考える達人

第15回 アーティストの役割とは何だ? 
松嶋啓介さん:前編

今回のゲストは、フランスニースと東京でレストランのオーナーシェフである、松嶋啓介さん。「カルチャー×論理」の達人です。プライベートでも仲のいい二人は、「料理とは、そしてアートとは何か?」という話題から盛り上がります。松嶋さんが旅行した時には、まずその土地を走る?
 
 

松嶋啓介(まつしま・けいすけ) 料理人・レストラン経営者。1977年福岡県福岡市生まれ。高校卒業後、「エコール辻東京」で料理を学び、東京・渋谷のレストラン『ヴァンセーヌ』勤務を経て、20歳でフランスへ渡る。25歳となった2002年、南フランスのニースにフランス料理レストラン 『Kei's Passion』を開店。地元の食材を用いた斬新な料理を提供、2006年にはミシュランガイドで「一つ星」を獲得。同年、名称を『KEISUKE MATSUSHIMA』に改める。2009年、東京・原宿に『Restaurant-I (レストラン アイ)』を開店。 現在は『KEISUKE MATSUSHIMA』と改名している。

●アートを「芸術」と訳すことの誤り
石川 今回、啓介さんには、料理の話だけではなく、「アートとは何か」ということもたっぷりお聞きしたいんですが。まず、何から語ってもらいましょうか。
松嶋 アートを「芸術」と訳すことの間違いから入りましょう。アートは芸術ではないんです。日本では翻訳を誤ったから、人々がアーティスティックに人生を楽しむということがわからなくなってしまっています。
石川 「芸術」というと、なにか特別な人がするもののように感じられますね。
松嶋 アートって、もっと自由なものなんですね。僕がそれに気づいたのは娘が4歳の時、今から10年前ですね。学校が娘をニース近代現代美術館に連れていくわけですよ。
 娘が家に帰ってきて「学校の授業で近代現代美術館に行ってきた」と言うから「何やったの?」と聞いたんです。そうしたら「『絵を目の前にして何を感じますか』と言われた」と。
 シャガールが描いた絵とかピカソが描いた絵とか、そういうことじゃなくて「この絵を通してあなたは何を感じますか?」と聞かれ、感想を言わされる。4歳からそんなことをやってるわけです。つまり、そのアートを通して感じること、導き出される答えはひとりひとり違うということを最初に教えるんです。
石川 技法じゃないんですね。
松嶋 そう。「芸術」はいろんな技法・見方の「術」だから、日本では「あなたはその術を知らないの?」と、決まった答えがあるかのように捉えられてしまう。でも、ヨーロッパではまず「あなたがアートを見て感じることがあなたにとっての答えで、みんな同じ答えである必要はない。ひとりひとり違っていていい」ということを教える。それがアートなんです。
 だからヨーロッパでは、僕みたいな異分子がアーティストとして認知される。たぶん日本だったら、悪玉コレステロールみたいに見られると思いますよ(笑)。
石川 なに増殖しているんだと(笑)。では、アーティストってどういう存在なんでしょうか。
松嶋 音楽、絵画、建築など、いろんな分野のアーティストがいますよね。彼らに時々「なぜこういうのをつくりたくなったの?」「アーティストの役割って何だろう?」と聞くと明確な答えが返ってきます。世の中で起きているさまざまな問題、あるいはその問題が起きている状況を作品に込め、社会にわかりやすく伝える。それがアーティストの役割だと。
 たとえば、ピカソがスペイン内戦中の1937年に描いた「ゲルニカ」がそうですね。直接的に戦争の絵を描いたら、牢獄に入れられてしまう。だから彼は自分の技法を使い、面白おかしく変てこりんな絵を描いたんだけど、あれは「ゲルニカ」というタイトル通り、ドイツ空軍のコンドル軍団によってビスカヤ県のゲルニカが受けた都市無差別爆撃(ゲルニカ爆撃)を主題としている。彼はこの絵を描いているとき、ドイツ人に「君は何を描いてるんだ」と聞かれ「これを描いてるのは僕じゃない。あなたです」と答えた。これは有名な話ですけど、アートってそういうことなんですよ。
 あるいは、ジュネーヴにあるユネスコの前の広場に行くと、10メートルぐらいの高さのすごく大きな椅子がある。でも、四本脚のうちの一本は途中で欠けている。これは、地雷を表現しているんです。
 これを見たとき「コンテンポラリーだな」と思いました。それで、コンテンポラリー(contemporary)という言葉をあらためて調べると、conは「共有する」、temporaryは「時代」ですから、時代を共有しているものをコンテンポラリーと言うわけです。
石川 アートは、コンテンポラリーなものなんですね。
松嶋 うん。それで自分の料理も、土地に合った食材を、現在の技術を使いながらコンテンポラリーにしていこうと思ったんです。だからよけいなことはしない。「松嶋さんの料理がおいしかった」と言われるよりも、「ニースの味が楽しめてよかったよ」と言われるほうがいいからね。

●土地を感じるために、自分を空っぽにする
石川 いまのアートに関する話は、以前、啓介さんから聞いたエピソードともつながりますね。フランスで修業していた時に「お前みたいに料理が下手な日本人は見たことがない」と言われた(笑)。でも、啓介さんは料理の発想に興味があって、シェフにしょっちゅう「どういう発想でこの料理を考えたんですか?」と尋ねていた。つまり、何をどう感じて、それを表現したのかということに興味があったわけですね。
松嶋 一番最初に、誰も考えていないことを見つけていく。僕はそこに興味があったから、修業中は「シェフ、なぜこれを考えたの?」と聞いていた。そうすると「俺の地元にはこういう生産者がいて、こういう食材がずっと根付いてきている。俺は、この食材をどうやったら今の人たちに食べてもらえるかと考えながら料理している」などと返ってくるんですよ。あるいは「この土地には昔、◯◯さんというおばちゃんがいて、こういう料理をつくっていた。俺はそれを今風によみがえらせたいと思って、この料理を考えた。それでできたのがこれだ」とか。だから、「つくり方を教えてください」じゃないんですよ。
 でも、多くの日本人シェフはつくり方を教えてほしいと思ってフランスに来るから、すぐに「レシピください」って言います。日本で修業してきているから技術はある。だから見よう見まねで表面的なデザインの真似ばかりしてしまう。でも、言語力がないから「なぜこれが誕生したのか」ということを聞けないんです。
 なにか言うにしても、「この食材は何度で何時間加熱したらこうなるんだな」とか「ここでレンズ豆を組み合わせているのは面白いですね」ぐらいしか言えない。だから僕とは、話している論点が全然違うわけです。僕はシェフとの対話を大切にして修業していた。どこにどういうふうに旅をすれば、どういう行動をすれば料理を極めることができるのか。そういうコツを修業中につかんでいたから、別に技術なんて要らないと思っていました。
石川 そこが啓介さんの面白いところですよね。
松嶋 その発想法は料理だけでなく、すべてに応用が利くわけです。
石川 啓介さんは世界各地の料理を、自分のものにしている。そんな人っていないですよね。その土地にふらっと行った時、何をどう感じたらいいのか。啓介さんはそれをよくわかっているから、料理がアートになる。そして、感じたことをレシピにするロジックもあるわけですよね。
松嶋 料理は基本的に「うま味・薬味」の違いですね。土地ごとのうま味・薬味が絶対にある。その2つをその土地の食材で表現すれば、その土地の人がおいしいと言ってくれる。そういうロジックも絶対にあるわけです。それさえ踏み外さなければ、どの土地のどの市場に行っても、そこにある食材でおいしいものをつくれるんです。
石川 その土地で何かを感じようとする時は、何をしているんですか?
松嶋 ジョギングと歩くこと、あと自分を空っぽにする努力をする。
石川 『エクセレント・カンパニー』という本を書いたトム・ピーターズという有名な経営コンサルタントが「イノベーションに一番重要なのは、学ぶことではなく忘れることだ。忘れることが意外と難しい」と言っていました。まさに、自分を空っぽにするということですね。
松嶋 人間って視覚からのインプットがすごく多いんだけど、頭が固かったらそれが入ってこないんですよ。とにかくその土地に行ったらリラックスして、スポンジのように一度全部絞り出した後に景色を見ながらそこを走る。そうやって「百聞は一見に如かず」の状態を自分でつくっちゃう。そうすれば、見えることすべてからインスパイアされるようになります。

●イギリスの発酵食品はお茶だった!
石川 以前、ロンドンから電話もらったときも走っていたんですよね。
松嶋 そうそう。ロンドンで走りながら「なぜこの国では保存食がないのに、人が定住しているんだろう」と考えていたんです。僕のロジックでは、保存食がないと人は定住しないんですよ。イギリスにはそもそも保存食がない。だからうま味がないし、まずいものばかりで、生きるために食べられればいいというような印象があった。
 フランスとは全然違うんですね。フランス人は「生きる喜びは食べる喜び」と考えますが、イギリス人は「生きるために食べられればいい」と考える。でも世界中を見回してみてもわかるように、保存食がないことにはその周りに社会を形成できないんですよ。
石川 フランスの保存食ってどういうものがあるんですか?
松嶋 たとえばチーズがそうですね。
石川 イタリアだと瓶詰のトマトがありますね。
松嶋 フランスやイタリアには保存食がたくさんあるんですけど、イギリスではチーズもそんなに多いわけではない。僕は「イギリスに保存食がないのはなぜだろう? 絶対に何かあるはずだ」と考えながら走っていた。すると、「thé」という言葉が目に入ってきたんです。フランス語でお茶は「thé」ですよね。それを見て「ああ、イギリスの保存食はお茶だ。イギリスはお茶がおいしいよね。フランス人もお茶を飲むのが好きだしな」と思ったんです。
 さらに走り続けて住宅地みたいなところに入ったところでは、もう確信しました。「イギリス人はお茶好きで、ガーデニングしながら家の裏側でお茶飲んでいる。発酵食品ここにあり」って。
石川 お茶が発酵食品と結びついたわけですね。
松嶋 ええ。僕らは食生活の中で発酵食品をとっていて、そこには必ずうま味が入ってます。うま味って、人をほっとさせるんですよ。でも、うま味が全然入っていないイギリスの食事だけでは、ほっとすることができない。じゃあ、どこでうま味をとっているのか。それがお茶だったんですね。
 彼らが紅茶をあんなに飲むのは、「ハーッ」と息を吐けるからです。お茶を飲むと、ほっと一息つけますから。そこで僕は「ああ、ホットティーだ。ティーはホッとさせてくれる」と気づいたんです。
石川 いまのはギャグですよね?
松嶋 このことがわかった瞬間、僕は善樹に電話をかけて「大発見があるんだ。ホットティーだ!」と言ったんですよね。
石川 あのときはびっくりしました。
松嶋 うま味をとり入れると息が吐ける。人間は息を抜かないことには生き抜けない。これも一応ギャグですよ。
石川 わかりますよ!

●料理はその土地で育まれたアート
石川 以前、啓介さんと一緒にニースからミラノまでドライブしたことがありましたよね。海沿いに走ってすごい景色が見えたところで「善樹どう?」と聞かれて、僕は「ほっとしますね」と言ったんです。啓介さんはその時「その感覚を料理で表現するんだ」とおっしゃっていた。それを聞いて「そうやって発想するんだ」と思ったんですよ。あれは僕の中でもすごく印象的でした。「景色、きれいですね」と言ったら、「そういう感覚を込めるのが料理だ」と。
松嶋 料理って、その土地で大切に育まれているアートなんですよね。その土地に根付いたアートがずっと伝承されていく。面白いことに、アートには伝統と革新という2つの要素があり、常にデザインが変わっていく。
 昔は鍋でやっていて、その後フライパンになったかもしれない。あるいは、今後は真空調理になるかもしれない。そうやって時代の変化とともに技術というデザインは変わっていくわけですが、フランスはそういうのがすごく得意なんです。伝統と革新という言葉を使いながらどんどんアップデートしていくんです。
石川 「デザインとは、今あるものを古くする技術である」という言葉を聞いたことがあります。デザインは今まであるものを古く見せる。デザインされた瞬間に、それは新しくなるじゃないですか。そうすると、今までのものが古く見えるんですよ。今まであったものを古く見せる技術がデザインで、古く見せない技術がブランディングであると。ブランディングができた状態でデザインしていかないと、どこに行き着くのかよくわからなくなってしまうんです。
 啓介さんはニースで暮らしながら、ラタトゥイユやスズキのパイ包み焼きなど、ニースの伝統料理をうまくデザインしています。土地に根ざしながら、新しさも感じさせる。でも、自己顕示欲はないじゃないですか。
松嶋 まったく新しい食材を組み合わせて、「どうだ、俺を見てくれ」とアピールするような料理って食べると疲れちゃうんですよ。でも、人々は往々にしてオリジンに根差したオリジナリティーを持たない料理を評価してしまう。
 僕は最近の若いシェフたちがつくる料理にはうんざりしています。愛情を感じないんです。とにかく自分がどこに根ざしているのかが見えてこない料理が増えてしまっている。では彼らは、その愛情をどういうふうに表現しているか。たとえば「僕は丹精を込めてつくりました」とか言うんですけど、僕は次のように言います。「丹精なんか込めなくていい。それよりも自分たちがどこに足を置き、根を張っているか。そこにたいする敬意を持ったらいいんじゃない?」って。

[構成:斎藤哲也]