この情報はどこから?

第8回 
可処分時間の争奪戦
新聞社もネットメディアもしのぎを削る

 新聞はもう私たちのライフスタイルに合わない

 かつて必ず家庭に届けられていた新聞は、今やあまり読まれなくなってしまいました。詳細な数字は前回述べた通りですが、元新聞記者である私ですら、子どもが生まれてからは、新聞の購読を止めてしまいました。別に新聞がつまらなくなったというわけではありません。理由はもっとシンプルで、「読む時間がないから」です。

 早朝、起きたら保育園の支度をして、子どもを起こして朝ごはんを食べさせ、会社が始まる時間に間に合うよう、すぐに寄り道しようとする子どもの手をつないで保育園まで送ります。保育園からはダッシュで会社へ向かい、到着したらすぐに仕事です。あっという間に夕方になり、またダッシュで保育園へ。子どもをピックアップしたら、また急いで帰宅して晩御飯にお風呂、寝かしつけ。その後はたまった家事をしたら、もう1日が終わっています。

 夫も似たような生活です。誰かがこっそり時間を奪っているのではないかと思うくらい、時間が足りません。夫婦がフルタイム勤務で子育てをしていたら、新聞を購読していたとしても、ポストに取りに行く暇もないでしょう。さらに新聞を読むのは場所も必要です。たとえ、ポストまでは取りに行けたとしても、どこかに座り、テーブルや机の上であの大きな新聞紙を広げて読むという行為は、私たちのライフスタイルにもはや合わなくなってしまっているのです。

 かつて、結婚した夫婦の世帯には必ず新聞が購読されていたわけですが、あれだけ新聞が家庭で読まれていたのは、専業主婦の妻が家事や育児を一手に引き受けてくれたおかげだったのではないか、と思います。昔、夫には食卓でのんびり新聞を読む時間があったのでしょう。

 愚痴っぽくなってしまいましたが、では私たちがニュースをいつ読むかといえば、基本的には食事をしたり、子どもの世話をしたり、仕事をしたりする時間以外になります。つまり、スポーツをしたり、ゲームをしたり、友だちとメールをしたり、SNSに何かを書き込んだり、自分が自由に使って良い時間のことで、「可処分時間」と呼ばれているものです。
 
 近年、この可処分時間をめぐっての競争が激化しています。総務省の「社会生活基本調査」(平成28年)によると、「通学や通勤をのぞいた移動」、「テレビ・ラジオ・新聞・雑誌」、「休養・くつろぎ」、「趣味・娯楽」、「スポーツ」、「交際・付き合い」などの時間である「3次活動」は、前回調査の平成23年は1週間あたり6時間27分だったのに対し、6時間22分と5分減っていました。
 
 その中で、特に減少が激しかったのが、「テレビ・ラジオ・新聞・雑誌」に費やす時間で、平成23年は1週間あたり2時間27分あったのに対し、現在では2時間15分と12分も減っていました。前回示した、世帯ごとの部数の減少とも重なってくるデータです。
 
 「社会生活基本調査」では、これ以外にも興味深いデータがあります。スマートフォンやパソコンなどを使用している人の割合は男性で61.9%、女性で58.4%でしたが、男女共に特に20歳か34歳の使用割合が最も高いという結果が出ました。男性で88.4%、女性にいたっては91.5%という多さです。この年齢層は使用時間も長く、男女共に1週間あたり6時間以上が約25%を占めました。では、一体何に使っているのかといえば、スマホやパソコンを使用している時間帯が最も多い21時から24時にかけての使用目的を見ると、15歳から24歳では「交際・付き合い・コミュニケーション」が最も多いことがわかりました。15歳から19歳で55.5%、20歳から24歳で53.9%です。

 

ライバルはスマートフォン

 ついでにいえば、「ニュースの閲覧や情報収集」などが最も多い年代は35歳から44歳でした。15歳から24歳までは「ニュースの閲覧や情報収集」は「ネットショッピング」に次いで低かったです。そして、15歳から49歳までの年代で、「ニュースの閲覧や情報収集」が最も多いことは一度もなく、常に「交際・付き合い・コミュニケーション」もしくは「趣味・娯楽」(ゲームなどはここに入ってくるのだと思われます)のいずれかの使用目的の方が優っていました。

 新聞やテレビに費やされる時間は減り、スマホやパソコンへのアクセスは増えたものの、ニュースを見るのは「二の次」。そんな傾向が、現在の日本人のライフスタイルから浮かび上がってきます。これは、私たち自身の日々の生活や体感とも合致する結果ではないでしょうか。

 かつて、新聞のライバルは別の新聞だったり、テレビや雑誌だったりしました。いわゆる「マスコミ」と呼ばれるメディアの中で競争をしていたわけです。よく、テレビ局でも「●●テレビの番組視聴率が△△テレビを抜いた」ということが騒がれますが、現在の視聴者にとって、テレビ以外にも時間を費やす選択肢は山のようにあります。LINEで友人とやりとりしていてもいいし、メルカリで好きなブランドの服を検索してもいいわけです。人々の可処分時間をめぐり、新聞やテレビをはじめ、旧来のマスコミにとって、ライバルは今や手の中にある小さなスマホなのかもしれません。

 もしも新聞がライフスタイルに合わないのであれば、合わせていくしかありません。新聞社は自らのウェブサイトを立ち上げ、人々が集まるポータルサイトにニュースを配信していくようになりました。その大きな流れの一つが、現在も日々、大量のアクセスを集めている日本最大のポータルサイトのひとつ、Yahoo! JAPANです。
 
 アメリカで創業されたYahoo!は1996年、日本でも「Yahoo! JAPAN」としてサービスをスタートさせました。現在、運営会社であるヤフーは、多くのサービスを展開しています。有名なところでは、まず基本となる検索サービス、それからネットオークションサービスのヤフオク!などなど。その中で、トップページに常に掲げられている「Yahoo! ニュース」は、Yahoo! が日本で営業をスタートさせた3カ月後の1996年7月には立ち上がりました。

 その草分けある奥村倫弘さんの『ヤフー・トピックスの作り方』(光文社新書)を読むと、黎明期のYahoo! ニュースの様子がよく伝わります。スタートから2年後には、もう現在のYahoo! ニュースの根幹である「トピックス」のコーナーができ、新聞などの報道機関から送られてくるニュース記事の中から、Yahoo! ニュースの編集者が特に重要性やニュース価値が高いものをピックアップして掲載するスタイルができあがっています。

 私たち記者は現在、新聞社であってもネットメディアであっても、この「トピックス」に掲載されることを一つの目標としていることは間違いありません。ネット業界では「ヤフー砲」と呼ばれる言葉があります。たとえば、どこかの企業や組織が報道機関に取材され、運良く「トピックス」(私たちはヤフトピと呼びます)に掲載された場合、もっと情報を知りたいと思った大量のユーザーが、その企業や組織の公式サイトへアクセスすることで、サーバーダウンを起こしてしまう現象がたまに起こります。企業や組織にとっては、まさに砲撃を受けているように感じることから、悲喜こもごもの叫びをあげることになります。

 次回からはさらにネットでのニュースの流れ方を探っていきましょう。

 

この連載をまとめた『その情報はどこから?――ネット時代の情報選別力』 (ちくまプリマー新書)が2019年2月7日に刊行されます。
 

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