からだは気づいている

第2回 掛け声の謎(2)

マイクロインタラクションとは何か?

人間行動学者の細馬宏通さんが、徹底した観察で、さまざまな日常の行動の謎を明らかにする連載、 第2回のテーマは前回に引き続き「掛け声」。 今回は、私たちがふだんなかなか意識できない100ミリ秒単位の「マイクロインタラクション」の話です。

無言のお試し動作
 最初に2人のどちらか(もしくは2人とも)がちょっとだけ机を持ち上げる「お試し」の動作はほとんどのペアで見られた。興味深いのは、無言で持ち上げたペアでもこのお試しの動作が見られたことだ。たとえば8組目のL8さんとR8さんを見てみよう(図2)。

                           図2

 R8さんがちょっと持ち上げて50ミリ秒後にL8さんもほんのちょっと持ち上げるのだが、ここではまだ本格的な持ち上げにならない。そしてL8さんが200ミリ秒後に再びお試しをするものの、ここでも本格的な持ち上がりは起こらない。そして、400秒後、ようやく、机は大きく持ち上がる。
 おもしろいことに、このペアを含め、無言のペアでは、2人ともそれぞれのタイミングでお試し動作を行っていた。つまり、2人がともにちょっとだけ机を持ち上げてみせ、そのあとに持ち上げ動作が起こるのである。
 掛け声がないからといって、そこに何のインタラクションも起こらないわけではない。2人はまずお互いに小さく持ち上げてみせるという言葉にならないやりとりを行って、それからようやく机を持ち上げるのである。

sで待つ
 お試し動作はいくつか異なるタイミングで起こる。「せーの」の「せ」で試す人もいれば「ー」あるいは「の」で試す人、さらに後ろにずれる人もいる。たとえば7組目のペアは、片方が「あせーの」と言い終わるまさにそのときに2人がちょっとお試しをして、さらには片方が「よっ」と言ってから2回目のお試しをして、そこからようやく本格的な持ち上げに入った。
 中でもおもしろいのは11組目だ。ちょっときいただけでは、2人がほぼ同時に「せーの」と言っているように聞こえるのだが、よく見ると、少しそのタイミングには違いがある。L11さんは「せーの」と言いだす前、400ミリ秒の長きにわたって、歯と歯の間からすうっというs音を発しているのである(図3)。

                            図3

 実は、さしすせそを言う前にs音やsh音を長く引き延ばす現象は、掛け声でしばしば見られるものなので、L11さんのs音もその典型だ。L11さんの最初のs音は、すーっと歯の間から発音されたままなかなか「せ」にならない。そして興味深いのは、250ミリ秒後にR11さんが遅れてs音を発し、300ミリ秒後にe音を発すると、その直後の400ミリ秒後にようやくe音を発して「せ」になることだ。結果的に、L11さんのs音はR11さんに対する催促のような形になっているのである。
 そして、2人がともに「せ」の音を発し終えようとする500ミリ秒から600ミリ秒にかけて、R11さんとL11さんは相次いで机をほんの少し持ち上げて「お試し」をした。そして次の「の」に入る前後、600ミリ秒から700ミリ秒にかけて、2人はさっと机を持ち上げて、そこからは順調に机運びが起こった。
 こんな風に、「せーの」ということばをコンマ秒単位で見ていくと、そこには子音と母音の微妙な伸び縮み、お試し動作をはじめとする動きの細かい駆け引きに満ちた、マイクロインタラクションが広がっているのである。
 ここまで読んでわくわくする人もいれば、そんな細かい動作はどうでもいいのではないか、と思う人もいるだろう。そこで次回は、マイクロインタラクションを考えることがなぜ重要な問題なのかについて、少し学術的な背景を考えてみよう。

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