ちくま文庫

林正之助御大を知るために

難波利三『笑いで天下を取った男』解説

朝の連ドラ「わろてんか」で注目を集める吉本せい。その弟・林正之助は姉を支えて笑いを大きなビジネスに育て上げました。その生涯を描いた作品に、新刊「私説大阪テレビコメディ史」が話題の澤田隆治さんが解説を寄せてくれました。

 直木賞作家の難波利三さんの『小説吉本興業』の「SAWADA」という章に、吉本所属の若手漫才陣を全国区にした一九八〇年の「漫才ブーム」の仕掛け人として、私が実名で登場したのには驚いた。あれから二十数年たって、私がその本の解説を書くことになった。長く生きているといろんなことが起こる。
 昭和三十年、朝日放送に入社して演芸の担当になった私が、「吉本興業」の存在を知ったのは、昭和三十三年に直木賞を受賞した山崎豊子さんの『花のれん』だった。演芸の担当になった日から毎日のように通っていた松竹系の千土地興行経営の寄席「戎橋松竹」には、朝日放送専属の松鶴家光晴・浮世亭夢若が出ていたが、彼らが戦前吉本興業の若手人気漫才として活躍していたことをはじめて知って、新番組の担当であるだけにいささか恥ずかしかった。大学では日本史を専攻していたのだから尚更だった。それくらい「吉本興業」は戦後大きな話題になることもなく忘れられた存在だったともいえる。
 平成二十九年、吉本興業は創立百五年を迎え、『吉本興業創業百五年史』が刊行され、吉本興業の創業者、吉本吉兵衛・せい夫妻とイメージが重なる若夫婦が寄席経営をはじめるという朝の連続テレビ小説『わろてんか』がスタートする。これまでの〝朝ドラブーム〟を想起すると、モデル探しはもちろん、タレントやネタにとどまらないレベルでのお笑いブームがはじまるに違いない。
 いま私の机の上には、吉本興業について書かれた本や雑誌が山積みになっている。戦前に吉本興業が発行した季刊誌『笑売往来』『ヨシモト』の復刻版から、戦後の梅田花月のプログラム、『マンスリーよしもと』、吉本興業最初の社史『吉本八十年の歩み』まで。そのなかで、山崎豊子さんの『花のれん』と矢野誠一さんの『女興行師吉本せい 浪花演藝史譚』、そして難波利三さんの『小説吉本興業』はそれぞれ、ハードカバーと文庫本のセットで並んでいる。『花のれん』と『女興行師 吉本せい』はともに吉本興業を創業した吉本せい社長の生涯を、前者は小説形式で後者は多くの資料を駆使した評論形式で描いたものだ。
 今回改題のうえ文庫化される難波さんの『小説吉本興業』は、林正之助御大(花菱アチャコさんがそう呼んでいたのにならって、私もそう呼ばせていただいていた)を中心に、吉本興業の歴史が、白木みのる、笑福亭松之助、笑福亭仁鶴、西川きよしなどへの取材・インタビューと資料をもとに書かれてある。林正之助が八十八歳で目にした「なんばグランド花月」開館の日から書き起こす。最終章では昭和六十三年一月十日から四回、『花王名人劇場』の枠で放送された「にっぽん笑売人・戦前篇」の制作記者会見に出席した林正之助会長、若き日の正之助を演じる沢田研二、桂春団治役の横山やすしと楽しく話す姿が描かれている。プロデューサーとして私も同席していたが、横山やすしを相手に漫才のボケとツッコミの変幻自在な技で記者たちを笑わせていた林正之助御大を思い出してしまう。
最終章「新風一番」では、三か月間の開館興行の夜の部「アメリカン・バラエティー・バン」が最終的に一億円の赤字を出したが、「吉本興業の新しい方向性を示した点での意義は大きい。宣伝費だと考えれば、一億はむしろ、安上がりである」とあり、やすし・きよし、桂三枝、ダウンタウンらが出演した昼間の興行が三か月間で約四億の水揚げがあって、「数字の上では、呼びものの夜の部より、一億円上回った。大成功である」と書いている。『吉本八十年の歩み』の「吉本会館誕生」の項では「制作費は二億四、五千万円。三カ月の公演ならば、毎日全席埋め尽くしても収支トントンだから、赤字覚悟で臨んだ冒険と言える」とあるから、これが吉本制作責任者の考え方であったのだろう。
 だが一人そうは思っていない人がいた。開館興行がスタートして一か月たつころ、私は林正之助御大に呼ばれた。「澤田さん、なんか安上がりでおもしろうて客の入るもん考えてください」とのこと。私はすぐにパリへ飛んで、『花王名人劇場』の海外ネットワークでキャバレーやサーカスで活躍している芸人を見て歩いた。「ローリーポーリー」という太ったイギリスの六十代の踊子チームがパリで大人気だという。さっそく交渉してもらったら、日本へ行きたいとのこと。これで目玉が出来たから、オープニングとクロージングのための美人ダンシングチームを探し、寄せ集めたチームに「舶来寄席」というタイトルをつけて来日の運びとなった。御大は「ローリーポーリー」が気に入って、楽しい写真が何カットも残っている。私の敬愛する大プロデューサー、林正之助御大は平成三年、満九十二歳で亡くなられたが、私はいまも御大の思いのこもった劇場で「舶来寄席」の出演者の選定と演出を担当している。
 本書は、林正之助の人物像を知るには絶好の一冊である。
 

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