piece of resistance

20 読書感想文

なんでそんなことにこだわるの? と言われるかも知れないが、人にはさまざま、どうしても譲れないことがあるものだ。奥様とは言わない、本に書き込みはしない、ご飯は最後の一粒まで食べる、日傘は差さない……等々。それは、世間には流されないぞ、というちょっとした抵抗。おおげさ? いやいや、そうとは限りません。嫌なのにはきっとワケがある。日常の小さな抵抗の物語をつづります。

『    僕の立場  
          一年C組 飯山直人

 ヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」を、ぼくは主人公の僕の立場で読みました。
 なぜぼくが僕を選んだのかというと、ぼくには僕の気持ちが一番わかるからです。
 主人公の僕はチョウが大好きな少年です。だから、となりの家のエーミールがめずらしいクジャクヤママユをもっていると聞いて、どうしても見たくなります。となりの家に行ったら、エーミールはいなかったので、勝手に部屋に入ってしまいます。クジャクヤママユを見たら、どうしてもほしくなって、取ってしまいます。でも、帰りに女中とすれちがったとき、あわてて、チョウをポケットにかくしたら、チョウはつぶれてしまいました。
 家に帰って、お母さんに白状したら、エーミールにあやまりに行きなさいと言われて、僕はあやまりに行きます。エーミールは、非の打ちどころのない少年だから、僕に怒ったり、泣いたり、せめたりしません。ただ、軽べつの目で僕を見ます。「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」と言ったりもします。ぼくは、そこを読んで、エーミールこそそんなやつなんだな、と思いました。いやみな大人みたいです。
 ぼくは僕の立場で、せっかくあやまりに行ったのに、僕がかわいそうになりました。でも、もしもエーミールの立場になったら、僕にむかつくかもしれません。
 最後に、家に帰った僕が、それまで収集したチョウをぜんぶつぶしてしまったので、悲しくなりました。』

『    エーミールのしくじり
                一年C組 名高翔

 ぼくはエーミールになったつもりでこの小説を読んだ。エーミールは「あらゆる点で模範少年」って書いてある。模範っていうのは、かんぺきってこと。そんなやつがいるんだったら、その気分を味わってみたかった。
 けど、クジャクヤママユをダメにした「僕」が自分のちょうの収集をぜんぶあげると言って、エーミールが「結構だよ」と断ったとき、ぼくは「あれ?」と思った。ぼくならもらう。それか、もし「僕」のコレクションがたいしたことなかったら、ほかのものをもらう。お金で解決してもいい。
 エーミールが本当にかんぺきな少年だったら、もっと上手にとりひきしただろう。そしたら「僕」も気が楽になって、自分のちょうをつぶさなくてすんだはずだ。
 エーミールの立場になって、知恵がたりなかったと思いました。』

『    どっちもどっち
             一年C組 松井さくら

 わたしはちょうの立場になりました。すると、主人公も、エーミールも、どっちもどっちだと思いました。
 友達のちょうをぬすむのは、いけないことです。でも、生きているちょうを捕まえて、標本にしてしまうほうが、もっとざんこくでいけないことです。ちょうの立場では、ありえないことです。
 主人公が、ちょうを捕まえるときのことを、「捕らえる喜びに息もつまりそうになり」とか、「微妙な喜びと、激しい欲望との入り交じった気持ち」とか書いているのを読んで、へんたいだと思いました。』 

『    女中、あるいは私自身の一考
                   一年C組 藤城舞花

 登場人物の誰かの視点に立って感想文を書かせようとする先生の意図をくんだ上で、私はあえて主人公の〈僕〉と階段ですれちがうエーミール宅の女中の立場を選択しました。
 蝶の収集なんていう優雅な趣味を持っているお坊ちゃんの家庭に仕える女性です。彼女は住みこみなのか通いなのか、正社員なのかハケンなのか、くわしいことは分かりませんが、どのみち朝から晩まで働いているのでしょう。もしかしたら実家のお母さんは病気がちで、少ないお給料の中から仕送りをしているのかもしれません。
 そんな女中の視点に立てば、主人公の〈僕〉とエーミールのいさかいは、取るに足らない子供のケンカです。その蝶がどんな稀少なものであろうと、それはあくまで衣食住に困らない富裕層の価値観であって、女中には関係ないですし、興味もないことでしょう。この小説に対する私のスタンスも同様です。
 先生方はなにかと読書感想文を書かせたがりますが、小説の好みは十人十色ですし、わざわざ書くほどの感想が毎回あるとは限りません。登場人物の視点に立てば共感できるとお考えでしたら、それは安易すぎます。教科書という選択不可能な教材から一方的に「道徳的な読書」を押しつけられた上、感想文までも強要される生徒の視点にも立ってみてください。』