ぼくはこんな音楽を聴いて育った

第15話 本田先生の宿題

冨田勲「新日本紀行」

 滞在先のニューヨークのホテルでネットを開いたら飛び込んで来たのが冨田勲さんの訃報だった。面識はなかったけど、でも、まわりには冨田さんの電子音楽を敬愛している友人がたくさんいるし、ボクだって、中学の頃にはじめて聴いた冨田さんのシンセサイザーによるドビュッシーの「月の光」や「アラベスク」は衝撃的だった。そもそもクラシック音楽を聴くような環境に育たなかったもんで、ドビュッシー自体も冨田さんのシンセサイザー演奏ではじめて聴いたようなもんだった。今現在の簡単に音の出るシンセと違い、手間をかけたアナログシンセサイザーによる多重録音の素晴らしさに驚いたのはいうまでもないけど(なにしろ当時はシンセの音自体が本当に聴いたこともないものだったのだ)、それだけじゃなく、クラシックにもこんなポップスみたいな素敵な曲があるんだってことにも新鮮な驚きがあったのだ。

 とはいうものの、そのときに冨田勲さんのシンセサイザーに強くハマったわけでもなかった。シンセサイザーの音色の新しさにココロをときめかせたのは短い時間で、高校の頃になると、ここで書いて来たような音楽にはまっていったからだ。でもって、オレが再び、冨田勲という音楽家を意識し出したのは浪人時代だった。

 この時期は、オレにとってはジャズ喫茶とフリージャズの時代だったわけだけど、ただ、こっそりと、それとは全然違う音楽も聴いていて、それがテレビやラジオからしか流れない音楽だったのだ。当時は今のように、そういった音楽がレコードになることは少なかったし、劇伴とか、テレビのテーマ曲とかって認識で聴いていたわけではなかった上に、だれが作ったか、だれが演奏しているかもわからないものも多かったけど、いいなって思える音楽が結構あって、それをカセットに録音して繰り返し聴きたいなって思ったんだと思う。そこにはNHKの「新日本紀行」のテーマ曲や「銀河テレビ小説」用に録音された荒井由実の曲やら、「三丁目四番地」や「さよならこんにちは」、深町純がやったシンセサイザーによるテレビドラマ「ぼっちゃん」の劇伴とか、ほかにも気になったCMの音楽とか、深夜NHKラジオの放送が終わったあとや、明け方ラジオが始まる前に流れるテスト放送の際に流れるオルゴールのような音楽とか……あ、当時は、NHKラジオは深夜放送をやってなかったのだ……そんなもんがカセットに入っていて、とりわけ繰り返し繰り返し愛聴したのが冨田勲の手による「新日本紀行」のテーマ曲だった。

 実は、この番組、小学校3~4年生のときだから昭和43~44年、西暦で言えば1968~69年ごろ、担任だった本田先生から宿題として見るように言われていて、それが本当に嫌で嫌で、大嫌いな番組だったのだ。いやね、単に見るだけならまだしも感想文を書かなくちゃいけないのよ。テレビっ子だったんでテレビを見ること自体は好きだったんだけど、この番組は全然面白いとは思わなくて、ましてや面白くもないのに、感想文まで書かなくちゃいけなくて、もう見るのが苦痛で苦痛で。だから、少し田舎臭く聴こえたこのテーマ曲も大嫌いだったし、宿題もほぼやらなかったなあ。

 ところが、何がきっかけだったのか思い出せないんだけど(もしかしたらタモリがオールナイトニッポンでこの曲をかけたような記憶もあるんだけど、違うかな?)、あるいはバンド仲間の中潟くん(彼は冨田勲の大ファンだった)から吹き込まれたのか、いつの頃からか、「新日本紀行」のテーマ曲が大好きになって、聴けば聴くほど素晴らしく思えて、どっぷりとハマってしまったのだ。クラシック音楽をほとんど通過してこなかったオレにとって、オーケストレーションの音色の魅力みたいなものの素晴らしさを最初に感じたのがこの曲だったと言っても過言じゃない。

 いやね、音楽家なのに情けない話なんだけど、いまだにですね、ハイドンとか、ベートーベンとか、モーツァルトとか、要は音楽室の壁に肖像画が出てくる長髪の方達の音楽がですね、なんかピンと来ないんです。それが、どんなに素晴しい音楽だっていわれても、正直、ものすごく遠い世界の音楽にしか聴こえなくて、それはたとえば中東の音楽が遠い世界の出来事に聴こえるのと同じような感じで、自分のいる世界とはずいぶん違う場所の音楽にしか聴こえないというか、いや、もちろんそれでも充分に楽しめるし、実際楽しく聴けるんだけどね、でもなんというか、住んでる世界が違いすぎて、やっぱピンとこないというか、もしかしたらココロから好きになったことはいまだにないんじゃないかって思うこともあるくらい。でもですね、同じオーケストラの楽器で演奏されているのに冨田勲さんだと、ピンと来る。古関裕而さんも古めかしく聴こえるけどピンと来る。ピカピカにシャープに聴こえたけど武満徹さんの音楽もピンと来る。別にオレ、国粋主義者じゃないんだけど、こと音楽を聴く耳は案外保守的なのかもって思いたくなるくらい、西洋クラシックにはピンとこなくて、でも日本の作曲家の作るオーケストラ作品はいいなっておもったりするのは何でなのかな。みそ汁ばっかじゃなくて、コーンポタージュも飲みなさいよみたいな話で、自分でも、正直、すごく残念に思うのだ。しかも、めっちゃ素晴らしい演奏をするウィーンやらドイツやらのオーケストラよりも、日本の昔の映画の劇伴なんかで聴ける、ちょっと野暮ったい、正直言うと、ちょっと下手なオーケストラのほうがピンと来る。そうそう、今現在のハリウッド映画のサントラのスーパー上手いオーケストラとか、全然興味がわかないというか、つまらんなあなって思うのだ。ましてや今どきのコンピューターで整形したようなオーケストラだと、まったくピンと来なくなるんだけど、あ、これはまた別の話か。こっちはみそ汁とポタージュのたとえにあてはめるなら、一流の日本料理屋のみそ汁とかお新香とか、すんげえ美味いって思うし、最高! なんて思うんだけど、でも、お袋のみそ汁やお新香のほうがほっとするというか、どっちか取れって言われたら、迷わずお袋のほうを取るみたいな感覚かな。でもってコンピュータの整形音楽のほうはファミレスの味みたいな感じだろうか。悪くないけど、でも……って、オレ、なにを書いてるんだ。

 話を冨田先生にもどしますとですね、「新日本紀行」のテーマも、野暮ったいなんて書いたら怒られちゃうけど、でも、あの独特の感じが好きで、しかもただ野暮ったいだけじゃなく、お袋のお新香みたいに、その家にしかないぬか床で発酵させたような本物の味わいがあって……あ、また食べ物のたとえになってしまった。なんか、すいません、これって、音楽家が音楽について書く言葉じゃねえなあとおもいつつ、でも音楽の好き嫌いみたいなもんて、言葉を弄して書くほどのもんでもなくて、食べ物の好き嫌いによく似ているような気もするんだけど違いますかね。

 冨田さんが亡くなってみて、日本を離れたニューヨークのホテルでひとりぽつんと「新日本紀行」のテーマ曲を聴きながら考えたのは、冨田さんは、きっと、ご自分のぬか床のような発酵施設を、ご自分の感覚の中にしっかりともっていて、それは、ほかのものでは代替の効かない、お袋の味に近いようなもので、少なくとも、ボクは、そのお袋の味で育ってるんだなってことだったのだ。考えてみたら「新日本紀行」ってタイトルも素晴らしいなあ。小学生だったガキには、その番組のコンセプトの中身の素晴らしさや、それによりそった上で方向までをも示すテーマ音楽の素晴らしさなんてまったくわからなかったけど、でも、こうやって何十年か後に、ちゃんと伝わっていくものもあるのだ。今自分自身がテレビに関わる人間として、そのこと、しっかり肝に銘じつつ、音楽作っていかなくちゃって、こんなこと書くの照れくさいけど、本気で思っている。

 50年近く前に出た本田先生の宿題、やっと今になって書けたように思うんだけど、本田先生、これ読んでくださってるかな。