世の中ラボ

【第90回】関東大震災「朝鮮人虐殺」問題

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2017年10月号より転載。

 小池百合子知事が、九月一日に横網町公園(墨田区)で営まれる関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付を見送った(知事にならって山本亨墨田区長も追悼文の送付を見送った)。
 都が方針を見直したキッカケは、三月の都議会一般質問。古賀俊昭議員(自民党)が、碑文にある六千余名という数を「根拠が希薄」とし、案内状にも「六千余名、虐殺の文言がある」ことから、「知事が歴史をゆがめる行為に加担することになりかねない」と追及し、知事は「私自身がよく目を通した上で適切に判断する」と答弁。都側は虐殺者数について「六千人が正しいのか、正しくないのか特定できないのが都の立場」としている。
 同じような動きは、一足先にじつは教育界で起こっていた。
 焦点は、東京都教育委員会が発行する都立高校の日本史副読本『江戸から東京へ』である。この副読本は日本史が必修化された二〇一一年度に導入されたのだが、一三年度版で記述の一部が書き換えられたのだ。そのひとつが横網町の「朝鮮人犠牲者追悼碑」についてのコラムである。旧版は〈大震災の混乱のなかで数多くの朝鮮人が虐殺されたことを悼み、1973(昭和48)年に立てられた〉。新版は〈碑には、大震災の混乱のなかで、「朝鮮人の尊い命が奪われました」と記されている〉。
 当時の報道(「朝日新聞」一三年一月二五日)によると、都教委は「殺害方法がすべて虐殺と我々には判断できない。(虐殺の)言葉から残虐なイメージも喚起する」と説明した。
 同じことは横浜市でも起こっている。中学校用の副読本『わかるヨコハマ』の関東大震災をめぐる記述が一三年度版から書き換えられたのだ。旧版の「虐殺」は「殺害」などに変更され、一二度版は回収。市教委は「虐殺は主観的な言葉」「間違いではないが、誤解を招きかねない表現があった」と説明する。一二年七月の市議会で保守系の市議(氏名は不明)が「あたかも軍や警察が自警団とともに朝鮮人を虐殺した、という強い表現」を批判。当時の教育長がその場で記述の変更を約束したのがキッカケという。

流言蜚語の伝播過程
 こうした経緯を見ると、ひとつの想像がはたらく。一連の動きの背景には、「六〇〇〇人」という数や「虐殺」という文言を含め、これまで踏襲されてきた朝鮮人虐殺の歴史を快く思っていない集団の圧力があったのではないか(ちなみに古賀俊昭都議は「自虐史観」批判の急先鋒である日本教育再生会議に所属している)。
 その話をする前に、朝鮮人虐殺が今日までどう語られてきたかをざっと振り返っておこう。現在、もっとも入手しやすく、震災の全貌が把握しやすいのは吉村昭『関東大震災』だろう。虐殺については「第二の悲劇 ―― 人心の錯乱」で検証されている。ことに流言が広がる過程は、状況が想像できるだけに恐ろしい。
 一九二三年(大正一二)年九月一日、午前一一時五八分。マグニチュード7.9の大地震が関東一円を襲った。東京や横浜の電話局や新聞社は壊滅状態。〈九月一日から五日の夕方まで一切の新聞は発行されず、東京市民は報道による情報の入手ができなかった〉という状況の下で、流言蜚語が発生する。
 最初の流言は「大津波が来た/来る」「もっと大きな地震が来た/来る」などの自然現象に関するものだった。それが「東京の刑務所の囚人が一人残らず釈放された」などに拡大。地震発生三時間後には「社会主義者が朝鮮人と協力して放火している」という噂が伝わりはじめる。一方、類焼中の横浜市で「朝鮮人放火す」の声が上がったのは一日夜だった。当初は「放火」だけだったのが夜の間に「朝鮮人強盗す」「朝鮮人強姦す」などに変化し、さらには殺人をおかした、井戸へ劇薬を投下したなどに発展する。震災の被害が大きかった横浜市からは東京方面に大量の人が避難し、朝鮮人に関する流言も彼らの口を介して東京にひろまった。
 朝鮮人襲来の噂とともに、各地で続々と結成されたのが、凶器を手にした男たちによる「自警団」だった。〈男たちは、町内を探し廻って朝鮮人を発見すると、これに暴力を加え縛り上げて傷つけ、遂には殺害することさえした〉と吉村は書く。
 加えてここに、警察と軍が乗った。〈庶民は恐怖に駆られて、流言をそのまま警察署や憲兵分隊に通報する。その度に官憲側も調査し、通報内容が全く根拠のないものであることを確認したが、通報が度重なるにつれて官憲側でも事実かも知れぬという疑惑をいだき動揺の色を見せはじめていた〉のである。
 唯一のマスメディアである新聞も踊らされた。〈鉄道は破壊され、通信機関の杜絶した東京、横浜は孤絶し、そこから得られる確実な情報はない。各地の新聞社は、東京を脱出した人々からの取材によると同時に、苦労して潜入した記者の手で記事を蒐集し、記者はそれらを近県からの電話で本社に伝えたが、それらも実地に踏査したものは少く、大半は流言を反映したものであった〉。
 耳に入るのは不確かな口コミのみ。恐怖にかられた人々は噂を信じ、口伝えで広がる間に噂の内容は多様化し、凶悪化する。集団ヒステリーと大規模な伝言ゲームともいうべき、おそるべきデマの伝播過程。忌まわしい虐殺はその結果として起きたのだ。〈暴徒はむしろ自警団員らであった〉と吉村は述べる。
 虐殺された人の数は、政府発表では二三三人。だが吉村は、吉野作造が着目した「在日朝鮮同胞慰問会」の調査として二六一三名という数字を示し、さらに調査を続けた同会が〈難に遭った朝鮮人の実数は六千人以上〉と発表したことも付け加えている。
 実際の流言や殺害がどうであったかは、多くの人が証言している。その集大成が、西崎雅夫『関東大震災朝鮮人虐殺の記録 ―― 東京地区別1100の証言』(現代書館、二〇一六年)。加藤直樹『九月、東京の路上で』でもその一端を知ることができる。当局が資料を敗戦直後に破棄したため、虐殺者の実数はつかめない。が、数の上でも殺害方法の点でも、それはとても看過できるものではなかったのだ。

正義は自警団にあり?!
 さてはて、しかし、話はここでは終わらない。
 歴史を改ざんしたがる人にはタネ本があるのが常である。「南京大虐殺はなかった」といいたい人のタネ本は、鈴木明『「南京大虐殺」のまぼろし』 (文藝春秋、一九七三年)。「従軍慰安婦は捏造だ」といいたい人のタネ本は、秦郁彦『慰安婦と戦場の性』 (新潮選書、一九九九年)。朝鮮人虐殺の歴史を否定したい人にもタネ本が存在した。工藤美代子『関東大震災 「朝鮮人虐殺」の真実』(産経新聞出版、二〇〇九年)である。この本は現在、加筆の上、『関東大震災 「朝鮮人虐殺」はなかった!』と改題されて、工藤の夫である加藤康男の名前で出版されている。
〈何の罪もない者を殺害したとされる「朝鮮人虐殺」は、はたして本当にあったのか〉と著者は問う。彼の主張は主に二点。第一に、流言蜚語とされてきた噂の中には〈震災に乗じて朝鮮の民族独立運動家たちが計画した不穏な行動〉が含まれていること。第二に、「虐殺」の人数は誇大に喧伝されてきたこと。
 第一の論点を、彼は〈不逞の鮮人約二千は腕を組んで市中を横行し、掠奪を擅にする〉(「河北新報」九月五日)、〈鮮人は鉄砲や日本刀で掛るので危険でした〉(「北海タイムス」九月六日)といった当時の新聞記事(目撃談)から追及する。これらはすべて幻だというのか、事実だったのではないか、というのである。
 傍証としてあげられているのは、震災の直前には朝鮮人の犯罪が多発し、民族独立運動や抗日活動が活発化していたという話で、仮に自警団による殺害が事実だとしても、それはあくまで正当防衛。〈もとを質せば社会主義者と抗日民族主義者が共闘し、上層部からの指令を受け、天災に乗じ、思いを遂げようとした輩がいたからだということを忘れてはならない〉。
 あきれた論法だ。「社会主義者が朝鮮人と協力して放火している」などの噂には根拠があり、中には事実も含まれていたはずで、だから罪のない朝鮮人が殺害されても仕方がない? これではまるで、流言を信じた当時の日本人そのものではないか。
 第二の論点、虐殺された人数はどうか。当時、京浜地区にいた在日朝鮮人の総数を約九八〇〇と見積もった上で、そこから震災直後に収容所に保護された人数を引くと、震災による在日の死者と行方不明者は計二七七〇人。うち八〇〇人が殺害されたと考えられるが、そこには民族独立運動家などの「(殺されても仕方がない?)テロリスト」が入る。したがって六〇〇〇人は多すぎる、と彼はいうのだ。しかも、自己防衛のためにやむを得ず相手を殺すのは「虐殺」ではない。〈自警団であろうと、警察官であろうと、彼の最終解決手段は正義といっていい〉。
 東京都や横浜市で歴史の改変や隠蔽を促した人々が、「虐殺」という文言や「六〇〇〇人」という数にこだわった理由が、ここから透けて見えてこないだろうか。そう、彼らの言い分はおそらくこの本に依拠している。しかし、人数がどうであろうと、一般市民や警察官が朝鮮人を殺害したという事実は消せないのだ。
『九月、東京の路上で』の著者・加藤直樹は、ヘイトデモで「不逞朝鮮人」と書かれたプラカードを見た際の思いを、関東大震災に重ねる。〈レイシストたちの「殺せ」という叫びは、90年前に東京の路上に響いていた「殺せ」という叫びと共鳴している〉。
 メディアはいま、北朝鮮のミサイル問題を連日のように報じている。大地震が再び東京を襲ったとき、日本人が過去の過ちを繰り返さないといえるだろうか。私にはとても自信がない。

【この記事で紹介された本】

『関東大震災』
吉村昭、文春文庫、2004年、600円+税

〈二十万の命を奪った大災害を克明に描きだした菊池寛賞受賞作〉(カバーの紹介文より)。多数の一次資料をもとに、未曾有の大地震をドキュメンタリータッチで描き出した迫真のノンフィクション。東日本大震災後、再び読まれるようになった旧著だが、流言蜚語、朝鮮人虐殺、大杉栄殺害事件などの「人災」にも多くのページを割く。関東大震災について知るには最良の入門書。

『九月、東京の路上で』
加藤直樹、ころから、2014年、1800円+

 

〈関東大震災の直後に響き渡る叫び声/ふたたびの五輪を前に繰り返されるヘイトスピーチ〉(帯より)。多くの在日が暮らす新大久保で育った著者が、朝鮮人虐殺の現場を歩き、当時の証言や記録を再構成したノンフィクション。九〇年前の虐殺と現代のヘイトスピーチの間には、同種の差別意識があると語る。工藤美代子『関東大震災 「朝鮮人虐殺」の真実』を批判した箇所もあり。

『関東大震災 「朝鮮人虐殺」はなかった!』
加藤康男、ワック株式会社、2014年、950円+税

 

〈「従軍慰安婦」だけではない、もう一つの歴史の捏造!〉(帯より)。虐殺に関する従来の研究をすべて否定。関東大震災時に「虐殺」はなかった、あったのは朝鮮人のテロ行為に対する自警団の正当防衛だけ、と主張する一種のプロパガンダ本。『九月、東京の路上で』を「韓国報道機関と変わらぬ反日トンデモ本」と批判しているが、このような物言いからも、お里が知れる。

PR誌ちくま10月号

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