ちくま新書

名もなき人びとの歴史へ

江戸時代の「大坂」で市井の名もなき人々はどのように生きたのか? どんな仕事をし、どんな人生の荒波にもまれたのか? 12月刊の塚田孝『大坂 民衆の近世史』は、それに迫ります。「序章」を公開致しますので、ぜひお読みください。

†歴史と民衆を見る視点
 本書では、以上のような順序で、大坂における孝子褒賞・忠勤褒賞の理由を伝える通達
から、18世紀末から幕末にかけての都市民衆の生活状況の復元を試みるが、そうした歴史における民衆を見る自分なりの視点にもあらかじめ触れておきたい。
 本書での試みは、わたしがこれまで研究してきた大坂の都市社会史の一環をなしている。わたしは、都市社会を構成する多様な社会集団の内部構造を精緻に解明するとともに、それらの諸社会集団が相互にどのような関係を形成しているか(社会集団の「重層と複合」)という視点から都市社会の複合構造を把握することを進めてきた(塚田2000・2015)。
 近年は、その上に立って、次の3つのレベルを弁別しながら、それを統一的に把握する
ことで、近世身分社会を総体的に捉える視角を提起している。

①身分制イデオロギーレベル
(現実的な社会関係を欠いた、外部からの視線、社会的通念)
②集団構造レベル
(集団の内部構造と論理、集団内外の現実的社会関係、諸社会集団の重層と複合)
③個人のライフヒストリーレベル
(個人の意思と偶然に左右される幸せと不幸、流動と定着、生業と生活諸関係)

 もちろん②集団構造レベルを基軸とすることで、統一的に捉えることが可能になると考
えているが、③個人のライフヒストリーレベルを独自に捉える方法を考える必要があるこ
とは言うまでもない。特に史料が乏しい都市下層民衆について、個人のライフヒストリー
レベルをどう捉えるかということを考えた時、孝子褒賞・忠勤褒賞関係の史料は格好の手
掛りを与えてくれるのである。
 このような《歴史と民衆を見る視点》を実現するためにも、これまでも取り組んできた
諸社会集団の「重層と複合」という視点から都市社会の複合構造を把握する方法は最も有
効なものと考えているが、それでは捉えきれない部分も残される。それ故、本書では、都
市社会構造についての理解を前提として、個人に焦点を合わせていくこととする。

†名もなき人びとの歴史へ
 本書で取り上げるような人びとは、通常イメージされる「歴史」に名を残すような存在
ではない。そして、わたしを含めて、本書を読まれている方がたもほとんどは「歴史」に
名を残すことはないであろう。競争と格差、情報化と管理社会化、世界に広がる紛争と分
断、こうした生きにくさが広がった現代において、多くの人が居場所を失い、自分の生き
ている、そして生きた意味を感じとるのが難しくなっているのではなかろうか。そうであ
るが故に、わたし自身が、自分の生きている意味を確認したいという欲求は抑えがたいの
である。
 本書で試みる都市民衆の生活状況の復元は、過去の名もなき人びとの生きた意味を歴史
のなかに掬い上げようとする営みであると考えている。そして、歴史において過去の民衆
の生きた意味を確認することは、現在を生きているわたし自身の生きる意味の自己確認な
のである。自分の生きた意味を見失いかねない困難な時代状況のなかで、多くの人たちと
こうした歴史への向かい方を共有できれば幸いである。
 ではさっそく、江戸時代の大坂の都市社会のなかに分け入っていこう。

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