アメリカ音楽の新しい地図

5.ラナ・デル・レイとフェイクの美学

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

プレリュード
 ニック(トビー・マグワイア)を介してデイジー(キャリー・マリガン)との五年ぶりの再会を果たしたジェイ・ギャツビー(レオナルド・ディカプリオ)。高ぶる彼はデイジーを自らの城に招き入れ、特注のパイプオルガンなど贅沢の限りを見せつけたのちに、ニックとともに寝室へと案内する。ギャツビーは天井の高い豪奢な部屋の螺旋階段を登り、「イギリスに自分の服を買ってくれる人がいて、シーズンの初めに送ってくれる」と誇らしげに言いながら、四方に張り巡らされたワードローブから色とりどりのシャツをデイジーに向けて投げ落とす。シルク、フランネル、インド綿、麻――富の象徴である鮮やかな色彩のシャツが画面を覆い、その合間からデイジーのはしゃいだ表情が覗く。ギャツビーの切なる願望は、一瞬報われたかのように見えた。
 だがシーンに溢れる幸福感は長くは続かない。デイジーの様子がおかしいことに気づいたギャツビーが下に降りてみると、彼女はベッドの上で泣いていた。理由を問うギャツビーに対して、デイジーは次のように答えるのである――「こんなに美しいシャツはこれまで見たことなかったから。」
 スコット・フィッツジェラルド原作、バズ・ラーマン監督『華麗なるギャツビー』(2013)の一シーンである。

『華麗なるギャツビー』


  印象的なのは、ラーマンがこのシーンに憂いを帯びた女性ボーカルの曲を重ねている点である。

私が若さと美しさを失ってもまだ愛してくれるかしら
私が傷ついた心だけになってもまだ愛してくれるかしら

 ラナ・デル・レイが歌う〈ヤング・アンド・ビューティフル〉(2013)――深いリヴァーブの効いたボーカル(歌詞だけ見ると、どうしても森高千里の往年のヒット曲を思い出さずにはいられないのだが)は、男女の再会が決してハッピーエンドに終わらないことを不吉にも暗示し、ギャツビーの名声がまやかし=フェイクに過ぎないことを雄弁に物語る。

ラナ・デル・レイ〈ヤング・アンド・ビューティフル〉


 

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