ちくま学芸文庫

『物理現象のフーリエ解析』解説

ちくま学芸文庫より2018年2月に刊行した小出昭一郎『物理現象のフーリエ解析』から、千葉逸人氏による「文庫版解説」を公開します。

1.フーリエ級数

 今日フーリエ解析と呼ばれる数学の一分野の創始者であるJoseph Fourierは1768年にフランスで生まれ,激動のフランス革命の時代を生きた数学者・物理学者・政治家である.エコール・ノルマル(École Normale Supérieure)に入学してラグランジュなどに師事したフーリエは1795年にエコール・ポリテクニク(École Polytechnique)に職を得る.1798年,フーリエはナポレオンのエジプト遠征に帯同する.遠征にあたり,ナポレオンはエジプトの歴史や地理を研究するための200名弱の学者や芸術家を帯同させたのだ(この遠征においてロゼッタストーンが発見されたことは有名である).エジプトにおいてフーリエは教育機関の設立などに尽力したほか,(帰国後のことであるが)エジプトの調査結果をまとめた『エジプト誌』の監修を務める.この本の評価は極めて高く古代エジプト史の基本的文献とみなされており,フーリエは考古学にも名前を残すこととなる.
 エジプト滞在中の業績が評価され,帰国後の1802年,ナポレオンによってフーリエは県知事に任命される.彼自身はアカデミックの世界から離れることに不満はあったようだが,政治家として手腕を奮いながらも数学の研究を続けた.1804年ごろから物体中の熱の伝わり方の研究を始めたフーリエは,1807年に"Mémoire sur la propagation de la chaleur dans les corps solides"(固体中の熱伝導について)と題する論文をアカデミーに提出する.その中でフーリエは熱の伝わり方の法則(本文第3章のフーリエの法則)を提唱し,熱伝導方程式を導出した.また,この方程式を解くために(証明なしに)「“どんな”周期関数も三角関数の無限和に展開できる」ことを主張するフーリエ級数展開を発見した.
 論文の審査委員はラグランジュ,ラプラス,モンジュといったそうそうたる顔ぶれである.今では記念碑的だとみなされているこの論文であるが,最初の審査では却下されてしまった.理由の1つは,フーリエ級数の数学的正当性がなかった(以下の式(1)右辺の無限級数が確かに$f(x)$に収束することの証明がなかった)ことにある.関数列の収束についての数学的な基盤が不十分だった当時は,不連続関数でさえも滑らかな関数の和で表すことができるとするフーリエの主張は受け入れがたかったことだろう.そうした批判に常に晒されながらも,実際に熱方程式を解くことができるという有用性が評価され,数年後にはこの業績に対して賞が贈られることとなった.
 こうして熱伝導方程式を解くために生まれたフーリエ解析が,今日では物理や工学への無数の応用があり,現代科学を支えるもっとも重要な理論の1つと言っても過言ではないことは,本書の目次を見れば一目瞭然である.本書はフーリエ解析の教科書というよりも,フーリエ解析が威力を発揮するさまざまな物理現象を紹介した,いわばアドバンストな「振動・波動論」である.周期関数に関する理論であるフーリエ解析が,振動・波動をベースとする物理現象と極めて相性がよいのは言うまでもない.本書を通して,読者はフーリエ解析の使い方と(物理系の学科であれば)当然知っておいてほしい物理を効果的に学ぶことができるだろう.残念なのは,フーリエ解析は今日のデジタル社会の基盤であるにもかかわらずこの分野への応用(例えば画像や音楽の圧縮技術など)が載っていないことである.これは初版が1981年であるから仕方がない.今ではwebを使って良い解説記事がすぐに見つかるから,工学的な応用に興味がある読者は是非調べてみてほしい.
 本書は数学の教科書ではないから,必要な数学の理論については最小限のことが書かれているのみで,あまり厳密性にはこだわっていない.ここではそれを補うために,フーリエ解析と超関数論について数学的なことを,できるだけ形式ばらずに紹介することを試みたい.省略されている証明や具体例・応用例については文末の参考文献[1],[2]を参照してほしい.
 今,周期$2L$の周期関数$f(x)$が与えられたとしよう.“どんな”周期関数$f(x)$も
\[ \frac{1}{2}(f(x+0) + f(x-0)) \nonumber = \frac{a_0}{2} + \sum^\infty_{n=1} \left( a_n \cos \frac{n\pi}{L}x + b_n \sin \frac{n\pi}{L}x \right) \tag*{(1)}\] と三角関数の和に展開できる,というのがフーリエの主張である.ここで係数は
\[\begin{cases}
\displaystyle a_n = \frac{1}{L} \int^{L}_{-L}\! f(x) \cos \frac{n\pi}{L}x dx \\
\displaystyle b_n = \frac{1}{L} \int^{L}_{-L}\! f(x) \sin \frac{n\pi}{L}x dx \\
\end{cases}
\] で与えられる.また$f(x\pm 0)$は$\displaystyle \lim _{h\to \pm 0} f(x+h)$を意味する(右からの極限と左からの極限).点$x$において$f$が連続であれば$\dfrac{1}{2}(f(x+0) + f(x-0)) = f(x)$である.もちろん“どんな”関数でも,というのは言い過ぎで,どのような関数ならば右辺の級数が左辺に収束するのかを調べる必要があるさらに言えば,いったいいかなる意味で収束するのかまで知る必要がある.収束の定義にもいろいろあるからだ.これに関して次のことが知られている.なお,以下では周期$2L$の関数の定義域を1周期分に制限して区間$[-L,L]$で与えられた関数だとみなす.

定理1 区間$[-L,L]$で定義された区分的に滑らかな関数$f(x)$について,式(1)右辺の無限級数は左辺の$\dfrac{1}{2}(f(x+0) + f(x-0))$に各点収束する.さらに不連続点以外では一様収束する.

 言葉の説明をしよう.まず関数$f$が区分的に連続であるとは,区間$[-L,L]$における不連続点がたかだか有限個で不連続点において右からと左からの極限が共に存在することをいう.さらに不連続点以外で導関数$f'$が存在してこれも区分的連続のとき,$f$は区分的に滑らかであるという.点$x$を固定するごとに右辺の無限級数が左辺,すなわち$x$における$f$の右からの極限と左からの極限の平均値に収束するわけであるが,その収束の速さは不連続点の近傍では極めて遅い.不連続点の近傍を除けば$x$に依らずにだいたい同じ速さで収束する,というのが一様収束の意味である.例えば関数
\[f(x)=\begin{cases}
-1 & (-\pi < x < 0) \\
1 & (0 < x < \pi)\\
\end{cases}\] のフーリエ級数展開は
\[\frac{1}{2}(f(x+0) + f(x-0)) = \frac{4}{\pi}\left( \sin x + \frac{1}{3}\sin (3x) + \frac{1}{5}\sin (5x) + \cdots \right) \tag*{(2)}\] で与えられる.下の図では,右辺の級数を最初の$m$項までで打ち切ったものをプロットした.$m$を増やせば確かに元の関数$f(x)$に近づいていくのだが,不連続点$x=0$の近くにとげのようなものが残ってなかなか収束しそうにない様子が見てとれる.$m$を大きくするととげの幅は狭くなって$m\to \infty$で確かに消滅するのであるが,実はとげの高さは小さくならない.このため,不連続点の近傍においては右辺の級数の収束が連続点と比べて極めて遅い.このように不連続点の近くに“とげ”が残って収束が遅い現象をギブスの現象という.なぜこのようなことが起こるかは,定理1の証明を丁寧に追えば分かるのであるが,ここでは割愛する.例えば文献[1]などを参照してほしい.

 


 応用上は区分的に滑らかな関数を考えれば十分であろうが,数学的には有界変動な関数$f$に対しても定理1が成り立つことが知られている.ここで区間$[-L,L]$で定義された関数$f$が有界変動とは,ある正定数$M$が存在して,区間の任意の分割$-L=x_0 < x_1 < \cdots < x_{n} = L$に対して
\[\sum^n_{j=1}|f(x_{j}) - f(x_{j-1})| < M \] が成り立つことをいう.直観的には,$f$の不連続点におけるジャンプの大きさや連続点における振動(傾き)の大きさの総和が有限にとどまることを意味する.連続関数は有界変動とは限らない.例えば次の関数
\[f(x) = \begin{cases}
x\sin (1/x) & (0<x\leqq 1) \\
0 & (x=0) \\
\end{cases} \] は連続だが,原点近傍で無限に激しく振動しており有界変動ではない(適当なソフトウェアでグラフを図示してみるとよい).しかしリプシッツ連続な関数や区分的に微分可能な関数は有界変動である.その他にも,定理1が成り立つための様々な十分条件が知られている.岩波数学辞典[4]のフーリエ級数の項目を参照のこと.
 量子力学をやるときには$L^2$空間が舞台になるので,次の定理が重要になる.

定理2 区間$[-L,L]$で定義された$L^2$関数$f(x)$について,式(1)右辺の無限級数は$f(x)$に$L^2$収束する.

 ここで$f$が$L^2$関数であるとは,$|f(x)|^2$が可積分であることを意味する($\displaystyle \int^{L}_{-L}|f(x)|^2 dx < \infty$).積分はルベーグ積分で解釈しないといけないが,ここでは細かいことは気にしない.$L^2$関数全体がなすベクトル空間を$L^2$空間という.自然な内積
\[(f, g) := \int^{L}_{-L}\! f(x) \overline{g(x)} dx \] が定義され,ヒルベルト空間の代表格である.$L^2$収束の意味は,級数を有限で打ち切ったものとの2乗誤差
\[ \int^{L}_{-L} \Bigl|f(x) - \Bigl( \frac{a_0}{2}\! + \! \sum^M_{n=1} \left( a_n \cos \frac{n\pi}{L}x
\!+\! b_n \sin \frac{n\pi}{L}x \Bigr) \right) \Bigr|^2 dx \] が$M\to \infty$で0に収束するということである.$f$の不連続点についての言及がないのは,たかだか可算個の不連続点は積分値に影響しないからだ(不連続点で積分区間を分ければ連続関数の積分の和に帰着できる).例えば$f$が波動関数の場合には各点の値そのものよりも適当な区間における積分値に興味がある場合が多いから$L^2$収束を考えれば十分である.
 応用上は,式(1)の右辺の級数がどれくらいの速さで左辺の$f$に収束するかも知りたい.無限級数を具体的に計算できることは滅多にないので,大抵は有限で打ち切って評価するからだ.これについて,

定理3 有界変動な関数$f(x)$について,フーリエ級数の係数は$\displaystyle |a_n|, |b_n| \sim O\Bigl(\frac{1}{n}\Bigr)$を満たす.

 つまり,右辺の級数の収束の速さのオーダーは$1/n$である.式(2)の例では係数は$\dfrac{4}{\pi}\dfrac{1}{2n-1}$であるから確かに定理を満たしている.しかし,これはかなり荒っぽい上からの評価だ.というのも,先に言及したように不連続点近傍では収束がかなり遅いためである.実際には,微分可能な点ではもっと収束は速い.今,$f$は2回微分可能であるとしよう.このとき$f$のフーリエ級数
\[f(x) = \frac{a_0}{2} + \sum^\infty_{n=1} \left( a_n \cos \frac{n\pi}{L}x + b_n \sin \frac{n\pi}{L}x \right) \] の右辺は項別微分可能([1]の定理A.13)であることが知られているから導関数の展開は
\[f'(x) = \sum^\infty_{n=1} \left( -a_n \frac{n\pi}{L}\cdot \sin \frac{n\pi}{L}x + b_n \frac{n\pi }{L}\cdot \cos \frac{n\pi}{L}x \right) \] となる.仮定より$f'$は微分可能で定理3を満たすから,右辺の級数の係数のオーダーは$1/n$である.したがって,$f$のフーリエ係数である$a_n,\, b_n$のオーダーは$1/n^2$であることが分かる.同様の議論を繰り返せは,$r$回連続的微分可能な関数のフーリエ級数の係数$a_n, b_n$のオーダーは$1/n^{r}$となって滑らかであればあるほど収束が速いことが分かる.
 定理1の証明を与えるにはこの記事の余白が足りないが,証明において用いられるリーマン・ルベーグの補題([1]の定理5.8)は解析学においてしばしば用いられる重要な命題であるから紹介しておこう.

定理4 区間$[b,a]$で定義された関数$f(x)$が絶対可積分($\displaystyle\int^{a}_{b}\! |f(x)|dx<\infty$)のとき,
\[\lim_{\omega \to \pm \infty} \int^{a}_{b}\! f(x) e^{-i\omega x}dx = 0 \tag*{(3)}\] が成り立つ.なお,$a=+\infty,\, b=-\infty$でもかまわない.

2.フーリエ変換

 次にフーリエ変換について簡単に述べよう.

定理5 $f$を$\mathbf{R}$上で区分的滑らかかつ絶対可積分な関数とする.このとき,関数
\[ F(\omega ) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int^{\infty}_{-\infty}\! f(x)e^{-i\omega x}dx \tag*{(4)} \] が存在し,これを$f$のフーリエ変換という.また逆変換の公式
\[ \frac{1}{2}\left( f(x+0) \!+\! f(x-0)\right) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}} \int^{\infty}_{-\infty}\!\! F(\omega ) e^{i\omega x}d\omega \tag*{(5)} \] が成り立つ.

 区分的滑らかの条件を弱めて有界変動や$L^2$関数に置き換えても定理がそのまま成り立つことはフーリエ級数の場合と同様である.リーマン・ルベーグの補題より,$\omega \to \pm \infty$で$F(\omega ) \to 0$であることが分かるが,どれくらいの速さで0に収束するかがしばしば問題になる.これもフーリエ級数の場合と同じで,$f$のregularityで決まる.これは余談であるが,数学者はよく「関数$f$のregularityがよいとき……」と言う.regularityという言葉に数学的な定義はなく,今議論している問題に対して「必要なだけ$f$が良い性質を持っていれば……」という意味合いである.大抵は$f$が十分滑らかであることを意味する.さて,$f$が微分可能かつ導関数$f'$がフーリエ変換可能だとしよう.式(5)を積分記号下で微分すると \[ f'(x) =\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int^{\infty}_{-\infty}\! i\omega F(\omega ) e^{i\omega x}d\omega. \tag*{(6)} \] 仮定よりこの積分が存在するのだから$\omega \to \pm \infty$で$|\omega F(\omega )|\to 0$,すなわち$|F(\omega )| \sim O(1/\omega )$である.同様の議論を繰り返せば,$f$が$r$回微分可能であれば$|F(\omega )| \sim O(1/\omega^r )$が分かる.特にregularityが究極に良い場合,$f$が解析関数の場合には$|F(\omega )|$は指数関数の速さで減衰する.その証明には複素関数論が必要であるが,重要なアイデアであるから紹介しておこう.式(4)の積分において,$f$が実軸まわりの帯領域$D = \{ z\in \mathbf{C} \, | \, -a< \mathrm{Im}(z) < a\}$で複素解析的であるとしよう.コーシーの積分定理により,式(4)の積分路を$D$内に限り自由に変形できるから,上半面に$a$くらい平行移動させると
\begin{align} F(\omega ) &= \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int^{\infty}_{-\infty}\! f(x)e^{-i\omega x}dx \\ &= \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int^{ai + \infty}_{ai-\infty}\! f(x)e^{-i\omega x}dx \\ &= \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int^{\infty}_{-\infty}\! f(ai + x) e^{-i\omega (ai + x)} dx \\ &= \frac{e^{\omega a}}{\sqrt{2\pi}} \int^{\infty}_{-\infty}\! f(ai + x) e^{-i\omega x} dx \\ \end{align} なので,$F(\omega )$は$\omega \to -\infty$でだいたい$e^{\omega a}$の速さで$0$に収束する.$\omega \to +\infty$の場合は積分路を下半面に平行移動させれば同様.
 フーリエ変換は$L^2$空間上の線形変換とみなすとより味わい深い本文第2章のパーセバルの等式
\[ \int^{\infty}_{-\infty}\! |f(x)|^2 dx = \int^{\infty}_{-\infty}\! |F(\omega )|^2 d\omega \tag*{(7)} \] は,フーリエ変換が$L^2$空間上のユニタリ変換であることを意味している.特に量子力学の文脈においてはフーリエ変換は位置と運動量の役割を入れ替える操作に相当し,ユニタリ変換であることは両者が等価な理論であることを意味する.あるいは式(6)は$f'(x)$のフーリエ変換が$i\omega F(\omega )$であることを示している.したがってフーリエ変換は微分と掛算を入れ替える役割も果たす.

3.シュワルツ超関数

 本文ではディラックのデルタ関数が頻繁に現れる.デルタ入力(撃力)に対してシステムの状態変数がどれくらい変化するかが,システムの特性を理解するための骨格になるからである.任意の入力(外力)$F(x)$は
\[ F(x) = \int^{\infty}_{-\infty}\! F(x') \delta (x'-x)dx' \] と書ける.システムが線形であれば重ね合わせの原理が成り立つので,デルタ入力に対する応答だけ分かれば十分というわけだ.多くの物理や工学の本では,デルタ関数は
\[ \delta (x) = \begin{cases}
\infty & (x=0) \\
0 & (x\neq 0) \\
\end{cases}\tag*{(8)} \] かつ
\[\int^{\infty}_{-\infty}\! f(x) \delta (x - a) dx = f(a) \tag*{(9)} \] を満たすものとして与えられているしかし,これは果たして“関数”の定義を満たしているのだろうか? 値を入力すると唯一つの値を出力することが関数の定義であるが,$\infty$という値は存在しないし,何しろ式(9)の積分もwell-definedでない.一点でのみ0でない関数の積分は,普通は0だ.数学的にいえば,デルタ関数は普通の関数ではなく,シュワルツ超関数というクラスに属する.なお,本文第1章では超関数の英訳がhyperfunctionとなっているが,hyperfunctionは佐藤超関数の訳語である.本文で扱われているシュワルツ超関数の英語はdistributionであるから注意されたい.シュワルツ超関数の数学的に厳密な取り扱いはかなり難しいが,ここではそれをややラフな形で解説しよう.より詳しい超関数論(しかし物理・工学向け)については[1],[2]などを参照されたい.
 今,$\mathcal{D} = C_0^\infty(\mathbf{R})$を,$\mathbf{R}$上の無限回微分可能な関数で,かつその台($f(x) \neq 0$なる点$x$の集合)が有界なものの全体がなす(無限次元の)ベクトル空間としよう.$C_0^\infty (\mathbf{R})$の2つの元$f$と$g$に対して,導関数まで込みでその値が近いときに$f$と$g$は近いと定義することによって$C_0^\infty (\mathbf{R})$に位相(2つの元の近さを表す概念)を入れる.すなわち十分小さい数$\varepsilon _i$たちに対して
\[ \sup_{x\in \mathbf{R}} |f^{(i)}(x) - g^{(i)}(x)| < \varepsilon _i, \quad (i=0,1,\cdots) \] が成り立つときに$f$と$g$は近いとするのである.特に任意の$i$に対して$\sup |f_n^{(i)}(x)| \to 0$であれば関数列$\{ f_n\}_{n=1}^\infty$は$0$に収束するものと定義する.この$C_0^\infty(\mathbf{R})$のことをテスト関数空間といって$\mathcal{D}$と表す.
 $\mathcal{D}$上の連続線形汎関数をシュワルツ超関数という.ここで,$\mathcal{D}$上の汎関数$\mu$とは,$\mathcal{D}$の元$\varphi $を入力するとある複素数値$\mu [\varphi ]$を返す装置のことである.$\mu$が線形,および連続であるとはスカラー$a, b \in \mathbf{C}$と$f, g\in \mathcal{D}$に対して
\[ \left\{ \begin{array}{l} \mu [af + bg] = a\cdot \mu [f] + b\cdot \mu [g] \\ f_n \to \infty (n\to \infty)\text{ならば} \displaystyle \lim_{n\to \infty}\mu [f_n] = 0 \\ \end{array} \right. \tag*{(10)} \] を満たすことをいう.このような性質を満たす$\mu : \mathcal{D} \to \mathbf{C}$をシュワルツ超関数と呼ぶのである.シュワルツ超関数の全体を$\mathcal{D}'$と表して$\mathcal{D}$の双対空間という.例えば,入力されたテスト関数$\varphi (x)$に対し$\varphi (0)$を出力するもの$\mu[\varphi ] = \varphi (0)$や,適当な区間での$\varphi (x)$の定積分を出力するもの$\displaystyle \mu [\varphi ] = \int^b_a\! \varphi (x)dx$はいずれも超関数である.前者のほうがディラックのデルタ関数であり,普通は$\mu = \delta $と表す:$\delta [\varphi ] = \varphi (0)$.
 超関数$\mu$の導関数$\mu'$を
\[ \mu'[\varphi ] = - \mu[\varphi '] \tag*{(11)} \] を満たすものとして定義する.ここで$\varphi ' = d\varphi /dx$はテスト関数の普通の意味での導関数である.右辺の負号の意味はこの後すぐ明らかになる.デルタ関数の微分は
\[ \delta ' [\varphi ] = - \delta [\varphi '] = -\varphi '(0) \] で与えられる.これを繰り返すと$n$回微分については
\[ \delta ^{(n)} [\varphi ] = (-1)^n \varphi ^{(n)}(0) \tag*{(12)} \] が分かる.読者は,この定義にしたがってヘビサイド関数の微分がデルタ関数になることを自ら確認されたい(本文(1.28)のあたりを参照).
 次に,超関数の列の収束に関する定理を紹介する.

定理6 超関数列$\{ \mu_n\}^\infty_{n=1} $について,任意のテスト関数$\varphi (x)$に対し$\mu_n[\varphi ]$が$n \to \infty$である値に収束するならば,ある超関数$\mu$が存在して
\[ \lim _{n \to \infty} \mu_n[\varphi ] = \mu[\varphi ] \tag*{(13)} \] が成り立つ.このとき$\mu_n$は$\mu$に収束するといい$\displaystyle\lim_{n\to \infty} \mu_n = \mu$と表す.

 物理・工学系の多くの教科書ではデルタ関数は式(8),(9)を満たすものとして定義されているが,本来デルタ関数は普通の関数ではないのだからこれは正確ではない.しかしこの記法にはそれなりに根拠がある.今,超関数$\mu$を普通の関数$\mu(x)$のように思い,
\[ \mu [\varphi ] = \int^\infty_{-\infty}\! \mu(x)\varphi (x)dx \tag*{(14)} \] と書いてみよう.右辺の積分は記号的なものであり,実際の積分を意味するものではない.実はこのように書くと,超関数の性質が積分の性質の一般化であることが分かる.例えば導関数$\mu'$に対してこの記法を用い,部分積分を適用してみると
\begin{align} \mu'[\varphi ] &= \int^\infty_{-\infty}\!\mu'(x)\varphi (x)dx \\ &= \bigl[ \mu (x) \varphi (x)\bigr] ^{\infty}_{-\infty}- \int^\infty_{-\infty}\! \mu(x)\varphi '(x)dx \\ &= -\int^\infty_{-\infty}\!\mu (x)\varphi '(x)dx = - \mu [\varphi '] \end{align} を得る.ここでテスト関数の定義より$\displaystyle \lim_{x\to \pm \infty} \varphi (x) = 0$を用いた.これは,式(11)による超関数の微分の定義が部分積分の公式の一般化であることを意味する.ここには書ききれないが,その他の超関数の性質も積分の性質の一般化であることが示せる.
 式(13)をこの記法で書き変えてみよう.$\mu_n$と$\mu$を普通の関数のように思って式(14)の記法を採用すると
\[ \lim_{n\to \infty} \int^{\infty}_{-\infty}\! \mu_n(x) \varphi (x) dx = \int^{\infty}_{-\infty}\! \mu (x)\varphi (x)dx \] であるが,定理6によると$\mu$は$\mu_n$の極限であったから
\[ \lim_{n\to \infty} \int^{\infty}_{-\infty}\! \mu_n(x) \varphi (x) dx = \int^{\infty}_{-\infty}\! \lim_{n\to \infty}\mu_n (x)\varphi (x)dx \] と書ける.これは,超関数の世界においては$\lim$と$\displaystyle \int^{}_{}$が自由に交換可能であることを意味する.同様に,$\lim$と微分$d/dx$の交換や項別積分,項別微分も可能となる(普通の関数に対しては可能でない.[1]のA.3節を参照).
 次に,普通の関数は超関数の特別な場合だとみなせることを説明しよう.今,$f$を可積分な関数,$\varphi \in \mathcal{D}$を任意のテスト関数とする.テスト関数の定義より$\varphi $の台が有界なので積分値$\displaystyle \int^{\infty}_{-\infty}\! f(x) \varphi (x)dx $は確定するから,$f$のテスト関数への作用を
\[ f[\varphi ] = \int^{\infty}_{-\infty}\! f(x) \varphi (x)dx \tag*{(15)} \] と定めればこれは(10)の条件を満たす汎関数となる.このようにして可積分関数は超関数ともみなすことができる.(14)の右辺の積分は単なる記法で実際の積分を意味するものではないが,上式の積分は本当の積分を表すことに注意しよう.特にこのようにして$L^2$関数は超関数とみなすこともできる.この場合に定理6を再び述べると

定理6' $L^2$関数の列$\{ f_n\}^\infty_{n=1} $について,任意のテスト関数$\varphi (x)$に対し$\displaystyle f_n[\varphi ] = \int^{\infty}_{-\infty}\! f_n(x) \varphi (x)dx$が$n \to \infty$である値に収束するならばある超関数$\mu\in \mathcal{D}'$が存在して
\[ \mu[\varphi ] = \lim _{n \to \infty}\int^{\infty}_{-\infty}\! f_n(x) \varphi (x)dx \tag*{(16)} \] が成り立つ.これを$\mu = \displaystyle\lim_{n\to \infty}f_n$と表す.

 一般には収束先の$\mu$はもはや$L^2$関数ではなく超関数であるが,場合によっては普通の関数に収束することもある.例えば列$\{ f_n\}^\infty_{n=1} $の$L^2$ノルムが有界であれば収束先の$\mu$は$L^2$関数になる(ヒルベルト空間の弱コンパクト性).ちなみに定理6$'$は逆も成り立つことが知られている.すなわち,任意の超関数$\mu \in \mathcal{D}'$に対してある$L^2$関数列$\{ f_n\}^\infty_{n=1}$が存在して(16)が成り立つ.これは,任意の超関数は普通の関数で十分よく近似できることを意味する.
 定理6$'$を具体例で確認してみよう.平均$0$,分散$s$の正規分布は
\[ f_s(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi s}} \exp \left( -\frac{x^2}{2s}\right) \] で定義される.$x\neq 0$ならば$f_s(x)$は$s\to 0$で急速に$0$に収束するが,$x=0$のときは値が発散してしまう.したがって関数列$\{ f_s (x)\}$は$s\to 0$でいかなる関数にも収束しない.ところが,任意のテスト関数$\varphi (x)$に対して積分値$\displaystyle \int^{\infty}_{-\infty}\! f_s(x)\varphi (x) dx$は$s\to 0$でも確定する.実際,$x=0$の十分小さな近傍の外側では$f_s(x)$は$s\to 0$で急速に$0$に近づくため,積分値に寄与するのは$x=0$の近傍だけである.テスト関数は滑らかであるから原点近傍で
\[ \varphi (x) = \varphi (0) + \varphi '(0) x + O(x^2) \] とテイラー展開できる.したがって高次の項を無視すれば
\[ \lim_{s\to 0} \int^{\infty}_{-\infty}\! f_s(x)\varphi (x) dx \sim \frac{1}{\sqrt{2\pi s}} \int^{\infty}_{-\infty}\! \exp \left( -\frac{x^2}{2s}\right) \varphi (0) dx \] を得る.これは,関数列$\{ f_s (x)\}$は超関数としては収束してその極限がデルタ関数に他ならないことを意味する:$\displaystyle\lim_{s\to 0} f_s = \delta $.
 参考:テスト関数は定義から自明に2乗可積分なので,集合として$\mathcal{D} \subset L^2 (\mathbf{R})$が成り立つ.一方,すぐ上で説明したように$L^2$関数は超関数ともみなせるから$L^2 (\mathbf{R}) \subset \mathcal{D}'$,よって3つの関数空間の入れ子
\[ \mathcal{D} \subset L^2 (\mathbf{R}) \subset \mathcal{D}' \tag*{(17)} \]
が得られたことになる.さらに,$\mathcal{D}$は$L^2 (\mathbf{R})$の稠密な部分空間である(任意の$L^2 (\mathbf{R})$の元に対してそれに収束する$\mathcal{D}$内の列が取れること).また上で述べた定理6'の逆より,$L^2 (\mathbf{R})$は$\mathcal{D}'$の稠密な部分空間である.実は(17)はゲルファントの3つ組と呼ばれるものの特別な場合である.
 $X$をあるクラスの関数全体がなすベクトル空間としよう.例えば$C^r$級関数の全体とかある領域上の正則関数全体である.$X$に適当な位相(近さの概念)が定義されているとき,これを線形位相空間という.次に,$X$上の連続線形汎関数の全体を$X$の双対空間といって$X'$と表す.つまり$X$の元$f$を入力するとある複素数値$\mu [f]$を返す装置であって(10)を満たすもの全体である.今,あるヒルベルト空間$\mathcal{H}$で,$X\subset \mathcal{H}$なるものがあるとする.$X$が$\mathcal{H}$の稠密な部分空間ならば,双対空間のほうは$\mathcal{H}$より大きくなって$\mathcal{H} \subset X'$となることが示せる.よって$X \subset \mathcal{H} \subset X'$という3つ組が得られ,これをゲルファントの3つ組という.$X$が核型空間と呼ばれるクラス(位相に対するある条件)を満たすとき,$X'$の元を超関数と呼ぶ,というのがシュワルツ超関数をより一般化したゲルファントによる超関数の理論である([3]参照.なお,この段落は難しいからあまり気にしないでよい).

4.超関数のフーリエ解析

 定理5に示したように,フーリエ変換可能な関数は$\mathbf{R}$上で可積分なものに限られているが, 本文では定数関数や三角関数といった$\mathbf{R}$全体では可積分でないもののフーリエ変換がしばしば現れる. これを超関数論を用いて正当化しよう. 以下では関数$f$のフーリエ変換を$\hat{f}$のようにハットを付けて表す.
 前節ではテスト関数空間として$\mathcal{D} = C^\infty_0(\mathbf{R})$を採用したが, 超関数のフーリエ解析を展開するにはこれでは不適切である.というのも,一般に$\varphi \in \mathcal{D}$ のフーリエ変換$\hat{\varphi }$は$\mathcal{D}$に属さないからである(具体例を挙げてみよう). そこで,この節ではテスト関数として無限回微分可能かつ自身とその任意階数の導関数が遠方で$1/|x|$のどんなべきよりも 速く減少するようなものを選ぶ.つまり,ある定数$M>0$と任意の自然数$k$に対し
\[ |\varphi ^{(n)}(x)| \leqq \frac{M}{|x|^k} (n=0,1,2 \cdots) \tag*{(18)} \] なる評価を満たすものを考える. このような関数を急減少関数といい,その全体を$\mathcal{S}$と表す. このとき,$\varphi \in \mathcal{S}$ならば$\hat{\varphi } \in \mathcal{S}$であることが 知られており,フーリエ変換と相性がよい. そこで以下では$\mathcal{S}$上の連続線形汎関数を超関数と呼ぶことにし,その全体を$\mathcal{S}'$とする (上の参考の言葉で言えば,$\mathcal{S} \subset L^2 (\mathbf{R}) \subset \mathcal{S'}$なる3つ組に 基づいた超関数論を考えることになる).
 超関数$\mu \in \mathcal{S}'$には$\mathcal{S}$に属するテスト関数を代入できるが, $\varphi \in \mathcal{S}$ならば$\hat{\varphi } \in \mathcal{S}$ということだったので, $\mu [\hat{\varphi }]$はきちんと定義可能である.そこで,超関数$\mu \in \mathcal{S}'$ のフーリエ変換$\hat{\mu}$を
\[ \hat{\mu} [\varphi ] = \mu [\hat{\varphi }] \tag*{(19)}\] によって定義する.
 この定義は普通の関数のフーリエ変換を拡張したものになっている. 実際,可積分な普通の関数$f$は式(15)によって超関数とみなせるのであった.このとき
\begin{align} \hat{f}[\varphi ] &= \int^\infty_{-\infty} \hat{f}(\omega ) \varphi (\omega )d\omega \\ &= \frac{1}{\sqrt{2\pi}} \int^\infty_{-\infty} \varphi (\omega )d\omega \int^\infty_{-\infty}\! f(x)e^{-i\omega x}dx \\ &= \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int^\infty_{-\infty} f(x)dx \int^\infty_{-\infty} \varphi (\omega )e^{-i\omega x}d\omega \\ &= \int^\infty_{-\infty} f(x) \hat{\varphi }(x) dx = f[\hat{\varphi }] \end{align} であり,確かに式(19)が得られた.
 デルタ関数のフーリエ変換を求めてみよう.定義より
\[ \hat{\delta }[\varphi ] = \delta [\hat{\varphi }] = \hat{\varphi }(0) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int^{\infty}_{-\infty}\! \varphi (x)e^{-i\omega x} dx \Bigl|_{\omega =0} = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int^{\infty}_{-\infty}\! \varphi (x) dx \] 一方,恒等的に$1$である定数関数を$\mathbf{1}$と表すことにしてこれを(15)のルールで超関数だとみなすと
\[ \mathbf{1}[\varphi ] = \int^{\infty}_{-\infty}\! \mathbf{1}\cdot \varphi (x)dx = \int^{\infty}_{-\infty}\!\varphi (x)dx \] 以上の2式を比較すれば
\[ \hat{\delta } = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}, \tag*{(20)} \] すなわちデルタ関数のフーリエ変換は定数関数になることが分かった. 他の様々な例については参考文献[1]を参照してほしい.

参考文献
[1] 千葉逸人『これならわかる 工学部で学ぶ数学』(プレアデス出版,2009). 
[2] L. シュワルツ『物理数学の方法』(岩波書店,1966).
[3] I. M. Gelfand, N. Ya. Vilenkin, Generalized functions. Vol. 4. Applications of harmonic analysis, Academic Press, New York-London, 1964.
[4] 『岩波数学辞典』日本数学会編(岩波書店,2007). 

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