考える達人

第11回 「なぜ、自分の性のあり方を語れないのか」
二村ヒトシさん:前編

予防医学研究者の石川善樹が、これからの時代を生き抜くためには何をどう考えることが必要かを、9人の賢人と会って話し合う。 必要な能力として、直観・論理・大局観、ジャンルをアカデミック・ビジネス・カルチャーに分け、それぞれの交わるところの達人に お話をうかがっていく連載。6人目のゲストは、「大局観×カルチャー」の賢者、二村ヒトシさん。なかなか話しにくい性について、大胆に語りあいます。「人はボノボかチンパンジーか」、「光モテと闇モテとは?」……いつもとちょっと雰囲気の違うトークをお楽しみください。
 
 
二村ヒトシ(にむら・ひとし)アダルトビデオ監督。1964年生まれ、慶應大学文学部中退。女性と男性の立場を逆転させる「痴女」ジャンルや、男優がまったく登場しない「レズ」ジャンルの演出手法を確立。現在はソフト・オン・デマンドで社外顧問を務める。いっぽうで自身の恋愛観を説いた著書『すべてはモテるためである』『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(共にイースト・プレス)が合計約20万部のベストセラーとなり、ジェンダー問題と親子関係、草食男子問題に言及する恋愛本ブームの草分けとなる。宮台真司氏との共著『どうすれば愛しあえるの: 幸せな性愛のヒント』(KKベストセラーズ)ほか、恋愛やカルチャーに関する著書多数。

●なぜ自分の性のあり方を語れないのか?

石川 性と宗教、政治には共通点があると思うんです。どれも自分のことを人に話さない。たとえば、自分がどういう政治的な思想を持っているのか、どういう性的な嗜好を持っているのかを、なかなか人には言わないですよね。とりわけ、日本ではその傾向が強いように感じます。
 僕は、この三つには直観的なものがすごく関係しているような気がするんです。直観って自分の核心に触れるものだから、どうしても語りづらいんですね。
 そのなかで、二村さんは志をもってAV監督を続け、性についてさまざまなことを発言しています。そして、おそらく仕事を続けていく過程で、「なぜ自分はこの仕事をやっているのか?」ということを考え詰めてきたはずです。
 そこで今回は、あらゆる政治家・宗教家・AV監督を代表して、自分の奥底にあるものの語りにくさについて、教えていただこうと思いました。

二村 それは大変な役割……(笑)。でも、おっしゃっていることは、すごくよくわかります。たしかに性と宗教や政治は似ているかもしれません。どれにも社会的な側面と、説明しにくくドロッとした〈社会の外側〉の部分とがある。人間の感情をコントロールすることもできてしまう。現代の結婚制度や出産は社会的です。
 人は直感で「この人とは性交できる、この人とはできない」と判断しています(損得勘定で計量的に判断する場合もありますが)。性の直感は遺伝子的な反応か、あるいはその人が育った社会からの刷り込み、親との関係で“どういうふうに傷ついてきたか”によって形成されるものです。
「カミングアウト」という言葉が示すように、セクシャル・マイノリティの人にとって性的〈指向〉を表明することは人生における重大事だし、それがまさに信仰と矛盾する場合や、政治につながっていく場合もある。
 逆に、マジョリティの人は、いわゆる“まとも”な社会を生きているからこそ自分の性的〈嗜好〉の細部について語りにくい。でも思い切って語っちゃったことで相手と仲良くなれた、なんてこともあります。

石川 セックスにかんすることは、自分の一番根幹をなすところだから、お互いに譲れないんですよね。だからなかなか人前で話題にできない。
二村 あからさまに語ることは人類の多くの共同体に共通のタブーですよね。語り得ぬからこそ興奮のみなもとになってるんだ、という説もある。
心の弱点を刺激して生理的な嫌悪感を湧かせることもあるから、あんまり立場を強く主張しすぎるとケンカにもなる。政治も宗教も、争いを生まないように「議論はタブー」としておく知恵があります。
 この連載で石川さんが対話されてきたような、それぞれの分野で日本を代表されるような皆さんは、セックスについてどのように捉えておられるのか。僕なんかはそこが読みたいんですけど(笑)、まあ普通に考えたら普通の人は「なんでそんなこと、こんな場で語らなきゃならないんだ」ってなるでしょうね。でも心の根幹だからこそ、チラッと見えたり見せたりするのが色っぽいと思うんだけどな。
 あと、ビジネスでも学問でも、なにか新しいものや埋もれていたものが発見・開発される過程で、エクスタシーめいた眩暈(めまい)の瞬間がありますよね。張り詰めていたものが壊れて自我が失われる感覚が。それこそがセックスの本質ですよね。

石川 僕の友達のH君は、男子校育ちで、オナニーを知らなかったんです。ある日、彼が面白いことを言い出した。数学の試験の最後にわからない問題があって、残り時間も少なくなっている。そこで「うー、どうしようどうしよう」と追い詰められると、ピュッと行くと(笑)。
二村 なるほど、期せずしてオーガズムが訪れてしまう。しかも脳の中のエクスタシーじゃなくて、ノーハンドで実際に射精しちゃったと。
石川 僕らはその話を聞いて「みんなそうだよ」って言ったんですけど(笑)。彼は当然、東大の入試の時も「うーっ、わかんねぇわかんねぇ」、ピュッ! となって。
二村 射精してしまうほど追い詰められるなんて、そこまで気持ちのいいオーガズムなかなか得られないでしょう。すばらしいですね。その人は天才ですね。
石川 そういう話って、高校の時はするじゃないですか。その人のことを一番よく知ろうと思ったら、やっぱり本能の部分について話してもらわないとわからないと思うんです。
二村 男性同士は「AV女優の誰々が好き」みたいな無難な話から始まったりする。女性同士であれば「あのタイプの男に、ひどい目に遭わされた」という経験を共有したり。
 ところが異性間であんまりフラットになりすぎると、自分の欲望がよくわからなくなって性欲が失われていく。セックスのパートナーとだけ「自分には、こういう欲望があるんだ」って、こっそり共有できるというのがいい。
 一方で「同性であればセックスのことも笑い話にできる」かと言うと、今度はそこに「性体験や考えかたの格差によるマウンティングがつらい」問題や、「同性の中で猥談をすることに耐えられない。なぜなら私は同性が欲望の対象だから」みたいなLGBTの問題が出てくる。
 わからないことって、ほんとにデリケートで、わからないものです。たとえば僕は昔、バイセクシャル最強説を唱えて、みんながもっとカジュアルにバイセクになれば恋愛で心を病む人が減るだろう、なんて言ってた。なぜなら「バイセクであれば、性的に一方的に搾取されるという意識を持たなくて済むだろうし、世間に対して被害者意識も生じないだろう」と思っていたからです。ところが実際にバイセクシャル当事者の人たちに聞いてみると、どうもそう単純な話ではない。他者の主観や感覚についての知ったかぶりは本当に危険です。

●人はサルとボノボの間にいる

石川 最近、ハプニングバーにずっと勤めていた若い男の子の話を聞いたんですけど、とにかくいろんな客がいるそうです。ある有名な弁護士の男性は、ボコボコに殴られた後、ぎゅっと抱きしめてよしよしされながらしごかれることに快楽を感じる。それはなぜかというと、彼が小さいころ、お母さんからめちゃくちゃ殴られたからだといいます。彼は殴られてばかりだったけれども、愛情が欲しかった。だからお母さんによしよしされながらしごかれると、とんでもなく気持ちいいのだと。それを聞いて「性って複雑だな」と思いました。
二村 そういうヤバげな話こそ、多くの人に知ってもらいたいですね。「同性でも法律婚できる権利を」みたいな良識的なテーマももちろん重要なんですが……。
 あらゆる欲望は存在していい。だからこそ、一般にはアブノーマルだとされている欲望を持ってしまった人は、どうすれば人に迷惑をかけずに自分の欲望が果たせるか、真面目に考えなければいけない。そして一般にノーマルとされている(社会的に認められている)欲望の持ち主のほうがセックスのリテラシーに欠けていて、自覚なく他人を傷つけているケースも多い。
 ノーマルだとされている欲望は、本人の欲望ではなく、社会から押し付けられて持たされてしまった欲望である場合もある。自分と向き合って〈社会の外〉で欲望を満たして(もちろん同意のない他者の尊厳を傷つけずに、というのが大前提です)また日常の社会生活に戻ってこられる人のほうが健康的だと個人的には思います。
 性的な欲望の本質は非日常であって、太陽の光のもとにはない。セクハラの卑劣さが気持ち悪いのは、コソコソしているようでいて実は〈社会の内〉の力を利用して行われているからです。こういうことは、それこそ直観でわかってなきゃいけないことなんだけど、中には「もう性的なことで傷つくのは、こりごりだ」という悲しみや怒りを持ってしまった人たちが、ちょっと勘違いをしてセックスの闇の部分を世の中から排除しようとする。
 そういう声が大きくなってくると、それこそハプニングバーみたいな〈悪い場所〉は取り締まられ、非合法化されてしまう。「猥褻なものは絶対に子どもたちの目に触れないように」といった運動が起きる。でも、それって、どうなんですかね。僕は、子どもが自分の心の中のヤバさを知らず、ヤバいものに触れないまま大人になる社会のほうが、よほどヤバいと思うんですけど。
石川 こういう研究があります。安全な場所と危険な場所、どちらで遊んだほうが子どもの怪我が少ないかというと、やはり危険な場所のほうなんですね。
 光と闇の話に関していうと、人はサルとボノボの間にいると言われます。サルというのはチンパンジーですね。チンパンジーは超ピラミッド社会で、ボスザルがほとんどのメスを独り占めする世界です。一方でボノボは超フリーセックスな社会です。
二村 同性愛もあるんですよね。
石川 ええ。メスボノボとオスボノボが会った時、挨拶代わりにフェラチオすることもあるといいます。人間がサルとボノボの間だとすると、禁止の強いシステムと、フリーなシステムの間にあるわけなのでけっこう幅がありますよね。そのなかで、自分が一番気持ちいいのはどういう状態だろうかということを考えてみるのも面白いと思うんです。
二村 昼間はチンパンジー、夜はボノボっていうのがいいんじゃないですか。それが理想的だと思います。
石川 そうですよね。ひとつじゃなくて複数の顔を持つというか。
二村 僕みたいに「ボノボとして生きてるよ」ということを商売にしている人間もいるけど、ボノボだと成り立たない堅い仕事のほうが世の中には多いわけですよね。それとダブル・スタンダードと言っても、セクハラが横行する業界だったり夜になると同調圧力によって過激な性的ふるまいを強制されるような職業は、ボノボ的スケべさとは無縁です。むしろチンパンジー性が強くて神経症的と言うべきでしょう。
 でも、チンパンジー的に昼間の社会で規範的に生きている人が、ボノボ性の匂いを身にまとわせて「あの人は真面目だけど、なんか色気があるよね」と思われていたりする。そういう人が実はクローゼット(公表していない)の同性愛者だったとか、ものすごい変態だったりということはわりとある。そういうのは美しいですよね。

●光モテと闇モテ

石川 なぜかはわからないけど、色気があるという人っていますよね。
二村 いますね。色気がある人とない人の違い、もっと言うと、モテる人とモテない人の違いって何ですかね。
石川 それは面白い。
二村 僕はずっとそれをテーマにしてきて、『すべてはモテるためである』(イースト・プレス、2012年)や『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(同、2014年)などの著書で「異性の欲望に対して媚びるのではなく、自分の欲望としてシンクロできる人」、ようするにLGBTじゃなくても自分の心の中の異性性に気づける人がモテるんじゃないかとか、いろいろ考察したんですけど。現場でしか考えられていないので、東大とかハーバードを出た人に理論化してもらいたいんです(笑)。
石川 僕には中学校からの幼なじみがいます。彼は下校時間になると、校門に女の子がワーッと待っているような人なんです。しかもまた、かっこいいだけじゃなくていい奴なんです。ただ、自分がモテるということに気づいていなかったんですね。
 それで一度、びっくりしたことがありました。彼は大学卒業後、ソニーに入ったんですけど、25、6歳の頃「最近気づいたんだけど、俺、モテるっぽいんだよ」と言うんです。気づくの遅すぎだろ、と(笑)。
二村 真にモテる人って、いい人なんですよ。ヒエラルキー的には、その下に僕のような非モテ時代のルサンチマンをエネルギーにしてAV男優になってAV監督になっちゃうような者がいて、女性のことをわかっているような本を書くことで、かろうじてモテている(笑)。
石川 ある意味、彼を光とするなら二村さんは闇ですかね。
二村 そうです。
石川 ハプニングバーで働いていた後輩も闇モテだと思います。見た目はまったくモテる感じじゃないんだけど、異常にモテている。では何が秘訣で、どうやって女の子を落としているのか。彼は「自分はハプニングバーで働いてました。こういう性癖があります」と、最初にバーンと言うらしいんです。
二村 あ、それは完全に僕と同じ戦略ですね(笑)。
石川 自分の本能のところをパッと言うと、相手の女の子も「実は私も言えなかったんだけど……」と言う。そこで引き合うらしいんです。
二村 もちろんキャラにもよりますけど、そういうことを最初に言うと女の人から安心されるんでしょうね。
石川 相手も安心するし、闇に惹かれる部分もある。
二村 それもあるし、「この人なら私の闇をわかってくれる」と思われる。
石川 だから光でモテる、闇でモテるという二つの方法があるんじゃないかと。
二村 そうですね。闇でモテることは、僕の言葉で言うと「心の穴」に根差しているんです。
 天然の光モテは、すばらしいんだけど、なろうと思ってなれるものではない。そして、人間の心に何らかの闇の部分がないと、人々は光モテの異性だけに殺到するんじゃないですか。そして多様性のないハーレム社会が訪れてしまう(笑)。
石川 チンパンジーの世界ですよね。ただ、僕は小さい頃からずっと彼と一緒にいて「そりゃあモテるよな」と思う一方で、「彼でもなびかない女の人がいる」という発見もありました。
二村 それは、いるでしょう。どういう子が彼に惚れないんですか? ひねくれている子?
石川 ええ、ちょっとひねくれてる子ですね。そこで初めて「自分みたいな人間にもチャンスがあるかも」と思ったんです。
二村 チンパンジーにならない可能性があると。
石川 そこに僕は希望を見出しながら、中高時代を送りました。大学に入ってからは、それを探す旅を始めまして。
二村 その結果、石川さんは闇モテしたんですか?
石川 闇モテというか、僕は完全に理屈で攻めることにしました。
二村 そうするとどうなるの? 賢い女性にモテますか? 賢くない女性にモテますか?
石川 モテはしなかったですが、理論は完成しました。たとえば金曜日の夜、ツタヤでひとりで映画のDVDを探してる子は淋しいに違いないとか(笑)。
二村 超論理ですね(笑)。
石川 そういうことを一個一個見つけていきました。
二村 これ掲載していいんですかね。俺が心配になってきた……。

[構成:斎藤哲也]

 

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