ちくま新書

こどもが生まれたら営業成績がよくなった!?

残業ゼロでも、子育てと両立していても、組織の中で成果を上げていくためには何をすべきか? 男性読者も参考にしたい、生産性向上戦略を具体的に紹介する1月刊、国保祥子『働く女子のキャリア格差』の「はじめに」の一部を公開致します。

 2014年初夏、私は娘を出産して育児休業期間を過ごしていました。こどもとひたすら向き合う日々は楽しいものの、復帰後に果たしてこれまで通りに仕事をしていけるのだろうか、育児と両立しながら働くということが自分にできるのだろうかという漠然とした不安を抱えていました。
 しかし、育休中に出会った「働くママ友」美佳さんがふと口にした言葉が、大きな転機になりました。美佳さんは、ネスレグループの企業で法人向けの営業に従事しており、そのとき第2子の育休中でした。
「第1子を出産して時間の制約を受けるようになってから、営業成績が急によくなった。成果が出たら仕事が面白くなったので、今回の第2子の育休を利用してさらにビジネスを勉強したいと思っているが、ビジネススクールは子連れで通えない。どうしたらいいでしょうか?」
 この話を聞いて、私は「出産後にパフォーマンスが上がる女性がいる!」と目から鱗がぼろぼろと落ちました。同時に研究者としての好奇心がむくむくと湧き上がり、なぜそんなことが可能になるのかを知りたいと思いました。
 一般にはあまり知られていませんが、育休中でも意欲が高い女性は、自発的にこどもを実家やベビーシッターに預けて通常のMBAコースやオンラインの学習プログラムを受講しています。ただそうした女性は、最初から管理職や起業が視野に入っている少数の方々です。世の中の多くの女性はそこまで明確なキャリアプランを持っているわけではありません。「女性はその程度の学習意欲しかないのだろうな」と勝手に考えていたので、美佳さんの話は「こどもを預けるというハードルは越えられないが、将来のキャリアを見据えて勉強したい意欲を持つ女性がいる!」と、私の意表を衝くものでした。
 いわゆる普通の女性たちが経営教育プログラムを受講することで、どのような変化があるのかに、研究者としても一人の母親としても興味を持ったのです。
 そこで、美佳さんが会場確保と参加者集めを、私が管理職やリーダー層向けの経営教育教材をアレンジして準備し、乳児連れでも学べる「育休プチMBA」と名付けた勉強会を2014年の7月から開催することになりました。
 最初は5、6人での細々とした活動でしたが、プレジデント・オンラインやNHKに取材・掲載されたことで反響が大きくなり、私や美佳さんが育休を終えても参加希望者が後を絶たなかったため、育休中のメンバーでボランティアチームを組織して、活動を継続するスタイルに変更しました。
 勉強会の告知をfacebookに掲載して数時間後に、参加定員が埋まってしまう現象を目の当たりにして、これほど就業意欲や学習意欲の高い育休中の女性が多いことに驚いています。

 私は経営学者として、民間企業や官公庁といった「組織」や、そこで働く「人材」について研究しています。学位をとったのは経営学大学院(いわゆるビジネススクール)なのですが、実務家向けに経営教育を行っているビジネススクールには、様々な組織の現場における人材教育の相談が持ち込まれます。私も研究と教育の傍らで、企業の従業員や行政機関の職員といった実務家を対象にした人材育成を手掛けるようになりました。
 中でもリーダー育成や管理職育成のプログラムを担当することが多く、経営層・管理職・若手リーダーを対象に、ビジネススクールスタイルのケースメソッド教育で経営者目線の思考トレーニングを提供しています。
 そうした人材育成の現場では、女性を見かけることは少なく、また研修に参加していても発言をほとんどしません。社内に女性はいないのかと尋ねると、人事部や管理職の男性の答えは「女性社員はいるのですが、意識が低くて研修に応募してこないのです」というものでした。他にも企業の現場では、
① 「女性は独身のときは優秀で頑張り屋だけれど、こどもができると育児中心の生活をしたがるようになり、人が変わったように仕事へのやる気を失う」
② 「小さいこどもを持つ女性は、こどもの病気で頻繁に休んでは周りに負担をかけ、職場に不満が溜まる」
③ 「身軽な独身女性は、こどもがいる女性のフォローをして当然。女性同士だから苦労も分かりあえるでしょ」
④「女性は管理職になりたがらない、いつまでも責任のない立場で楽をしたがる」
 などといった声をよく耳にします。
 女性の問題、とくに子育てをしながら働く女性を取り巻く問題は、女性の意識が原因である、したがって解決するためには女性が変わらなくてはいけない、という意見が優勢であることがこれらの意見から分かります。表立っては口にしませんが、「女性側に問題はあるのだから、女性を採用したくない、妊娠したらできれば辞めてほしい」と考えている会社も少なくないと思われるのです。

 私は「育休プチMBA」勉強会を通じて、4000人近くの働く母親と接してきました。その中で、人材育成の専門家として、興味深いことがいくつか分かってきました。
 まず、一般的に「女性は出産すると仕事への意欲を失う」と言われていますが、出産が直接的な原因ではないことが明らかになりました。むしろ育休中の女性たちの就業意欲は、意外にも高いことがデータにも表れています。育休から復職した女性が、どのような困難に直面するのかを調べていくと、原因は女性個人というよりも職場環境や女性と管理職とのミスコミュニケーションにあることが分かりました。
 一方で、育休プチMBA参加者のその後を調査すると、復職後のほうが上司からの評価が高くなった、予定より早く昇進することになった、という事例もいくつかあります。
 そうしたデータや目の前の事例を見ているうちに、企業が女性に期待をしないのは、女性という経営資源に関して大きな誤解をしているだけであり、実は大きな宝の山が眠っているということに気づきました。
 女性側からは「うちの会社や上司は子育て中の社員への理解がない」という愚痴が出ますが、よくよく聞くと単なる誤解の結果であることも分かってきました。
 そうした意欲も能力も高い女性たちが、職場環境が整っていないばかりに、出産をきっかけにパフォーマンスを発揮できなくなるというのは大きな社会的・経済的損失なのではないか、経営学者として解決するべき問題なのではないかと考えるようになりました。
 

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