絶叫委員会

【第123回】最近覚えた言葉

PR誌「ちくま」1月号より穂村弘さんの連載を掲載します。

 インターネットを眺めていたら、「いちご鼻」という言葉が出てきた。そして、赤らんだ鼻に黒いぶつぶつの毛穴の写真。どきっとする。これは、まさに私の鼻じゃないか。そうか、「いちご鼻」っていうのか。記事の中身を読んでみた。「自信をもって人と会えない」「忌まわしい毛穴の黒ずみ」「もう一生治らないの?」、どんどん不安になってくる。そんなに恥ずかしいものだったのか。どうしよう。今まで平気でこの鼻だったのに。急に耐えがたいような気持になってくる。「いちご鼻」って言葉のせいだ。ずっと平和に暮らしていたのに、こんな言葉、知らなければよかった。それとも、早めに自覚できてよかった、と前向きに考えるべきなのか。
 「食べ物+顔のパーツ」という組み合わせで、私が知っているのは「餃子耳」。柔道を本格的にやり続けると耳が変形して餃子状になるというあれだ。友人のトダくんは「餃子耳」を誇りにしていた。確かに長年の努力の結果という意味で、それは一種の勲章ともいえる。でも、私の「いちご鼻」はちがう。勲章ではない。単に洗顔をさぼった結果だ。いても立ってもいられなくなって洗面所に向かう。ごしごし顔を洗ってみたけど、まったく変化なし。そうか。そうだよな。美は一日にしてならず、が口癖の友だちに相談してみよう。一発で覚えて二度と忘れられない言葉、それは「いちご鼻」。
 一方、覚えるのに時間がかかった言葉もある。それは「ロマネスコ」。不思議な形の野菜の名前だ。「仏さまの頭みたいでしょう?」という由来とともに教えられた別名「ブッダヘッド」の方はすぐに覚えたんだけど、本名(?)がなかなか頭に入らなかった。でも、それからもときどき出会うことがあって、今では「ロマネスコ」と云えるようになった。姿だけ認識できていて名前はまだ、という段階の野菜もある。表面がきらきらしてて食べるといきなりしょっぱい……、検索したらすぐわかる。「きらきら しょっぱい 野菜」=「アイスプラント」だ。
 それ以外に最近覚えたというか、なんとなく存在を感じる言葉は「み」。自分よりも若い人々のツイートなどを見ていて気がついた。語の末尾に昔は付かなかったタイミングで突然これが出現する。例えば、「アントニオ猪木みある」の「み」。最初は誤植かタイプミスかと思った。でも、どうやらこれは「おもしろみ」や「ありがたみ」の「み」の仲間らしい。知らないうちに、ずいぶん行動範囲が広がったなあ。「み」は英語でいうところの「テイスト」に近い感触だろうか。「フレーバー」じゃないよな。この「み」を自分が使ったことはまだない。覚えたての言葉は新鮮だけど怖い。「アントニオ猪木」には「み」は付かない、「ミルマスカラス」には付くけど、なんてこともあり得る。「いちご鼻」や「ロマネスコ」みたいな名詞ならまだいいけど「み」は不安だ。十年くらいしたら、こっそり使ってみたい。数年前に知った「ほぼほぼ」も独り言でしか使ったことがない。新しい洋服みたいに室内で何度か試してから外に着て行くつもりなんだけど、なんだか最近耳にしない。もしかして、一度も口にしないうちに消えつつある? 「アントニオ猪木み」「ミルマスカラスみ」も早めに使ってみるべきだろうか。
 

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