荒内佑

第14回
20世紀の最後、ぼくはヤンキーから走って逃げていた

今、注目のバンドceroのメンバーとして多くの楽曲で作曲、作詞を手がける荒内佑が、<日常>とそこに流れる音楽の話を綴る大好評の連載が公開中です。 更新は毎月1回、第4水曜日になります。


 自分が生まれ育ったのは東京の郊外にある府中市と国立市という所のちょうど境界のあたりで、ものすごく雑にいえば前者は競艇、競馬場、刑務所の街。ユーミンの「右に~見える競~馬場~左はビ~ル工~場~」の街である。治安が悪いわけではないが地方都市の平均値くらいヤンキーが生息する。後者は駅前に風俗店やパチンコ屋を建ててはいけないという文教地区指定を受けていて、いわゆる学園都市。RCサクセションの「多摩蘭坂を~登り切る手前の~」の街である。学生とヒッピーの残党と意識高い系のマダムが主に住んでいる、と言ったら怒られそうだ。ぼくは府中の中学校に通っていて吹奏楽部でホルンをやっていたが、当時のことを考えるとマウスピースの鉄と唾液が混ざった匂いと、もう一つポカリと鉄っぽいのが混ざった匂いを思い出す。嗅いだら一瞬でトベると思う。


 高校1年の夏というものは、まだ中学の同級生と会って遊ぶくらいの繋がりが保たれている。高3にもなれば誰とも連絡すら取らなくなったが、まぁそんなもんだろう。夏休みのある日、同級生だったO川とSとOちゃん、他にも誰かいた気がするが中学のすぐ横にあったグラウンドに集まって花火をしていた。あれこれ取り出して着火させたり、Sはロケット花火を手に持って投げるのが得意だった気がするが、そんな風にワイワイやっていた。よくある一コマ。しかしある時、自分たちから300mくらい離れた所に異変を感じた。ヤンキーの集団、6、7人がグラウンドに入場してくる。ヤンキーといっても昨今のマイルド~みたいなやつではなく、後々少年鑑別所に入ることになるガチ勢である。ぼくはこういった兆候にいち早く気付くタイプだ。絶対からまれる。ちょっと散歩しよう、とSを誘いグラウンドに併設された市営プールの裏手へ歩いて行った。しかし、ヤンキー達が目をつけたのは残した友達ではなくぼくらだった。学んだこと。からまれそうになったら目立つ動きをしてはいけない。
 プールの裏手に人通りはまったくなく、街灯もほとんどないところに彼等はゾロゾロとやって来てぼくらはかち合った。「オマエ、アラウチの弟だろ? 」背は160センチ足らずの筋肉質でリーダー格のやつが言った。実はぼくは彼を知っていた。兄貴の同級生だったのだ。しかし、話したこともない奴が突然エラソーにしやがって、と内心思っている世間知らずなぼくは、理由なんてどうでもいい、ただ人が殴りたい彼にエサを与えてしまった。口を半分ほど閉じ軽く喉を鳴らす、一音だけ。言葉にすると「うん」。「テメェ、なんでタメ口なんだよ」と襟元を摑まれる。とっさに、すいません、と謝ったがスタートボタンは既に押されている。そして何を思ったのかグイグイせまってくる彼めがけて自分から一発手が出てしまった。と、同時に取り巻きの軍団が一斉に飛びかかって来て生け垣に押し倒される。木の匂いがふわっと香る。学んだこと。突然親しげに話しかけてくる奴には気をつけた方がいい。SNSとかね。
 

 映画『恐るべき子供たち』の冒頭で子供達が放課後に雪の中を走り出すシーンにも、『牯嶺街少年殺人事件』で不良グループが公園の中を走り回るシーンにも、とにかく少年達が大挙して走りまくるシーンになぜか異様に感情移入してしまうのはこの時の経験のせいだろうか。もちろんその時のぼくはメルヴィルも、コクトーも、エドワード・ヤンも知らなかった。とにかくぼくは走って逃げだした。「待てコラァ」と後方から叫び声が聞こえる。そんなのテレビでしか聞いたことない。ほとんど無心だったが、ぼんやりとヤンキーはヤンキーを演じているのだと感じた。
 そんなに走っていないはずなのだが、彼らはメンドくさくなったのか追いかけるのを諦めぼくは逃げ切った。喉が渇いていたので自販機でポカリを買う。ヤバい、みんな置いて来ちゃったと思うのも束の間、ふと見ると白いオーバーサイズのTシャツが血で真っ赤になっている。興奮していて気付かなかった。ポカリでうがいをすると口の中が切れているのが分かった。買ってもらったばかりの携帯でO川に電話をするとOちゃんの嗚咽が聞こえた。
 なんだか腹立たしかった。ヤンキーのことだけじゃない。東京の郊外で花火をやっていることも、Oちゃんが泣いているのも、ポカリを道端に吐き出してる自分も、O川がかばってくれるのも全て既視感があって安っぽく感じる。みんな何かを必死に演じている気がした。例えば今では当たり前過ぎるが、知らない駅前に降り立ったのにチェーン店しか並んでいないのを見た時の感覚に近い。そういえばその頃から国立も府中も街並が変わって来た気がする、というのは思い込みだろうか。学んだこと。自分のような一般人は暴力に対して気の利いた反応はできない。あるいは平凡さが明るみに出るだけなのかも知れない。


 その翌年、SとOちゃんの間に子供が出来て2人は高校を辞めて結婚した。繊細だったSは無免許で車を乗り回すようになったりして心配したが一度だけ麻雀を教えてもらったきり会ってない。子供のお祝いを、と思っていたが高校生のガキはテキトーな上に何を贈ったらいいのかも分からずそのまま連絡も取らなくなってしまった。数年して2人が別れたらしい、と人伝に話を聞いた。最近、そのグラウンドにほど近いコンビニに行くことがあってレジで驚いた。Oちゃんそっくりの女の子が接客をしている。名札を見たら同じ名字だ。もしかしたら子供だろうか、親戚かな、と話しかけそうになったが思い直してコンビニを後にした。

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