ちくま新書

今どのように昭和と向きあうか

5月のちくま新書より「はじめに」を公開します。古川隆久さん『昭和史』の冒頭を立ち読みすることができます。

昭和という時代区分

 昭和という元号は、一九二六年一二月二五日から一九八九年一月七日まで使われた。つまり、今年(二〇一六年)は、昭和に改元されてから九〇年になる。

 本書では、その時期、つまり昭和時代の日本の歴史のすがた(昭和史)を、できるだけわかりやすく描き出してみたい。それをとおして、日本語という制約のもとではあるが、できるだけたくさんの方に、またいままであまり歴史に関心がなかった方々にも、近現代の日本の歴史に関心を持っていただき、よりよき日本、よりよき世界をつくっていく手がかりにしていきたいという願いを込めて。

 ところで、昭和時代という時代の区切り方(時代区分)は、非常にわざとらしいものである。元号とは、そもそも中国の歴代皇帝が自分は時間さえも支配できるほど大きな権力を持っていることを示すために発案されたものだった。

だから、時代の流れの実態に合っているとはいえない面もある。たとえば、一九四五年夏には敗戦という歴史上大変重要なできごとがあった。これを契機に一九四七年春には現行憲法が施行され、国のあり方が根本的に変化した。そのため、高校の日本史教科書では、敗戦までを近代、敗戦以後を現代として時期区分をしていることが多い。あるいは、電化製品の普及によって日常生活の風景が一変したのは一九六〇年代から一九七〇年代のことであり、生活のあり方という視点からは昭和という時期区分はベストとはいいがたい。

 しかし、昭和史、あるいは昭和史のなになに、なになにの昭和史、といった書名の本が書店にも図書館にも多数あることからわかるように、昭和時代という時代区分は、明治時代や大正時代と同じく、あるいはそれ以上に、現代の日本の人びとに親しまれている。しかも、偶然ではあるが、昭和時代とほぼ重なる一九二〇年代後半から一九八〇年代末までの時期は、見方によってはひとまとまりの時代と考えてみることも可能である。

 たとえば、政治という視点でいえば、この時期は、共産主義運動が日本を含む世界各国で危険視されはじめてから、東欧の共産圏が崩壊し、冷戦が終了するまでとほぼ一致するし、政党内閣時代がはじまり、その中断をへて、戦後の自民党長期政権が終わりを迎えるまでともほぼ一致する。文化のあり方でいえば、映画やレコード、ラジオのような、ひとつの作品をみんなで楽しむ、一斉大量消費の形の文化である大衆文化が本格的に展開しはじめ、カラオケやウォークマンのような個別消費が新しい大衆文化の楽しみ方として登場してきたころまでとほぼ一致する。

 ということで、あくまで日本という地域に視点をおいた歴史の流れを、昭和時代という時代区分をひとつの目安にして見ていくということにしたい。

 ただし、昭和時代は足かけ六四年ある。昭和という元号は、四五年あった明治をはるかに超えて日本史上最も長く使われたことになる。当然、この時期をさらにいくつかに時期区分しなければ、歴史の動きを認識するのはむずかしい。

 一九三七年から一九四五年は大きな戦争が継続していたので、ひとまとまりの時期と見ることが適当である。また、戦後については、経済成長が政治や社会の主な関心になるようになった起点として一九六〇年が重要な区切りである。以上の理由から、戦前、戦中、戦後前半、戦後後半という形で四章に区切ることにした。

 ただし、その前に、昭和時代がはじまる時点での日本の姿を説明する章を設けた。昭和がはじまる時点の日本は、政治や教育の制度や、人びとの社会や人生についての考え方など、さまざまな面で現在とは大きく異なっている。そうしたことをふまえて歴史を見ていかないと、思わぬ誤解を生じる可能性があるからである。

昭和史をみる三つの観点

 また、昭和史といっても、限られた紙数と私の能力ではすべてのことがらをとりあげることはとうてい不可能である。そこである程度重視する観点を定めておきたい。これまで歴史に関心がなかった方々にも手に取っていただきたい、昭和史をめぐる調査研究の現在までの進展状況をできるだけ反映したい、現在の時点から振り返ってうきぼりとなってくる視点もふまえたい、という三つの理由から、三つの観点を重視することにしたい。

 第一に、庶民の視点を重視したい。これまで歴史にあまり関心がなかった方々にも歴史にふれていただくためには、身近な目線が大事であるだけでなく、実際の歴史も、多くの庶民の日常の積み重ねが根底にあるからである。

 次に、国際関係を重視したい。昭和時代がはじまった時点ですでに日本は政治的にも経済的にも文化的にも世界の動きと密接に関連しており、それは今も同じだからである。

 最後に、少数派の視点を忘れないようにしたい。実際の政治や人々の社会意識は多数派優先になりがちである。その結果、少数派の人びとが抑圧されたり、犠牲を強いられたりすることが起きてきた。しかしその一方で、それでよいのかと思う人びとが常にいて、そういう人たちの努力により、少しずつではあれ、より多くの人びとが生きやすい形に社会が変化し、その積み重ねの上に今の日本社会、国際社会がある。限られた紙数でわかりやすく歴史を描こうとすれば、どうしても多数派の動向を重視せざるをえないが、少数派にも目配りはしていきたい。

 こういう視点をもって昭和史を概観してみると、個人と全体のどちらをどのように重視するかという観点が浮き彫りになってくるので、各章でもそうした観点に注意しながら話を進めたい。

 ふだん私は、たくさんの史料を引用して文章を書くことが多い。史料とは、過去の人が作成して今に伝えられた、歴史研究の材料になるもののことである。広い意味では、土木施設や建築物、写真や映像、道具類や芸術作品などを含む、過去の人が遺したすべてのものをさすが、狭い意味では文字で書かれたものをさす。史料を直接読んでいただくことで、その時代の人びとの息づかいに直接ふれることは、歴史を理解するうえで非常に大切なことだと私は考えているのである。

 しかし、そういうスタイルで書くと、どうしても読みにくくなる。本書は、これまで歴史に関心のなかった方々にも手に取っていただきたいという意図があるので、史料を直接引用することはしないことにする。

 また、一人で、昭和六四年間のすべてを、ナマの史料をもとに研究しつくすことなどとうてい不可能である。本書では自分のこれまでの研究を活用していることはもちろんだが、それだけではとても足りないので、実に多くの方々の調査研究の成果を利用させていただいた。先学のみなさんには心から感謝申し上げたい。それとともに、本書の内容についてさらに知りたい、あるいは本書の主張に疑問があるという方は、ぜひ巻末の参考文献をご参照いただきたい。

2016年5月31日更新

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古川 隆久(ふるかわ たかひさ)

古川 隆久

1962年、東京都生まれ。86年東京大学文学部国史学専修課程卒業、92年同大学院人文科学研究科博士課程修了、博士(文学)。広島大学総合科学部(専任)講師、横浜市立大学国際文化学部講師、助教授などを経て、2006年より日本大学文理学部教授。著書に『戦時下の日本映画』(吉川弘文館、2003年)、『昭和天皇』(中公新書、2011年)、『近衛文麿』(吉川弘文館、2015年)など。

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