絶叫委員会

【第103回】隣の声

 近所のカレー屋で、牛すじトマトカレーを食べていた時のこと。
 隣の席に、家族連れらしい四人がいた。小太りな髭のお父さん、ジーンズのお母さん、そして、中学生くらいの女の子と小学生くらいの男の子。

「誤解されがちだけど、彼はただの戦争屋じゃないんだよ。立派な劇場を作ったし……メートル法も広めたし……」

 ふと気づくと、お父さんが誰かのことを褒めていた。

「凄い読書家で……親孝行で……」

 うんうん、とお母さんが頷いている。でも、二人の子供はまったく無反応だ。

「すばらしい人だよ! ナポレオンは!」

 意外な名前が出た。お母さんが大きく頷く。けれど、子供たちはスルー。まあ、そうだよなあ。相槌、打ちにくいよ。

「彼のお母さんはまだ生きてるんだ」

え、と思う。子供たちが、初めて顔を上げてお父さんを見た。

「あ、お父さんが今読んでる漫画の中ではね」

 なるほど。だから、親しい友達みたいに熱く語ってたのか。子供たちの首がかくっと折れて、またカレーに戻った。
 また別の或る日。
 ファミリーレストランでハンバーグを食べていたら、隣の席にいた小さな女の子が「うんこ、うんこ」と云い出した。「トイレ?」とお母さんが尋ねる。でも、そうじゃないらしい。ただふざけているのだ。
 「しっ、駄目よ」と、お母さんが周囲を気にして声を潜めると、ますます調子に乗って、その言葉を連呼する。駄目って云えば云うほど、子供って、ああなるよなあ。可愛い女の子だけど、子供は子供だ。
 お母さんも大変だな、と思って様子を見ていると、女の子はノリノリで「うんこうんこうんこうんこうんこ」。
 あまりのしつこさに、お母さんはとうとうキレてしまった。

「わかなちゃん、わかな! いい加減にしなさい! うんこ、じゃなくて、うんち、でしょう?」

 そこか……。

(ほむら・ひろし 歌人)

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