上田麻由子

第13回・まぼろしの時空を超えて

『舞台「KING OF PRISM -Over the Sunshine!-」』

 七夕の夜。ごく普通の中学三年生、一条シンは七色の蛍に導かれるように出会った不思議な少年に、ある「お願い」をされる。その少年、如月ルヰが「彼」と呼ぶペンダントに、男性三人組ユニットOver The Rainbow(オバレ)のライヴを見せてあげること。「これがプリズムショーっていうのか……普通のライヴと何が違うんだろう?」と、彼ら「プリズムスタァ」を初めて目の当たりにしたシンは、胸を高鳴らせながら、めくるめく世界に足を踏み入れる。

初めて出会ったときの気持ち

 ステージで歌い踊るスタァが無数に分身して、観客ひとりひとりを抱きしめる「無限ハグ」。川沿いの道を自転車に二人乗りしながら甘い時間を過ごしたあと、交通ルールもしっかり教えてくれる「2人で行こう! 純愛ときめきサイクリング」。フィギュアスケートと歌、ダンスに加え、イマジネーションの世界にはばたいていくこの「プリズムジャンプ」こそ、プリズムショーの大きな見どころだ。そしてそれは、男性アイドルものが巷にあふれるいま、本作の「プリズムスタァ」たちに他の追随を許さない、ひときわ輝く個性を与えている。

 アニメ『KING OF PRISM by PrettyRhythm』では、ぶっ飛んだ世界観をキャッチーに演出する3DCGや音楽の力を借りて実現したこの「プリズムジャンプ」を、演劇としてどう表現するのか。舞台『KING OF PRISM -Over the Sunshine!-』の回答は、あくまで大真面目に、起こっていることを具象として、人力でやることだった。スクリーンへのプロジェクションやライトの力を借りつつも、スケートはローラーシューズで、宙に浮くジャンプはアンサンブルによるリフトであらわし、カラフルな子供用自転車をオバレの三人はあくまでかっこよく乗りこなす。そしてアニメでは抽象表現かと思われた、衝撃を受けたシンが裸になるシーンでは、実際に服を剥ぎとって、汗だくの身体にスタァが文字どおりぎゅっと抱きつく。

 単なる「かわいい」や「かっこいい」の枠を超え、見ているものの度肝を抜き、笑いや戸惑いをも生むプリズムショー。それを見て「な、なんだこれは〜!!」とびっくり仰天するシンの姿は、この「キンプリ」の世界に最初に触れたわたしたちのそれと重なった。しかしその後、何度も映画を観るうちに一周回って「かっこいい」とか「素敵」なものだと思っていた「プリズムジャンプ」の奇妙奇天烈さを、本作はその愚直なほどの演出方法で、あらためて思い出させてくれる。文字どおり体を張ってぶつかる役者たちを前に(身一つになっても生々しくなり過ぎないのは、シン役の橋本祥平が纏う品のおかげだろう)、いつのまにか観客も身ぐるみ剥がされて、この「キンプリ」の世界にじかに触れることを余儀なくされている。結果として、終盤でシンから「みなさんは覚えていますか? 初めてプリズムショーに出会った時のことを!」と問いかけられるころには、いま、まさに思い出しているところだと、声に出して応じずにはいられなくなるのだ。

お風呂のようなあたたかさ

 そう考えると、心置きなく笑い、ツッコミを入れ、思う存分、黄色い声も上げられるよう、本作がそのトレードマークである「応援上映」を舞台でも取り入れてくれたのは幸いだったのかもしれない。周知のとおり「コスプレOK! 声援OK! アフレコOK! お客様みなさんで一緒に盛り上がるイベント上映」と説明される「応援上映」というスタイルを本格的に取り入れ、映画館をまるでライヴハウスのような声援が飛び交う賑やかな空間にしたこの「キンプリ」は、2016年1月の劇場公開以来、映画館の様相を一変させた。「チアリング上映」「発声上映」など言葉を変えてこのスタイルが映画館で定着していけばいくほど、「キンプリ」の「応援上映」が、いかにユニークなものか思い知らされる。

 まず、ライヴシーンでの歓声や、恋愛シミュレーション的な台詞のアフレコなど、作品そのものが観客の「参加」を想定して作られていること。それにツッコミを入れるだけでなく、何回も観ているからこそ展開を先取りしたかけ声などもかかり、鞭や十字架に見立てるサイリウム芸などが生まれては、各劇場、各地方の「お約束」として受け継がれたり、自然消滅したりする。創意工夫をもった作り手と観客とが、2次元と3次元の壁を超えて交流するその「場」は、オバレの仁科カヅキの言葉を借りるなら「恥ずかしがってないでこっちへこいよ。あったかいぜ」と、戸惑うわたしたちの手を引き、誘う。

 基本的には座席に座って静かに観るものである演劇、とりわけ観劇に不慣れな人も多くやってくるためたびたびマナーに関する「学級会」が開かれる2・5次元舞台に「応援上映」スタイルが採用されると発表されたときは、さまざまな意見が出た。しかし初日こそ、舞台端のランプ消灯時、つまり「応援NG」なタイミングでも思わず声が漏れてしまう人(それだけ衝撃的な内容だったうえ、身体に染みついた応援が反射的に出るのは致し方ない)もいたものの、リピーターやSNSでの情報拡散などもあってか、しだいに観客のほうも熟練していき、それこそ作中で象徴的に用いられる「お風呂」のようなあたたかさを客席が帯びていった。再演があれば、映画と同じように「通常上映」、つまり声出しをしない回と両方あれば、より幅広いニーズに応えられるかもしれない。

薔薇たちの出会い

 さて、物語ではオバレのプリズムショーを見たシンが素質を見込まれ、プリズムスタァ養成学校であるエーデルローズに入学し、他の候補生たちとともに、時にライバルであるシュワルツローズのスタァたちと火花を散らしながらも、先輩であるオバレの3人のようなスタァを目指していく。脚本はアニメと同じ青葉譲(=菱田正和監督の別名)であり、基本的には劇場版一作目のストーリーをなぞりつつ、エーデルローズ生たちの「わちゃわちゃ」とした仲の良さが見えるシーンが追加され、原作キャラクターや俳優ファンの要求に応えつつ、新曲のクリスマスソングなどでは、それぞれのキャラクター性と仲の良さを両立させた、心温まるパフォーマンスを見せてくれた。

 いっぽう、謎めいていたシュワルツローズ側の人間関係が垣間見えるシーンでは、突き抜けた個性を持つ俳優陣の力を感じさせた。大阪公演での停電というアクシンデントをアドリブでつないだことは当日夜のニュースに取り上げられたほどで、特に本来は劇場版2作目から登場する高田馬場ジョージを演じた古谷大和の、ピエロ役としての黒い笑いと悲哀を飲み込むアイドル性は強烈な印象を残した。また、大和アレクサンダー役のspi、そして如月ルヰ役の内藤大希のようないわゆるグランドミュージカル経験者たちは、歌唱力やダンスでその「強さ」や「煌めき」に説得力を持たせ、ストリート系のバトルは日々熱を増し、プリズムスタァが目指すべき「人のなせるわざじゃない」ほどの高みを知らしめてくれた。

 2・5次元ということでいえば、この舞台の直前(わずか12日前)に開催された、キャラクターの声を演じる声優たちによるライヴイベント『KING OF PRISM SUPER LIVE MUSIC READY SPARKING!』との影響関係も、見逃せない。いまどきの若手声優らしく、歌唱力やステージパフォーマンス(何曲かは本舞台と同様、アニメとほぼ同じ振りつけで客席を沸かせた)、なにより「キャラクターを表現すること」に長けている彼らのステージから、すでに稽古中だった舞台版のキャストたちがおおいに刺激を受け、声優と舞台俳優という次元を超えた交流を生んでいたことが、SNSやインタビューなどから読み取れた。なかでも、アニメ・舞台の両方で鷹梁ミナトを演じた五十嵐雅の「寮母」のような存在感は大きく、細かなアドリブシーンなどでエーデルローズの縁の下の力持ちに徹していた彼が、千秋楽で「好きなもの」を訊かれたときだけ、スタァ候補生たちを見回したうえ「みんなだよ」と少し声をつまらせ答えたときはおおいに感動を誘った。
 
虹のドアを超えて

 考えてみれば「キンプリ」ほど、2・5次元を語るのにふさわしい作品は他にない。応援上映、この舞台での応援上映、声優ライヴ、また4DXという体感型上映と、それぞれにスクリーン・ステージと客席とのあいだにある境界を取りはらうことに意欲的に取り組み、毎度、観客に「こっちにこいよ」と手を伸ばしてきたからだ。そこでわたしたちはある種の境界侵犯をする共犯者になって、気恥ずかしさをかなぐり捨て、次元の壁を乗り超えることの快感を知る。

 そのうえで「キンプリ」が教えてくれるのは、ひとくちに2・5次元といっても幅があり、それぞれ固有の距離感があるということだ。冒頭のオバレのプリズムショーのシーンを比べてみても、本作でついに眼の前でオバレが歌い踊っていて、自分たちがその観客になっているという事実にものすごく感動しつつも(とりわけアニメで何度も見た「athletic core」のギターリフを奏でる神浜コウジを見た瞬間の心の跳ねようったらなかった)、どこかで不思議な違和感のようなものも覚える。それはデジャブのようでいて、あまりにも何度も夢に見すぎたせいで、いざ現実になったときどこかあっけなく感じてしまうような、これまでにない感覚だった。それというのも、これまでの次元をまたぐ経験が「この現実」と同じくらい生々しかったせいだ。4DX上演の五感をフルに使って強引に巻き込まれる感じ、映画館での応援上映のこちら側の熱を反射するように同じ映像がその都度違って見える感覚、声優ライヴの「ドラマチックLOVE」でハート形の紙吹雪が空から舞い落ちてきた瞬間のときめき――それぞれまったく違う2・5次元的体験があることを「キンプリ」は教えてくれた。

 第一印象があまりにも眩しいせいで、あるいは何度も繰り返して「応援」していると当然のことながら薄れゆく「初めてプリズムショーに出会った時の気持ち」を、「キンプリ」はさまざまな2・5次元を使って、観客たちに思い出させてくれる。そう考えると、本作であらたな「スタァ」としておおぜいの観客に「発見」された高田馬場ジョージの存在は、隠れた主役といってもいいのかもしれない。シンのプリズムショーを初めて見た彼は、それまでのひねくれた態度とは一転、「あいつ、すげえ!」と素直に声をあげていたからだ(このシーンは舞台オリジナルである)。その瞳の輝きをみれば、あの瞬間、彼もまた「初めてプリズムショーに出会った時の気持ち」を思い出していたことは、おそらく間違いないだろう。

関連書籍