生き抜くための”聞く技術”

第14回
言っていないことに耳を澄まそう

 あえて言わないこともあるという罠

 

 人は都合の悪いことは言いたがらない。誰でも自分の胸に手をあてて考えてみれば心当たりがあるだろう。かく言うぼくもそうだ。自分の悪いところやこれまでに犯した過ちは隠しておきたい。他人にいい人間と思われたいという心理はどうしても働いてしまう。
 日々の人間関係の中でなら、そんなことやり過ごしていればいいだろう。でもそれが仕事の上でのことになったりすると、無視するわけにはいかない。あとで大変なしっぺ返しをくらうことになってしまうからだ。

 たとえばあなたが就職を考えているとして、会社説明会に顔を出すとする。そこでその会社のしかるべき人が、学生たちに向けて話をする。会社としては優秀な学生をとりたい。そのためにはどれだけいい会社かをアピールしようとするのは当然だろう。
 ある会社の採用担当者が、その会社の歴史をとうとうと述べたあと、こう言うとする。
 「わが社の売り上げは右肩上がりで増えています。この業界の中で10年前には5位でしたが、今は2位にまで伸びてきています。業界トップも夢ではありません。そのためには君たちの力が必要です。ぜひ将来性のあるわが社に来てください」
 これを聞いて、悪い印象を持つ学生は少ないのではと思う。でも本当に実態がその言葉通りなのかはこれだけではわからない。

 嘘は言っていない。でも意図的に「言わないこと」があるかもしれないからだ。

 たとえば売り上げは確かに伸びている。しかし経営が野放図でコストがものすごくかかっていたり、巨額の借金をしていて利息の返済に追われていたりすると、利益は出ていなくて、実はものすごい赤字だったりする。さらにその業界は先細りの業界で、鼻のきく会社はその分野から撤退している場合には、業界での順位が上がったとしてもそれが本当に歓迎すべきことなのかは一概には言えないだろう。
 だから気をつけないと、いい会社だと思っていたのに入社してみたらびっくり、ということにもなりかねない。

 就職つながりで、もうひとつ例をあげよう。
 いま学生たちは一般的に言って売り手市場、つまり就職するのにあまり苦労しなくていい時代と言ってもいいだろう。
 ニュースで有効求人倍率という言葉を聞いたことがあると思う。たとえば「うちで働きませんか」と募集を出した会社が100あるとする(1社につき1人募集しているとする)。これに対して、もし就職を希望する人が200人いたら、2人に1人しか就職できない。かなり競争が激しいと言えるよね。有効求人倍率とは、仕事を探している1人につき、何人の募集が出ているかを示す数字だから、この場合は0.5になる。2人に1人しか就職できないのだから、1人につき0.5しか採用数がないということだ。
 逆に100社に対して、希望する人が50人とする。その場合、全員就職できることになるよね。この場合、ひとりの就職希望者につき2つの仕事があるから、有効求人倍率は2になる。
 つまり大ざっぱに言うと、有効求人倍率が1を超えると、就職する人は楽になる。そして1.2や1.3と数字が高くなればなるほど、仕事を選べることになる。
 このところ、この有効求人倍率が何十年ぶりに高くなったといったニュースが飛び交っている。確かに数値に嘘はない。これを受けて、安倍政権は自らの政策のおかげ、つまりアベノミクスの効果が出たと胸を張っている。
 なるほど、そうなのか、と思う人もいるかもしれない。
 ぜひこうしたときに習慣にして欲しいのは「言ってないこと」はないだろうか、と疑うことだ。

 都合のいいことを声高に言う人がいる


 じゃあ、この場合の「言ってないこと」とは何だろうか。
 少子高齢化という言葉を、聞いたことのない人はいないだろう。そのくらい今の日本では大きな問題になっている。要するにお年寄りばかり増えて、子どもの数が減っている状況だ。人口が減れば、経済が縮小していく。少ない働き手が、多くのお年寄りを支えなければならない。そうした状況が今この瞬間にも進んでいる。
 そのひとつの現れが、退職する人に比べて、就職する若者が少ないことだ。
 そうなると何が起きるか。たとえばぼくが会社を経営していて、今年定年退職する人の数が100人とする。会社の規模を保とうとすると、100人の新入社員を採用して、退職者数と同じ数を補っておかないといけない。ところが少子化で若者の数は少なくなっている。だから採用しようにも、もとから若者が足りないという状況が起こってくるのだ。
 つまり有効求人倍率が高くなっている要因のひとつが、少子高齢化による若者不足で、それで人手不足になっている面があるのだ。そこに触れることなく、雇用改善はアベノミクスの効果とだけ主張するのは、ありのままの現実を反映していないことになってしまう。

 自分たちの政策を誇ろうとするのは、今の政権に限らない。いや政治だけでなく、ありとあらゆる分野で、コインの表は見せても、裏はあえて見せず語らないということが起きる。人間は自分をよく見せたい動物だからだ。
 さらにこのフェイクニュース時代には、意図的に嘘を言ったり、大事なことを言わなかったり、都合のいいことだけを声高に主張したりする人たちが存在感を増している。
 相手の「言うこと」ではなく、「言わないこと」に耳を澄ますこと。その習慣はこの時代を生き抜くうえで、きっとあなたの武器になるだろう。

 

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