QOL100歳までの設計図

小林亜津子『QOLって何だろう』――医療とケアの生命倫理

人生100年時代。死期が近づいたとき、長生きすることを優先するか、人生の質を優先するか。そこに生じるさまざまなジレンマを「QOL(生活の質)」というキーワードを手掛かりに書いた『QOLって何だろう』(ちくまプリマー新書)。PR誌「ちくま」に寄せられた哲学者/京都大学名誉教授の加藤尚武先生による書評を公開します。

 あなたは高校生である。百歳までの将来像を描いてみよう。十八歳、理工系大学に入学。二十歳、大学院進学を決意する。DNA検査をうけて将来かかる病気のリストが作られる。三十五歳、子どもが二人いる。四十歳、すべての臓器の生涯検診計画が渡される。両親の介護がはじまる。祖父母が死亡。七十歳、両親が百歳で死亡。八十歳、自分の死亡原因がほぼ判明する。百歳までの目標は「寝たきりにならない」である。

 最初に検査したら、その時の臓器の状態に応じて次の検査日程を決めるので、予期しない変化が起こることは極力避けることができる。「明日のことは分からない」という人生観は、もう通用しない。生涯にわたってQOLを管理することが、生きることの具体的な姿である。しかし、QOLには歯の痛みから、死ぬことの恐怖にいたるまで、さまざまな次元の違いがある。

 思春期から、自分が子どもを持って親になるときまで、依存から自立の段階への転換を経験する。自立していないときは、親の命令に従わなくてはならない。親の命令がまったく途絶えるときは、親の介護が始まるときである。

 二十歳であなたは両親が受けなさいと命じた治療を拒否する権利をもつ。自分の将来に対して責任ある判断能力を確立するために、DNA検査をうけて遺伝的要因のチェックをする。日本では、法律上の成人年齢が十八歳に移りつつあるが、健康管理能力の境界は二十歳でよい。しかし、実際には貴方の自己管理能力は不完全で、実質的には両親の判断に従わなくてはならない。二十歳から四十歳までが、名目的自立から実質的自立への転換期である。

 生きる楽しさ、生きる意味、生きているという感覚がQOLである。痛み・高熱・下痢・呼吸困難などの苦しみから解放されたいというのが、QOLの第一歩である。心臓や脳の血管のリスクを少なくしたいというのが、成人病期の典型的なQOLであり、高齢期では、自力で自分の身体を動かすことがQOLの眼目となる。

 治療をうけるとき自分が現に感じている苦痛、どういう治療効果を期待するかを明確にのべて、医師から示される選択肢のひとつを選ばなくてはならない。結婚をしても子どもができない可能性がある。不妊治療が必要になる。子どもができても人工妊娠中絶を選ばざるを得ないかもしれない。子どもの病気や事故にも心の準備が要る。

 QOLには、今の身体的苦しみから解放される、将来の不安から解放される、自力でいきる自己充足感をもつなどの年輪が刻み込まれる。小林亜津子『QOLって何だろう――医療とケアの生命倫理』から、QOLの眼目を年齢順に書き抜いてみよう。あなたは自立的健康管理能力の確立に向けて、一歩を踏み出すだけではない。自分の人生の全体をみて、生きる意味を考えるようになるだろう。

 

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