上田麻由子

第16回・まぼろしの下弦の月

劇団☆新感線『髑髏城の七人』Season月 下弦の月

 真っ白な花が咲き乱れるなか、この世ならざる美丈夫がひとり、月を背にあらわれる。長い指で奏でられる笛の音にも、どこか浮世離れした響きがある。しかし、ここは天正18年。織田信長亡き後、豊臣秀吉が覇権を握るべく動くなか、北条氏に代わって関東を手中に収めようとしていた関東髑髏党の根城、髑髏城。その当主に商売の話をしにきたという美しい男は、守るべきもののため覚悟を胸にこう語り、城に入っていく。「さて無界屋蘭兵衛、最後の大あきないだ。武士を捨て意地を捨て昔を捨て殿を捨てて拾った命だ。安くはないぞ、天魔王」。

三日月が目にとまるとき

 1990年初演の劇団☆新感線『髑髏城の七人』が、去年、7年ごとの再演を迎えるにあたって、いくつか話題になったことがあった。「花」「鳥」「風」「月」の4シーズンに分け、それぞれキャストだけでなく脚本・演出も異なるということ(2018年1月には「極」も発表された)。まさに作品の舞台である「関東平野」を思わせるような、豊洲の吹きさらしの水辺に建てられたIHIステージアラウンド東京という劇場が360度、客席の動く体感型シアターであるということ。そしてなにより、4番目の「Season 月」が、主人公の捨之介にテレビドラマや映画で活躍する福士蒼汰を起用した「上弦の月」と、声優の宮野真守をはじめ、いわゆる「2・5次元」作品で活躍するキャストを起用した「下弦の月」の2バージョンで行われると発表されたことで、劇団☆新感線をまだ知らない若いファンからも大いに関心が寄せられた(「下弦の月」が2・5次元、「上弦の月」がテレビの芸能人という宣伝戦略がとられていたが、実は「上弦の月」の主演・福士蒼汰も『仮面ライダー』出身であるし、ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』日向翔陽役の須賀健太など、2・5次元ファンにはおなじみの顔ぶれである)。

 より正確に言えば、話題になったのは捨之介を宮野真守が演じることよりも、髑髏城の当主・天魔王を鈴木拡樹が演じることのほうだろう。宮野のほうは小学生のころから劇団ひまわりに所属し、高校3年生のとき声優デビュー、その後も数々のアニメ作品で主演をつとめたり、アーティストとして日本武道館を何度も満員にしたりするだけでなく、現在の2・5次元ブームの立役者たる「テニミュ」ことミュージカル『テニスの王子様』(テニミュ)に出演(2003〜05年)。ほかにも『鋼鉄三国志歌劇舞台〜深紅の魂よみがえりしとき〜』(2008年)や、『ノブナガ・ザ・フール』(2013〜14年)といったメディアミックスのなかでの2・5次元舞台に主演するだけでなく、帝国劇場の『王家の紋章』(2016年、17年)に出演するなど、近年、積極的な舞台進出をしている。同じく2007年に第2回声優アワード主演賞を受賞した平野綾を筆頭に、入野自由、水樹奈々、高垣彩陽、三森すずこといった2・5次元にとどまらない声優の舞台出演は、珍しくなくなってきている。

 いっぽう鈴木拡樹は「2・5次元の帝王」という称号もあるくらい、2・5次元作品での活躍が際立っている俳優である。それはアニメ・漫画・ゲーム原作の舞台に絶え間なく出演しているからだけではなく、むしろ作品ごとに外見はもちろん、声や纏う雰囲気までもがらりと変えてしまうことから畏怖を込めてこの名で呼ばれているのであって、そのいっぽうでアイドル的な立ち位置が求められる2・5次元俳優のなかで私生活や本人のキャラクターがいつまでも謎に包まれているという点でも他の俳優から一線を画している。近年の代表作はやはり舞台『刀剣乱舞』の三日月宗近であり、その国宝の刀剣ならではの能を思わせる優雅さと余裕、怨霊のような神様のような、まさに人ならざる存在感でその地位を不動のものとした。そんな三日月がついに「発見」されてしまう。しかも、これまでは日の入り後に西の空に浮かんでいた三日月を、真夜中ごろのぼる下弦の月として見られるとは。期待が高まった。

少年漫画の気分

 この「Season 月」の特徴を2・5次元という文脈でとらえるなら、王道の少年漫画、ということはつまり「少年ジャンプ」的な、男の子の力へのまっすぐな希求と、その夢が潰えた敗者による策略とのぶつかり合いという側面が、より強調されているところにある。その印象は、物語が動くきっかけとなる髑髏城を築城した熊木衆の生き残りが「沙霧」という少女から「霧丸」という少年に改められたことが大きい。特にこの「下弦の月」では、宮野真守ならではの圧倒的な陽のオーラを持った捨之介が、復讐に燃える無鉄砲な霧丸をなんとか諌めようとする良き兄貴分として動くことで、少年の成長譚らしさがより強まっている。

 霧丸を演じる松岡広大は、「テニミュ」でその野性的な感覚によって主人公の越前リョーマを覚醒させる遠山金太郎や、ライブ・スペクタクル『NARUTO -ナルト-』主役、孤独ながら意志の強いうずまきナルト役をつとめており、その圧倒的な身体能力はもとより、当時10代だったにもかかわらずあまりにもストイックな態度やプロ意識の高さから「広大プロ」とあだ名されていた。もともと『髑髏城の七人』の持っていた少年漫画らしさが、「広大プロ」が持ち込んだ2・5次元で演じてきた「少年ジャンプ」ヒーローたちの気分と出会うことで、この「下弦の月」の基調となる色が作られている。

 もとは織田信長の家臣であった捨之介、天魔王、無界屋蘭兵衛が、そのあまりに偉大すぎる「第六天魔王」の見せた夢の残像のなか惑う、過去へ、過去へと引っ張られていく息の詰まるような大人たちの物語。そのなかで、未来ある少年の霧丸が、まるで城の抜け道を自由に移動するように、どんなときでも風通しを良くしてくれる。約4時間にわたる公演がその長さを感じさせない理由の一つが、ここにある。

潰えた夢が蘇るとき

 いっぽう天魔王に関していえば、ただの人間だった者がドスの効いた声で天魔王を宣言し、ヘヴィメタルにあわせてひとしきり歌い、踊る冒頭のシーンで舞台をすっかり支配してしまい、その得体の知れなさがのちの登場シーンまでずっと消えることはなかった。夢見酒をもってまるでドラキュラ伯爵のように無界屋蘭兵衛を誘惑するところでは、天魔王を演じる鈴木拡樹の代表作のひとつである舞台『弱虫ペダル』で共演した廣瀬智紀との耽美な一幕ということもあり、口づけを交わし悪虐への道を手に手を取り合って転げ落ちていく2人はあまりに美しく、思わずため息が漏れた。

 霧丸や刀鍛冶・贋鉄斎の助けを得つつ百人斬りを果たした捨之介は天魔王と対峙し、斬鎧剣をもって一つ一つ、その無敵と言われた鎧を剥ぎ取っていく。このシーンはクライマックスの大きな見どころであり、血に彩られた、執着が生き長らえさせていた大人たちが長い夢から醒める場面でもある。すべての鎧を剥がされて、ほとんど全身タイツのような真っ黒な出で立ちでうずくまる「天魔王だったもの」の身体はあまりにも華奢で、頼りなく、冒頭の安土城のシーンで信長の鎧に赤子のようにすがりついていた哀れさをも想起させ、その執着を失ってしまったいま、もはやこれ以上、生きていられないのは当然のように思える。

 それと同時にこのシーンは、「2・5次元の帝王」として振れ幅の大きいさまざまなキャラクターをいくつもレイヤーのようにまとい、その正体がどんどんわからなくなっていく鈴木拡樹という俳優を、もう一度、身ぐるみ剥がしてその原点に立ち返らせたような印象もあった。信長という眩しすぎる星のもと集った家臣たちが、その死後も成仏できずにキャラ替えして、歴史を書き換えようとする偽史ものという点で、鈴木がその前に出演していた「舞台『刀剣乱舞』」と重なっていたせいもあったのかもしれない。そのさまは「ステージアラウンド」という装置が劇中、絵巻物のように次々と場面を転換してくテンポの良さ、セットの豪華さを誇っただけでなく、最後にまるでマジックの種明かしのように360度、展開されていた舞台装置を地獄めぐりするかのようにいっせいに観客に見せてくれたときなにより興奮させてくれたように、彼がみせる夢の、幻の成り立ちをほんの少しだけ垣間見せてくれた。

 そのうえで、退場時に観客は舞台に上がり、ついさきほどまで物語が繰り広げられていたセットのなかを歩いて通り抜けるという円形ステージならではのタブー的な体験をすることで、その夢が終わったことを、何よりも身をもって確かめた。ここで新たな色に染まったというよりは、2・5次元を極めすぎて人を超えモノを超えていった彼が、このクレンジング、デトックスを経たあと何を演じるのか。そして、劇団☆新感線の長い歴史のなかに刻まれた「2・5次元」という月を、7年後、また見上げることはできるのか。今は楽しみでならない。

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