ちくま文庫

内側でも外側でもない味方

ちくま文庫『ほんとうの味方のつくりかた』解説

執筆、編集活動、パーソナリティと多方面で活躍する松浦弥太郎さんの味方づくり指南書『ほんとうの味方のつくりかた』を カレーの伝道師として「AIR SPICE」を立ち上げた水野仁輔さんが読みました!

 ずっと敵だった人たちが一気に味方に変わる瞬間を体験したことがある。
数年前のことだ。新刊の原稿を書いていた僕は、調べ物をしようとネットを眺め
ていたら、十年ほど前に出した自著に関するレビューを発見した。書き手はカレー
の世界では名の知れたブロガーさんだった。面識はないが、ブログの存在は知って
いた。
 記事を読んでみると、あろうことか、数十行にわたって著書と僕自身への批判が
ツラツラと書き連ねてあったのだ。驚いた。三十件以上のコメントがついている。
もちろん、そこも見た。すると、名だたるカレーブロガーさんがこぞって、「そう
だそうだ」とばかりに賛同している。大げさに言えば僕はネット上で袋だたきにあっている状態だった。あまりのことにしばらく声が出なかった。
 出版当時、リアルタイムでその状況を目の当たりにしていたら、怒りが込み上げ
てきたかもしれない。書かれている内容は、ほとんどが誤解に基づくものだったが、
そう取られてもおかしくはないという気もした。何年も経過して事態を知ったこと
もあったし、僕もオトナ(?)になっていたせいか、極めて冷静な気持ちで、僕は
そのブログの主にメールを綴った。
 記事を読んだことには触れず、「初めまして」と挨拶メールを送ったのだ。
「水野仁輔と申します。ご存知かと思いますが、カレーの活動を色々としているも
のです。突然メールさしあげたのは、ちょっと相談に乗ってもらいたいことがある
からです。よかったら一度、お会いしてお話しできませんか?」
 返事は一か月経っても来なかった。そりゃそうだろう、あれだけ僕に対して否定
的な意見を持っている人から返事をもらえると思う方がおかしい。諦めかけた時、
返事が来た。内容は意外なものだった。
「僕にできることがあったら何でも協力させてください」
 まるで予想していなかった返事にこっちが戸惑ってしまった。僕たちは、新宿の
インド料理店で飲んだ。挨拶も乾杯もそこそこに三十分ほど、僕は改めて自己紹介
も兼ねて自分の活動スタンスについて話をすると、彼は言い出しにくそうにこんな
話をしてくれた。
「僕は長い間、水野さんのことを誤解していました。実は、だいぶ前ですが、水野
さんの著書を読んで批判的な記事をブログに書いたことがあるんです」
 なんだか嬉しくなってしまって僕も打ち明けた。
「実は、先日、その記事をたまたま読んだんですよ。それがキッカケで連絡したん
です」
「ええ!? そうだったんですか……」
 彼はバツの悪そうな顔をしたが、昔の記事の内容なんてどうでもいいことだった。
おかげですっかり打ち解け、僕は彼にやりたい活動の構想を話した。他にカレーの
食べ歩きをしている仲間たちにも声をかけてくれないか、と持ちかける。その日は
別れ、一週間ほど後にメールが届いた。
「みんな、協力したいと言ってくれました」
 改めて僕は、彼と彼の仲間と十人ほどで銀座のカレー専門店で会い、キックオフ
ミーティングをすることになった。十年前にネット上で僕のことを口々に批判した
人たちが勢ぞろいしている。誰もそのことに触れる人はいなかった。もちろん僕も。
彼らは今もプロジェクトを一緒に進めている頼りになる味方たちである。
 今思い起こしても不思議なことだと思う。どうしてあんなことになったのか。モ
ヤモヤしていたことが、『ほんとうの味方のつくり方』を読んで一気にスッキリし
た。僕が十年越しで経験した稀有な体験がどうして起こり得たのか、軽やかに綴ら
れていたからだ。まるで優しく諭されているような気持ちになった。おかげですっ
と腑に落ちたが、同時に、松浦弥太郎さんという人がちょっと怖くなった。
 これが〝外側の味方〞に関する僕の体験談である。
 一方、〝内側の味方〞については、これまで考えたこともなった。だから松浦さ
んと同じように九つの要素を洗い出し、優先順位をつけてみることにした。本書に
ある通り、真剣にやり始めるとこれがなかなか大変な作業だ。いくつものキーワードを出しては引っ込め、入れ替え、ひねり出してみる。ちょっと違う気がするな、
とか、ああ、これがあった! とか。試行錯誤して、以下の通り。
 1 好奇心
 2 時間
 3 健康
 4 美意識
 5 お金
 6 根気
 7 知見
 8 音楽
 9 情報
 うん、こんな感じかな、という気もするし、いや、ちょっと格好つけてるな、と
思ったりもする。あれこれ考えている間にも頭の中に松浦さんがちらつく。なんか
全部、見透かされているような気がしてしまう。本書の中で最もグサリと自分の胸に刺さった言葉が次のものである。
「あなたにも理念は必要です」
 理念のようなものは自分でも長年、ぶれずに持ち続けているつもりではいる。で
も、言葉化してみようと試みると、的確な表現が出てこない。松浦さんの理念は、
「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」だという。上手にコピーライティングし
てもしかたないわけだから、言葉にしたものを携えて日々の活動の糧にしていかな
ければあんな素敵な響きを持つ理念にはなり得ないのだろう。僕にとっては当面の
課題となった。
 本書を二度読んで、気づいたことがある。そうか、この一冊を読めば、ひとまず
誰もが〝松浦弥太郎〞という人物を味方につけることができるというわけだ。この
味方は、きっと自分の内側にいるわけでも外側にいるわけでもない。でもここから
本当の味方づくりをスタートできるのはとっても心強いことだろう。
 

 

 

関連書籍