piece of resistance

23 資源ゴミ

なんでそんなことにこだわるの? と言われるかも知れないが、人にはさまざま、どうしても譲れないことがあるものだ。奥様とは言わない、本に書き込みはしない、ご飯は最後の一粒まで食べる、日傘は差さない……等々。それは、世間には流されないぞ、というちょっとした抵抗。おおげさ? いやいや、そうとは限りません。嫌なのにはきっとワケがある。日常の小さな抵抗の物語をつづります。

 水曜日の夜、ママが言いました。
「ママは決めました。ママはもう二度と、ペットボトルのゴミは片づけません。今後はあなたがた三人で片づけてください」
 翌日の木曜日は資源ゴミの日です。新聞や雑誌。ビン。缶。ペットボトル。発泡スチロール。プラスティック製品。リサイクルできるそれらの資源ゴミは、種類ごとにべつべつのゴミ袋につめて、近所のゴミ置き場に出します。これまではぜんぶママがしてくれていたのに、ペットボトルだけはもうしないと言うのです。

「ママが反旗をひるがえした!」
 これは大変だ――パパとぼく、妹の三人は、あわてて緊急会議を開きました。
「まずは、冷静に考えよう。なぜママは急にあんな宣言をしたのか……パパが思うに、肝心なのは、なんでママがペットボトルを放棄したのか、ってことじゃなくて、なんでペットボトルだけを放棄したのか、だ」
 ぼくたちは考えました。
 新聞や雑誌に比べれば、ペットボトルはいちいちひもでくくらなくていいから楽です。ビンに比べれば、ペットボトルは軽いから楽です。ビールやジュースの缶に比べれば、ペットボトルは大半が水なので、中身をきれいに洗ったりしなくてすむから楽です。洗っても洗ってもべたべたする総菜のパックに比べれば、ペットボトルはもうとにかく楽なのです。
 なのに、どうしてママはよりによってペットボトルを放棄したのでしょうか。
「潰すのがいやなんじゃない?」
 そう言ったのは妹です。
「ペットボトルは潰して捨てなきゃいけないから」
「でも、缶だって潰すよ」
 ぼくのひと言で、妹の仮説は却下されました。
「ママは、ペットボトルを捨てずに、有効利用したいんじゃないか」
 そう言ったのはパパです。
「今、主婦のあいだで流行ってるんだろう? ペットボトルで小物入れを作ったり、かびんを作ったりする、アレさ」
「ママ、前にあたしが牛乳パックでペンスタンドを作ったら、貧乏くさいって言った」
 パパの仮説も妹に却下されました。
 ぼくの番です。ぼくは慎重に考えた末の結論を言いました。
「ママは、いつも資源ゴミをママまかせにしてるぼくたちに、ほんとは手伝ってほしいんじゃない? それを伝えるために、『やらない宣言』をしたんじゃないかな。まず手始めに、一番、簡単なペットボトルから」
  これには、パパも妹もうなずきました。
「なるほど。そうとわかったら、とにもかくにも、まずは我々に協力の姿勢があることを示して、ママの機嫌をとろうではないか」

 というわけで、つぎの朝、ぼくたちは協力の姿勢を示すため、いつもより十分も早起きをしました。
 溜まっていた一週間分の空ペットボトルは、十七本。そのうちの十一本は二リットルの水で、あとは五百ミリリットルのジュースとコーラが三本ずつです。
「潰して、小さくするんでしょ」
 さっそく潰しにかかった妹に、ぼくは「蓋とラベルを外すのが先」と教えました。
 ところが、ここでありえないことが起こったのです。
 蓋が固くて外れない。ラベルはミシン目にそってぺりりとはがせたけど、蓋のほうは、ぼくとパパとでどんなに力をふりしぼっても、びくともしません。しかも、十七個ぜんぶが、です。
 妹はすぐに音をあげました。
 粘ったパパとぼくも固すぎる蓋にはかないませんでした。
「なんてこった。まるで歯が立たない」
「へんだな。ぼくたち、この蓋を開けて中身を飲んだのに。こんなに固くなかったよね」
「まるで接着剤でくっついてるみたい」
 三人でぼやきあっていた、そのときです。
 ヒーッヒッヒッーーと、突然、ぶきみな笑い声が台所に鳴りわたりました。
「ご名答。わたしが接着剤でくっつけたのよ」
 いつからそこにいたのでしょう。ママです。台所の柱の陰からママが顔をのぞかせ、ヒイヒイ笑っているのです。
「この剥がし液がほしい? ほしいでしょう。のどから手が出るほどほしいでしょう」
 指にはさんだ剥がし液をゆらゆらさせるママの目は笑っていません。暗示にかかったようにパパが立ちあがり、ふらふらと剥がし液へ吸いよせられていきましたが、ママはその手をぴしゃりと払いました。
「もう遅い。ママは何度も言ってきたはずですよ。ペットボトルを捨てるときには蓋とラベルを外しなさい、分別する人間の身にもなりなさい、と。最後に飲みおえた人間がやるべきことを、なぜいつもママがやらなきゃならないのです。あなたがたは一度でも、朝のクソ忙しい時間にペットボトル十七本の蓋だのラベルだのをちまちま剥がさなきゃならないママの気持ちを考えたことがあるんですか。一度でも!」

 嗚呼――なんと、これはママの反旗ではなく、復讐だったのです。
 ぼくも、妹も、パパも、たちまち潰れたペットボトルみたいにぺしゃんとなりました。
 今夜ふたたび、ママから剥がし液をもらう方法を話し合う緊急会議が開かれることでしょう。
 

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