僕はこんな音楽を聴いて育った

ぼくらにはこんな友達がいた、あんなことがあった 
『ぼくはこんな音楽を聴いて育った』(大友良英著 刊行記念対談)

大友良英著『ぼくはこんな音楽を聴いて育った』刊行を記念して、大友さんと作家・高橋源一郎さんに、この本の魅力、ここから思い出すことなどを語り合っていただきました。 前編は、友達との交流の中で、いかに学んできたかという話、後編は今までめったに語られてこなかった大友さんの弟子時代の話です。2017年10月20日、青山ブックセンターにて。

■タバコの吸い殻でトイレを詰まらせるな

高橋 公立だよね? 結構自由だった?

大友 自由ですね。部室でいつも缶ピースを吹かしていて、部室の流しみたいなところに捨てちゃう。定期的に流しが詰まると、美術の部屋だったので、美術の先生が排水口を開けるとタバコがいっぱい出てきて、その度に俺が呼び出されて怒られるんですよね。「大友、吸ってもいいけど、バレないようにしろ」って。「いや、俺は吸ってないです」とか言いながら。

高橋 うちは中高一貫校だったんだけど、近くに寮があって80人ぐらい住んでて、2週間に1回はトイレが詰まるんだよね。タバコの吸い殻で。それで、教頭が来て怒って、「だから、詰まらすな!」と言って帰っていく(笑)。

大友 同じだ(笑)。

高橋 うちは私立だったんだけど、成績が良ければタバコ吸おうが酒飲もうが一切文句を言わない。僕は高校のとき学生運動をやっていたんですよ。うちの学年の3分の1くらいデモに参加してた。あるとき警察から学校に照会があった。ヘルメットをかぶってマスクをしていたんだけど、暑いから取っていて顔バレして。それで、教頭室に呼ばれて、僕は生徒会の文化委員長をやっていたから、「高橋、警察から照会が来た。だから、バレないようにやれと言ってるんだ!」って(笑)。「今回はごまかしておくから、次回はちゃんと顔を隠せ」って。いい先生だよね。だから、大友さんのを読んでいて、他人の経験なのに、なぜこんなに懐かしいのかなと思ったら、同じことを僕もしていたから。全部固有名詞で、野木君、竹信君、山田君、俣野君。次々、名前が出てくる。ドイツ語の詩は俣野君から教わったとかね。

■「こんな友達と」音楽を聴いて育った

大友 ドイツ語の詩とかやっていたんですか。

高橋 僕の友達は、みんな趣味が専門に特化していて、各人が自分のプロフェッショナルな領域を持ってました。ただ詩を読むだけでは、もはや相手にされない。俣野君は、ドイツ語でリルケを読む。

大友 でも、それは俺とはレベルが違うわ。すごい。俺、やっぱりバカだ(笑)。

高橋 しかも彼は、ドイツ語でリルケを読んで、ピアノは子供の頃から習っているから、ピアノもすごく上手い。イヤな感じでしょう? 僕はそういうことができなくて、僕だけ得意技がないというコンプレックスが中高の6年間あった。福井君という友達がいて、京都府立医大に入りましたが、彼はほんとに美男子だった。僕は演劇部で、女の子を主人公にしたドラマを作ったんだけど、考えたら、うちの学校は女がいないと思って、福井君にやってもらったら超絶美女になってびっくりしたんだよね。それで、いつも友達の家で麻雀をやっていて、高校生なのに賭けてね。タバコは吸うわ、ビール飲みながら麻雀をやっているわ。生徒会全員で(笑)。そうしたら、みんなが「福井、ギター弾いて」と言ったんだ。福井君は3歳からクラシックギターをやってたんです。

大友 なんだそれ、すごいね。

高橋 「じゃあ……」と言って、「アルハンブラの思い出」とか、ずっと弾いてくれる。だから、みんなそういうことができるものだと思っていた。だから、僕は「アルハンブラの思い出」を聴くと、「福井君」しか思い浮かばない。

大友 わかる、わかる。僕はサイモン&ガーファンクルを聴くと、これにも書いたけど、永山君しか思い出さない。

高橋 そうそう。だから、正しい音楽や漫画の享受の仕方というのは、これだって思いました。「こんな友達と」と音楽を聴いて育ったという感じなのかなって。

■会ったこともない人の名前を借りるな

大友 そうですね。札幌国際芸術祭でディレクターをやっていた関係もあって、美術の人とも話す機会がこの2年ぐらいすごく増えて、音楽の人とはあまりそういう話になりませんが、美術の人はわりと論客が多くてしゃべるし、歴史的な背景でどういう意味があるかとか、キュレーションみたいなことをすごく言ってくる。まあ、その話はおもしろいけれど、どこかで違和感があった。この違和感は何だろうと、ずっと最初の1年ぐらい考えていて、ふと気づいたのは、この人が言っていることは全部、自分の経験じゃないよなと。デュシャンがどうのと言っているけれど、デュシャンに会ったことないでしょうと。

高橋 友達がいない(笑)。

大友 友達がいない感じがある(笑)。そんなことよりも、あんたは絵を最初に描いたとき、誰々君の絵が上手いと思って描いたとか、そういう話があるはずなのに、そういうのは出てこなくて、立派な人の名前ばかりなんですよ。そのことにすごく違和感を持って、芸術祭でディレクターをやったとき、いろいろな説明文に、自分が会ったこともない、少なくとも自分より有名だと思える人の名前は一切出さないでくれと。そうすると、美術の人は急にしゃべれなくなるんですよね。現代音楽で言えば、ジョン・ケージの名前を出さずにしゃべってくれというのに近いと思いますが、それを言った以上、自分は何なのだろうと思ったときに、ちょうどこの本を書き進めていたときだったので、徹底的に「永山君」とか「桑原君」とか……きょう、いたりしないですかね、どこかに(笑)。この本が出たら、結構連絡が来て「違うよ、それ」と怒られました(笑)。

高橋 記憶を捏造している(笑)。

大友 そうそう。「万引きしたのは俺じゃなくて、あいつだよ」とか(笑)。

高橋 冤罪だと(笑)。

大友 そうそう。捏造というか、自分ではそうだと思っているんですけど、いつの間にかすりかわっているんですね、何十年も経っているうちに。

■今も憧れ続けている

高橋 このまえ、ラジオで大友さんと何を話したか思い出したよ。友達の名前がたくさん出てきたでしょ。しかも、みんな自分よりよくできる。それで、自分は一番できないと思って、気がついたら、最後までやっているのは自分だけだったって。

大友 それは、源一郎さんも……。

高橋 僕は、ジャズだったら石野君に一生敵わない。詩だと、野木君に一生敵わない。評論だと竹信君。みんな中学生の頃から、当時、学生小説コンクールをやっていて、資格は大学生以上だったの。高校生を受け付けるところもあって、中学生なのに、高校生と偽って出して優勝して賞金稼ぎをやっていたんだよね。

大友 どういう学校ですか? 相当ですよね。

高橋 いまから考えると天才が集まっていたんだけど、僕はそこしか知らないから、そういうものだと思っていた。中学生ぐらいになったら、もうみんなコルトレーンを聴き、映画はゴダールを観て……。

大友 そんな人、いないと思いますけどね(笑)。

高橋 やっぱり、ミンガスかアイラーを聴く。マイルスなんか聴くのは甘い……というものだと思ったら、この世界はキツいなと思って。キツいでしょう、中1で。みんながそういうことを当たり前のようにこなしていて、だから、僕は強い憧れがあってね。僕には得意分野もないし。詩はこいつに適わない。小説も評論も敵わない。ジャズはそんなに詳しくない。クラシックも、日本フルトヴェングラー協会に入っているヤツとかね。しかも日本で唯一の中学生会員とか(笑)。そういう子がいっぱいいました。それで思ったのは、僕はそもそもこういう世界に向いていないのだと。でも、憧れはある。憧れだけでずっときて、気づいたら66歳になっていた(笑)。

大友 このあいだラジオで話したのは、結局、いまでも憧れているという話でした。

高橋 そうそう、いまでも、知らない人の小説とか、知らない音楽を聴くと、「いいな~、もっとすごいのがあるんじゃないか」というのを感じます。大友さんの美術についてしゃべるときの話し方がいわゆる美術家とは違う。音楽と接するときと一緒ですごく好きでしょう。

大友 一緒です。

高橋 だから、そういう憧れは、小学校のときに、カッコいい友達……。

大友 カッコいい友達とか、マンガを描くのが上手いヤツとか。

高橋 絵がうまいヤツ。あと、字が上手い女の子とかね。それが全部当てはまらなくて……。でも友達が優秀で(笑)。

■天才たちのゴージャスなパーティーみたいな中で

大友 周りがね。ほんとですよ。だから、これは、ずっと楽器をやりたくて挫折し続ける話ですけど、嘘を書いているわけじゃなくて、実際にそうなんですよね。周りが上手いヤツだらけで、俺は全然ダメだったのに、源一郎さんが言われたように、気づいたら残ってたのは俺だけなんですよ。それは何なんでしょうね?

高橋 僕自身は、天才の話は好きで、漫画なんか天才ものばかり読むんですね。『ピアノの森』(一色まこと、講談社)とかね。うちの奥さんに「ほんと、あなたは天才ものが好きね。なんで?」と言われて、「ああ、未だに憧れているんじゃないか」って答える。いきなり弾けるとか、いきなりすごい詩が書けるとか。小説は天才じゃなくても書けるからね。

大友 そうですか?

高橋 だって、ちょっとずつ書けばいいんだから(笑)。でも、僕の中で小学校以来、芸術というのは天才がやるものという古典的な芸術観がずっとあって、それで、自分はそれじゃないと。でも、その世界の片隅にいたいというのでずっと来た感じがする。この本ですごく感動したのは、「僕もこうだった」ということを思い出したから。

大友 でも、俺から見たら、源一郎さんは全然そうじゃなくて、王道でガーッと行っていたように見えましたよ。

高橋 王道じゃないです。挫折の日々です(笑)。本当にずっと。だって、中学校の友達は天才的だけど、彼が教えてくれたジャズミュージシャンとか、映画監督とか、詩人とか、やっぱり天才だなと。天才同士だからね。ゴージャスなパーティーみたいなものなんだよね。僕はそのパーティー会場に行って、ずっと壁にへばりついて……。

大友 どう接していいか(笑)。

高橋 そう、「僕なんかが、いていいんですか?」と思っている気分が未だにあるから、続いているんですね。

大友 俺も未だにそうです。これは上京する前で終わっていますが……。

                        (後編に続く)

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ぼくはこんな音楽を聴いて育った (単行本)

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