PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

日本製が欲しいと思っているのは日本人だけ

世界から遠く離れたこのセカイで・3

PR誌「ちくま」10月号よりさやわかさんのエッセイを掲載します

 インターネットを通じてドラマ番組などを配信する映像配信会社が、日本でも本格的に話題になってきた。話題になっているのはネットフリックスやフールー、そしてアマゾンビデオなど外資系の会社ばかりで、本国ではかれこれ五年ほど前から強力な映像コンテンツを擁するポスト・テレビ的なメディアとして活発な動きを見せている。
 特に『ハウス・オブ・カード』など莫大な予算を投入したヒット作を生み出してきたネットフリックスは、最近アニメ事業に力を入れると発表したことから、にわかに日本人たちの注目を集めることになった。近年、日本のアニメ業界には十分な制作費がなく、したがって優秀な人材の育成もできず、『エヴァンゲリオン』で有名な庵野秀明監督も「日本のアニメは五年ほどで崩壊する」とコメントしたと言われている。ネットフリックスなどのネット配信系会社がカネを出してくれるようになるなら、日本のアニメ産業も安泰だ、というわけだ。
 しかし、話はそんなに甘くはない。ネットフリックス社が言うには、同社のサービスを利用してアニメを視聴しているのは九割が日本以外の国だという。つまり、たしかにネットフリックスは日本のアニメ産業を救ってくれるのかもしれないが、それはイコール今まで通りの日本ドメスティックなアニメ産業を取り巻く環境を残してくれるという意味ではないということなのだ。
 端的に言えば、彼らは日本のアニメ制作技術は買ってくれているかもしれない。しかし彼らは、いま、日本人が日本人向けに作っているようなアニメを、必ずしも評価しているわけではない。むしろ今後は、一割しかいない日本人より、九割のグローバル市場に向けた作品を欲しがるのは間違いないだろう。
 似たような話は他にもある。東京・吉祥寺にある「絵梦(えもん)」というアニメ制作会社は、実は中国の会社だ。中国のアニメ業界は九〇年代に破綻してしまい、それから長い停滞期があった。そのブランクを埋めるべく、絵梦は日本のアニメ制作技術を本場で学んで、本国に持ち帰ろうとしている。つまり、彼らもまた日本の技術は欲しいけれども、作品が欲しいわけじゃない。
 日本国内では、アニメは「クールジャパン」の目玉みたいにも言われる。しかし日本人が日本製のアニメやゲーム、漫画などの国際的な評価について語る時には、「俺たちが自分たちのために作った奇妙なものだけど、外国人たちも喜んでて、売れてるみたいだ」という、どこか受動的に、だけど明らかにそんなジャポニズムをひけらかしてみせるところがある。そうやって自分たち自身で評価しないでいるうちに、アニメ業界は不況にすらあえぐことになったし、海外の人たちは、別にもう日本人の作ったものなんて、とっくに欲しくなくなっているのかもしれない。
 これはアニメに限ったことではない。そもそも僕たちは自分たちの文化をなぜ他国が評価するのかよくわかっていない。よくわかっていないから、それをはっきりと誇ることもできない。そういう話としては、「浮世絵だってそうだったよ」と思い出す人もいるかもしれない。だが浮世絵が輸送物の包み紙として西欧に発見されたのは今から一五〇年前のことだ。日本文化の良さは当時と変わっていないかもしれないが、国際化の程度は地球規模で大きく変わった。そこで、我々日本人のメンタリティは一五〇年前と同じでいていいのだろうか。

 

PR誌「ちくま」10月号

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