piece of resistance

19 破局の理由

なんでそんなことにこだわるの? と言われるかも知れないが、人にはさまざま、どうしても譲れないことがあるものだ。奥様とは言わない、本に書き込みはしない、ご飯は最後の一粒まで食べる、日傘は差さない……等々。それは、世間には流されないぞ、というちょっとした抵抗。おおげさ? いやいや、そうとは限りません。嫌なのにはきっとワケがある。日常の小さな抵抗の物語をつづります。

 日本有数のお嬢様大学に通う学生たちの中でもとりわけ有数のお嬢様である巨大財閥のご令嬢、翠川ひめ子さんが恋人の椿山天彦さんと破局した。そのスクープに学内はざわめいた。
 椿山天彦さんは人気授業のゴルフを教える新鋭のプロゴルファーであり、「ゴルフ界の福山雅治」と呼ばれる甘いマスクとスマートな物腰で女子の多くを魅了、二人の交際が発覚した際には「ゴルフ界の福山ロス」現象までも巻き起こしていたからだ。
 しかも、今回の破局は交際開始からわずかひと月後のことだった。
 別れを告げたのはひめ子さんのほうからだったという。
 お嬢様らしからぬ即断の理由やいかに。

 というわけで、早速、講堂内にてひめ子さんの囲み取材が行われた。
 なぜあれほどの色男とあっさり別れたのか。取材開始当初、ひめ子さんを取り巻く学友たちの中に殺気立った空気があったことは否めない。お嬢様ならば何をしても許されると思っているのか。家柄に恵まれ、イケメンの男にも望まれ、これ以上なにが欲しいのか――。
 福山ロスの恨みを隠しきれない学友たちに、しかし、そこは真なるお嬢様、ひめ子さんは終始おっとりとした口調を乱さず、育ちの良さを匂わせる悠然たる態度で皆の質問に応じた。
 その「姫対応」に学友たちは徐々に鎮静した。そして、ひめ子さんが最後の問いに心もち頬を染めながら答えるに至って、誰もが「なるほどなるほど、ひめ子さんと椿山天彦さんの破局は仕方のないことだった」と納得したのだった。

学友A「椿山天彦さんとの破局報道が出ていますが、事実ですか」
ひめ子(以下、ひめ)「誠に残念ではございますが、はい、事実でございます」
学友B「理由を教えてください。納得のいく理由を」
学友C「なぜひと月で別れたりしたんですか、お嬢様ともあろう人が」
ひめ 「ひと言で理由を申しあげるのは容易ではありませんが、それでも尚且つひと言で申しあげるとしますなら、価値観の違いでございましょうか」
学友D「はぐらかさないでください」
学友E「答えになっていません」
学友F「もっと具体的にお願いします。ひめ子さんの価値観って何ですか」
学友G「率直なところ、椿山天彦さんのどこが気に入らなかったんですか」
学友H「交際たったひと月で人間の何がわかるというんですか」
学友I「そうよ。二十年間生きてきたって、私、自分のことすらよくわからないのに」
学友J「教えてください。ひめ子さんは、椿山天彦さんの何を理解した気になった上で、それを否定したんですか」
学友K「相互努力で解決する道を探す気も起こらないほどの決定的な価値観の違いって何なんですか」
ひめ 「皆様のおっしゃるとおり、人間というのは奥深いものであると私も日々感じております。短い時間の中でその深部をうかがい知るのは誠に困難でございます。と同時に、時として、思いがけない拍子にその深部が垣間見えてしまう瞬間があるのもまた事実でございます。望むと望まざるとにかかわらず」
学友L「え……っと、つまりその、ひな子さんは椿山天彦さんの深部を垣間見たわけですか」
学友M「何かあったのですか」
学友N「できるだけ具体的にお願いします」
ひめ 「まず前提として申し上げなければならないのは、これは私の問題であり、椿山天彦さんの問題ではないということでございます。彼の深部に非があるのではなく、それを受け入れられなかった私自身の狭量さこそ責められるべきものでございます。もっと私が寛大な人間であったなら、このような悲しい結末は迎えておりませんでしたでしょうに」
学友O「椿山天彦さんの深部を垣間見たエピソードをお願いします」
学友P「どんな深部をどこで見たんですか」
ひめ 「重ねて申し上げますが、椿山天彦さんには一寸の非もございません。私たちは先日のデートで初のドライブをしただけでございます。椿山天彦さんは拙宅まで車で迎えに来てくださり、それはそれは丁重に両親に挨拶をしてくださいました。手土産は千疋屋のフルーツの詰め合わせでございました。わざわざタキシード姿でお越しくださり、そのお心遣いに頭の下がる思いが致しましたし、両親もまさしく殿方の鑑と相好を崩しておりました」
学友Q「じゃあ、なぜ……」
学友R「そこまで至れりつくせりの椿山天彦さんとなぜ別れたんですか」
学友S「教えてください。いったいどんな深部を……」
ひめ 「(心もち頬を染めながら)椿山天彦さんの乗られていた車のナンバーが『4649』だったのでございます」

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