考える達人

第8回「学び直しは、いつでもいい」
御立尚資さん:後編     

御立さんとの対談の後篇です。日本人の課題は「楽しむこと」と「自分で選ぶこと」・・・面白いと思うとすぐに始める主義の御立さんから、刺激的な話題がどんどん出てきます。

●人生100年時代の生き方

石川 これから人生100年時代になっていくことを考えると、60歳から70歳の間に黄金期を迎えることを念頭に置いて人生設計しないと、極めてつまらない人生になってしまうんじゃないかと思います。人生って、いろんな人を見てても、最後がよければすべてよしということになっている(笑)。若くして輝き過ぎちゃうと、その後の人生が味気ないものになってしまうんでしょうか。実際、60代で定年退職して、やることがなくてテレビばかり見ている人がたくさんいます。本人たちも、それが最高の状況だとは思っていないでしょう。テレビでは、仕事をしていた時の充実感には勝てませんから。
 でも御立さんを見ていると、つねに学びのテーマを持っていて、楽しそうに生きています。そんな御立さんに「こうやって生きると人生が楽しいんだ」というアドバイスをしていただきたくて。
御立 そんな偉そうなことは言えないなぁ(笑)。おわかりのように僕は行き当たりばったりで生きているので、面白いなと思ったらそれにしばらくハマってしまう。そういう性分なんです。
 ただ、京大のビジネススクール(京都大学経営管理大学院)で僕と同じように客員教授をやっている佐山展生(のぶお)さんの言葉を思い出しました。彼の口癖は「10年後から見たら今日はすごく若かったし、いろいろなことができた日だ」というものです。どんなことでも始めるのに遅すぎることはない。生きている限り、10年後から見たら「あんなに若い時だったら身体も動いたし、まだ頭も働いたからやっておけばよかった」と思うことばかりだろうから、面白いことを見つけたら今日から始めればいいんだと。
石川 90歳の人からすれば、80歳の頃は若かったと思うわけですね。
御立 有名なアントレプレナーの方が「夢に日付を付けよう」と言ってますよね。「10年後にはこれで生きていかなきゃいけないから、1年ごとに全部計画して、毎日それを見ろ」とか言うけど、僕はそういうのをまったく信じてない(笑)。それができなかった時にはどうするのかなと思うし、あらかじめそうやって決めてしまうと、もっと新しく面白いことが出てきた時、チャンスの前髪を掴めないですよね。「希望するけど予定しない」というのが僕の人生訓です。

●学び直しと多職の時代

石川 僕は、新しい教養という場合、学問として新しいという側面だけではなく、人生100年時代の教養を再定義しなければならないと思っています。ただ日本では、一度会社に入ると、なかなか学び直しの機会が少ないのも大きな問題です。
御立 今、大学教育の見直しについて議論が起きてますよね。18歳人口が減ってしまうから、既存の大学を専門学校的な職業訓練大学にしようみたいな話が出ている。
 そんなことをするんだったら、ハードルを下げたアメリカのコミュニティ・カレッジみたいにしたらいいと思うんです。要は趣味でもいいから、学び直しのできるところをつくる。たとえばちょっとお茶をやりたいと思った場合、カルチャーセンターの高級版みたいなコミュニティ・カレッジにいろんな年齢層の人がスッと入れる。あるいは、40歳ぐらいで一度転職する間に、ギャップイヤーみたいに1年大学に通い、別のスキルを身につける。
 学び直しはいつでもいい。今がそのときだと思うタイミングって、人によって違うじゃないですか。そういう場が山ほどあるソサエティーこそが、幸せな人をつくることができるんじゃないでしょうか。
 そのためには、学び直すためのハードルを下げる。もうひとつは多職ですね。僕は10月からフリーランスになりますが、これからは組織に縛られずに、5~6つぐらいのいろんな組織に属して仕事をしようと思ってます。今はそういう時代なんですよ。
石川 明治・大正の頃の日本人って、平均して3~4つぐらい仕事を持ってたみたいですね。そもそもその頃は90パーセント近い人が個人事業主だったので、1年の中で3~4つの仕事を回しながら生きていた。ひとつの会社にずっと長いこと雇われるという生き方・働き方は戦後の特殊なパラダイムだったのに、いつの間にかそれが普通ということになってしまって。
御立 極めて効率のいい工業化社会・大量生産大企業のモデルは終わった。みんな口々にそう言っているんですけど、仕事自体や年金など社会保障のシステムは昔から変わってない。だからやっぱり個人が仕事から変えていって、ぶち壊すのが一番早いんじゃないかな。
石川 自分は何に興味があるのかわからない人の場合、その根底に教養の問題があるんじゃないかと思うんです。視座があまりにもないというか、どう世界を見たらいいのかまったくわからない。
御立 そこには二つの課題があります。まず小さい頃、「楽しむことはいいことだ」という価値観を刷り込む期間が必要です。楽しむために努力する。たとえばスポーツが好きな子は、野球をもっと楽しむためにやっているはずなのに、いつの間にか努力が目的になってしまう。儒教社会系のところでは、そういう傾向がありますよね。特に日本では「何とか道」にしちゃうので、苦しむことや鍛錬がよしとされるきらいがある。この呪縛はそろそろ解いたほうがいい。
 もう一つは、日本人は今まで、自分で選ぶということを強いてきていない。僕がハーバードに行った時、びっくりしたことがあります。ハーバード・ビジネス・スクールの横に付属幼稚園があって、そこには友達の子どもが通ってたんですけど、2歳児が“Show and Tell”をやるんです。つまり、自分の一番好きなものを持ってきてみんなに見せて、それについて3分話す。
そのためにはまず、自分の一番好きなものを選ぶことから始めなきゃいけない。先生から"Pick up one thing you love most."と言われると、面白い子は親を連れてくる。あるいは、ペットを連れて来る子もいる。とにかく何でもいいんだけど、それについて考えて喋らなきゃいけない。その年齢からそういう訓練をされたら、かなわないですよね。自立の前に自主選択というのが刷り込まれているから、アメリカのクリエイティヴィティは強い。
 この二点にかんしてはひと世代かかるかもしれないけど、20年ぐらいやり続けていたら全部変わるんじゃないかと思います。
石川 まさに大局観がないと、できないことですね。

●テクノロジーが学びを変える

御立 学び直しで僕が期待しているのは、テクノロジーのサポートです。よく「スキルを熟達させるには、1万時間ぐらい必要だ」と言うじゃないですか。学問もそうですよね。僕がAIなどに求めるのは、その時間を短縮することです。
石川 ダライ・ラマ14世はそれをやろうとしてますよね。彼がなぜ瞑想の研究をしているかというと、修行はあまりにも時間がかかり過ぎるからです。膨大な時間をかけて修行しないと、心の平安を得られないというのが彼のフラストレーションで。瞑想しているときに脳の状態がわかれば、修行時間をもっと短くできるかもしれない。彼は「禅をハックする」と言っています。
御立 テクノロジーや学問は、みんながハッピーと思える入口のところのハードルを下げるのに役立つ。そうしたら僕も、こんなにゴルフで苦労しないで済む(笑)。楽器なんかもそうなんですよ。
 楽しいところまで行ったら勝ちという世界って、いっぱいあるじゃないですか。何でもそうですよね。論文だって基本知識がある程度まで揃っていて、そのうえで自分の問題意識があったら読むのが楽しい。別に勉強のために苦行として読んでいるわけじゃない。楽しいと思えるようになるには、ある程度何かが要るんですよ。そこを手助けすることがすごく大事だと思います。
石川 僕は今、数学にものすごく苦労してますね。高校までは数学ができたんですけど、大学からはまったく付いていけなくなって。高校の数学と大学の数学では、時間にして200年ぐらいのギャップがあるんですよ。
御立 石川さんほどのレベルではなくても、数学に苦労する人は大勢いますよね。僕は、60歳~70歳の人も含めたいろんな人が楽しんでいける日本社会をつくるには、数学の学び直しができるシステムをつくったほうがいいと思うんです。テクノロジー・アシステッド(technology assisted)で、ここの根本だけやるといろんなことがわかるようにする。ソフトウェアを触ったりビッグデータを触ったりしても、数学の基本がわかってないと駄目でしょう。僕も苦労しているんですけど、それだとしんどいじゃないですか。そこをスピードアップするための手伝いをしてくれると、ものすごく社会が変わると思います。
 最近のeラーニング(e-learning)では、どの人がどこでつっかかるかというデータが全部取れるから、そこだけ研究すればいい。そうすれば、最初はゲーミフィケーションのように、ゲーム感覚でやっているうちに、気づいたら「予防医学がわかります」「数学がわかります」みたいな世界がつくれるはずなんですよ。

構成:斎藤哲也