頭に登場する。
 彼女は借金を重ねる夫と離婚し、母子だけで第二の人生を送っていた。シングルマザーにとって雇用の壁は厚い。子どもがいることを理由に、幾度も働く機会を阻まれ、ようやく飛び込み営業の仕事を見つけたものの、プレッシャーのなかで心を病んでいく。
 結局、仕事を続けることができなくなり、生活保護を受給するようになった。だが、将来への焦りと不安は消えない。さらに、頼るべき相手がいない孤独感が、ますます精神を不安定にさせる。そのうち、わが子の無邪気さにも憤りを感じるようになった。近寄ってくる娘を蹴り飛ばした。些細なことで怒りが増幅し、頭や顔を殴った。
 泣きわめく娘と同様、母親も苦しんでいた。一緒に泣いた。泣きながら、わが子を痛めつける自らの手足を恨んだ。切り落としたいと思った。ならばいっそのこと二人で死んだ方がよいのではないか、とまで考えるようになったのだ。
 それがけっして特異なケースでないことは、母子家庭の置かれた環境を考えれば容易に理解することができる。
 夫の暴力や金銭・女性問題が理由で離婚したシングルマザーは少なくない。彼女たちは荒廃した家庭からのサバイバーである。だが逃れた先にあるのは、母子家庭を白眼視し、「自己責任」だと突き放す冷たい社会だ。
 仕事と子育てを一手に担う女性が職を探すのは困難だ。シングルマザーの場合、正社員になれたとしても平均年収は約二七〇万円。パートなどの非正規だと平均年収は一二五万円に過ぎない。別れた夫から養育費が支給されるケースも全体の二割にとどまるという。
 貧困が母子を追い詰め、そして社会から分断される。
 そうした事例のひとつひとつを、本書はていねいに追いかける。これまで労働現場のルポルタージュを数多く著してきた小林美希さんの粘り強い取材力があったからこそ、それが可能となった。当事者から言葉を奪い取るのではなく、寄り添いながら考え、悲しみ、そして希望を見出そうとする小林さんの姿勢は単なる“告発”を超え、母子家庭を置き去りにしている社会をどう正していけばよいのかという問題を読み手に突き付ける。
〈働き、親として当たり前のことをしてあげたい──。それを叶えることは、社会全体の財産になるはずだ〉
 小林さんの言葉の背後には、一二〇万人を超えるシングルマザーの切ない息遣いが響いている。

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