日本思想史の名著を読む

最終回 「日本国憲法」

「無意識」と日本国憲法

 現在の政権が憲法改正の具体的な手順にふみこむ方針を明らかにしているせいで、日本国憲法をめぐる議論は、ここ数年きわめて活発になっている。ほんの五、六年前には、高校生用の教科書に「近代立憲主義」という言葉を入れようとしたら、教育現場ではわかりにくいという苦情をつけられたことがあったが、いまや「立憲」の名を冠した護憲派政党が登場するくらい、「立憲主義」の大合唱のような状況になってきた。
 そこでは、これまでの護憲論にも改憲論にも含まれていなかったユニークな指摘も現われている。そのなかで注目に値するのは、柄谷行人『憲法の無意識』(岩波新書、二〇一六年)であろう。柄谷もまた、第九条の戦争放棄・戦力不保持の規定を主眼とする護憲論の論陣を張っているが、その議論の根拠づけが独特なのである。
 柄谷は、連合国軍最高司令官、ダグラス・マッカーサーがその回想録で、戦争放棄の規定は幣原喜重郎首相が提案し、それを配下の総司令部(GHQ)による憲法草案にとりいれたと述べているのを事実と認める。ただし回想録も、また幣原側の記録として残っているメモも、どちらも日本の再軍備へとアメリカが方針を転換したあとに公表されたもので、その正当化のために創作された疑いもあり、信憑性はそれほど高くないだろう。
 だが、柄谷の議論はこれがGHQとアメリカによる「押しつけ」であったかどうかという点にこだわるものではない。占領軍による強制がなければ、日本国憲法が誕生し、民主化をめぐるさまざまな改革が行われなかったのは確かだった。その外からの強制を通じて生まれた日本国憲法を、占領軍が去って日本国が独立したあとも、日本国民が支持し続けているのはなぜなのかを問うのである。
 そうした第九条支持の根柢にあるのは「無意識の罪悪感」だと柄谷は指摘する。侵略戦争を続けた近代の日本国家の歴史の総体に対する悔恨が、日本人の心理の「無意識」の次元に潜んでいる。それが一種の強迫として働き、平和主義の普遍的な理想を支持する態度を、世代をこえた「文化」として定着させてきた。したがって、第九条の趣旨を否定するような憲法改正案を国会が発議したとしても、国民投票の場面でこの「無意識」が働いて、否決されることになるだろう。柄谷はそう説いている。
 最近に出た研究である、境家史郎『憲法と世論――戦後日本人は憲法とどう向き合ってきたのか』(筑摩選書)によれば、占領からの独立の直後、一九五二年の世論調査の結果では、戦争放棄の規定に対する評価は消極的で、むしろ再軍備のための憲法改正を支持する声が多数を占めている。日本国民は、憲法第九条が登場したとたんにそれを歓迎したわけではない。その後、保安隊・自衛隊が発足し、再軍備が実現するようになると、それを警戒して第九条維持の声が多数を占めるように変わるが、自衛隊をも否定するような完全非武装を支持する人々は一貫して少数である。
 柄谷の言う「無意識」は、平和を追求するが、自衛としての最小限の武力は保持しようという常識として、世論調査の数字には現われている。そうした姿勢は憲法第九条、とりわけ戦力を保持しないと定めたその第二項の文言とは明らかに食い違っているから、国民の「無意識」がそうした矛盾を抱えたものなのか、あるいはもっと深層にある「無意識」では完全非武装を志向していると考えるか、見解のわかれるところだろう。
 いずれにせよ重要なのは、国民の心理における内奥からの強制として柄谷が描きだした、憲法第九条に対する支持の定着ぶりである。憲法の平和主義に関する初等・中等教育の教科書の記述や、護憲派の論者が一般むけに書いた著作には、憲法が政府の行動をめぐるルールではなく、あたかも道徳規範であるかのような調子が漂うことが多い。皮肉な言い方をすれば、戦後の日本社会において憲法第九条は、教育勅語に代わる一種の国民道徳として根づいているのである。

「三大原理」と非武装規定

 日本国憲法に関しては、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義をその「三大原理」としてとりあげるのが、学校教科書でも憲法学の概説書でも通例になっている。だがもちろん、憲法典そのものがこの三つをとりあげて明示しているわけではない。これは、最初に出た本格的な注釈書である、法学協会編『註解日本国憲法』上巻(有斐閣、一九四八年)がそう書いたものが、踏襲され続けているのである。
 憲法は前文を除けば、法律の具体的な条文という形で書かれている。したがって、そこにこめられた思想を理解するためには、たとえば『註解日本国憲法』のような解釈書の助けを借りなくてはいけない。この本は、憲法学者、鵜飼信成と行政法学者、田中二郎を中心に、東京大学法学部の研究者たちによって執筆されたものだったので、この本が「基本原理」として右の三点を指摘したのが、斯界の権威的見解として受け継がれたのだろう。ちなみに、東大の法学部で当時憲法学講座を担当していた宮沢俊義による著作は、この三大原理というとらえ方を採用していない。
 では、憲法を公布した日本政府自身はその原理・原則をどう説明していたのか。一九四六(昭和二十一)年十一月三日――明治節の日である――の公布と同時に、吉田茂内閣は、パンフレット『新憲法の解説』を発行した。これを再録した髙見勝利編『あたらしい憲法のはなし 他二篇』(岩波現代文庫、二〇一三年)の編者解説によれば、主に内閣法制局の参事官たちによって原稿が作成されたものだという。その「総説」ではやはり三点を、新憲法の「基調とするところ」として挙げている。
 しかしその内容は、『註解』の三大原理とは微妙に異なる。「徹底した民主主義の原理」と「基本的人権の擁護」と「戦争放棄の大原則」。そのなかでも第二点としての基本的人権に関しては、項を改めて説明を重ね、その歴史上の意義を論じている。戦前の大日本帝国憲法との最大の違いを、人権規定に求めているのである。これは憲法前文が冒頭近くで「自由のもたらす恵沢を確保し」と述べるのに対応しているが、前文よりもむしろ、本文の第三章における人権の諸規定を「新憲法の基礎をなす重要な部分」と見なす解釈に基づくのだろう。ところが、「主権が国民に存する」と前文でも第一条でも謳っているのに、「基調」の一つとして論じるさいには「主権」の語を用いていない。
 「戦争放棄の大原則」についても、『註解日本国憲法』の理解とは異なる見解を示している。憲法第九条は絶対的な戦争放棄の理念を述べたものであり、自衛のための戦争も、国際連合の一員として侵略国家に対する制裁戦争に加わるのも認められないと『註解』は説く。したがって日本は徹底した非武装の道を選ぶべきであり、将来国連に加入することになれば、集団安全保障によって守ってもらえるので、他国からの侵略があっても心配はないという態度をとった。
 これに対して『新憲法の解説』の第九条と自衛権との関係をめぐる解釈は、微妙なニュアンスを含んでいる。そこではこう説かれている。「日本が国際連合に加入する場合を考えるならば、国際連合憲章第五十一条には、明らかに自衛権を認めているのであり、安全保障理事会は、その兵力を以て被侵略国を防衛する義務を負うのであるから、今後わが国の防衛は、国際連合に参加することによって全うせられることになるわけである」。刊行の当時、現実に予想される展開としては、『註解』と同じく国連が日本の防衛を肩代わりしてくれる事態を考えているのだろう。
 だが、ここに引かれている国際連合憲章第五十一条は、国連による集団安全保障がまだ機能していないあいだには、各加盟国に「個別的または集団的自衛の固有の権利」を認めたものである。その後憲法学界の主流見解となった『註解』の完全非武装論とは異なって、憲法第九条のもとでも何らかの武力をもち、個別的自衛権と集団的自衛権を行使できる可能性を、憲法公布当時の政府は示していたのだった。

幻の「国民主権」

 そして先にふれたように、『新憲法の解説』が三つの「基調」の一つとして「民主主義の原理」を挙げるとき、それを国民「主権」とは表現していない。このことは、この本が第一章「天皇」でふれているように、新憲法の制定によって「國體」が変わるか否かについて、国会で激論が交わされたさいに、政府が曖昧な態度をとったことに関連しているのだろう。「主権」の所在を「国民」に定めているのは条文から明らかであるにしても、それが帝国憲法からの変更点であることを明示したくなかったのである。
 しかしそもそも、ドイツの国法学において、国家のもつ最高の統治権として概念化されたような「主権」の理論を、日本国憲法は前提としていないのではないか。そうした疑念が、古くは松下圭一『市民自治の憲法理論』(岩波新書、一九七五年)、最近では篠田英朗『集団的自衛権の思想史――憲法九条と日米安保』(風行社、二〇一六年)によって提起されている。たしかに、憲法草案の起草者たちの母国であるアメリカ合衆国の憲法には主権の規定が存在しない。前文が「主権」の言葉を用いるとき、そこで述べているのは、「日本国民」(英文版ではthe Japanese people)が「信託」(trust)を通じて政府権力を構成するという、ジョン・ロックの政治理論に似た論理にほかならない。
 ただ、これがドイツ流の主権理論でなく、アングロサクソン流の立憲主義を表明したものと読むにしても、憲法前文の文章はやや問題を含んでいる。「信託」について述べたくだりには、「国政」(government)について、「その権威は国民(the people)に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」と書かれている。『新憲法の解説』も指摘するように、明らかにエイブラハム・リンカーン大統領がゲティスバーグ演説(一八六三年)のなかで述べた言葉、“government of the people, by the people, for the people”を念頭において、デモクラシーの原理を示した表現である。
 このリンカーンの言葉で最初に登場する“government of the people”という言葉の意味をどうとらえるか。政治学者、内田満のエッセイ「of-by-for演説考」(『可能事の芸術と現実の間で――私と早稲田と政治学』三嶺書房、二〇〇〇年、所収)は、英語学者による議論も参照しながら、このofは動作の対象を示す前置詞だと説いている。すなわち、「人民を(of)支配するとはどういう営みか」とまず問題提起し、人民自身がその営みの主体となる(by)もので、内容としては人民の福利を目的としなくてはいけない(for)と説いた文句であった。
 そうして見ると、ゲティスバーグ演説の三つの言葉に対して、日本国憲法の前文は、ofの部分を取り除き、byの部分を権威の根拠としての「国民」全体の意志と、その「代表者」の活動との二つに分けて提示しているように思われる。“government of the people”の要素を欠いたまま、政府に対する国民からの「信託」が説かれていると言えるだろう。そのことは、国民自身が政治権力を行使する統治者となり、その責任をとるという、デモクラシーの原理のもつ厳しさを、見失なわせる原因になってはいないか。大げさに言えば、これが現行憲法における最大の「憲法問題」の一つかもしれないと思うのである。(完)

*「日本思想史の名著を読む」は今回で最終回となります。本連載は、PR誌「ちくま」連載分とあわせて、『日本思想史の名著30』(ちくま新書)として今夏に刊行の予定です。

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