生き抜くための”聞く技術”

最終回
テレビに忍び寄る「ヘイト」と「フェイク」

テレビのニュースだから正しい、とはもう言えない

 これまでトランプ大統領をめぐる状況などフェイクニュースの具体的な例を何度か話してきたよね。でもそれらの多くはネットが拡散に使われたケースだった。つまりフェイクニュースと呼ばれるものや、ヘイト的な言動は、主にネット上で起きていることだったんだ。でもそれだけではすまないことを、ぼくはある日思い知ることになった。
 2017年1月に放送された東京MXテレビの『ニュース女子』という番組が、沖縄の基地問題を取り上げた。生放送は観ていない。でも噂を聞いてから、ネットにあがっている動画を観て驚いた。それどころか、ショックを受けたと言ってもいい。その理由は、まさに「ヘイト」、「フェイク」と言ってもいい内容が、放送法という法律に縛られる地上波テレビで流れたことに強いショックを受けたのだ。
 番組が取り上げたのは、沖縄の基地反対運動だ。当時、沖縄本島の北東部の東村・高江という場所に、アメリカ軍のヘリパッド六つを建設する工事が進められていた。ヘリパッドはヘリコプターが離着陸できる場所のこと。近くに住む住民たちは、集落を取り囲むようにヘリパッドができることに怒っていた。騒音は激しくなるし、当然危険も増す。なんとか工事を阻止しようと、彼らは抗議活動を続けていたのだ。
 その活動を取材するなら、当然のことだけれど、現場に足を運ぶ必要がある。ところが番組のリポーターは、その数十キロも手前のトンネルの前までしか行っていない。その理由は現地に行くと危険だというアドバイスを地元の人から受けたため、といったナレーションが入る。画面にも「過激デモで危険な行為」という文字が出たうえで、リポーターは「はるばる羽田から飛んで来たのに、足止めをくっている状況なんです」とカメラに向かって悔しそうに語りかける。
 彼らが取材した少しあとに、ぼくも現場に取材に行ったけれど、危険どころか、抗議活動は整然と行われていた。記者仲間に聞いても、答えは同じだった。その数ヶ月に前には反対する住民と機動隊との間で騒然とした場面があったけれど、もう山は越していたと言ってもいい。それなのになぜ、現場のずっと手前までしか、行かなかったのか。反対運動をしている人たちが危険な人たちだということを印象づけるための演出ではないか。そう疑われても仕方がないだろう。
 それだけではない。
 VTRが終わったあとのスタジオでは、リポーターとゲストたちが居酒屋トークのようなやりとりを交わしていく。
 反対運動をしている人たちは凶暴でカメラを向けると襲撃してくる。反対しているのは沖縄の人ではなく、日当をもらっている本土の活動家であり、さらには韓国人、中国人が参加している。なんでこんな奴らがやっているのか、地元は怒り心頭だ。さらにバックには金を払っている黒幕がいる。
 あげればきりがない。根拠もないデマを、みなが笑いながら、時に茶化すような口調で話していく。
 東京MXテレビは放送地域が東京に限定されているとはいえ、認可を受けたれっきとしたテレビ局だ。それが、反対している人は日当をもらっている過激な活動家だと、ネット上のごとく決めつけているのだ。もちろん取材していると、沖縄の状況を見て見ぬふりできず、自主的に駆けつけた本土の人と現場で出会うこともある。しかし大多数の人々はわき上がるような思いで反対している地元の人なのに、彼らの思いにはまったく触れようともしない。
 これまで沖縄ヘイトとも言える内容は、ネット上にはあふれていた。たとえば沖縄の翁長知事は中国のスパイで、沖縄を中国に売ろうとしているといった言説だ。
 そうした「ヘイト」や「フェイク」が、地上波にも忍び寄ってきたのだ。この状況をどう捉えればいいのか。MXテレビのチェックが甘くて、たまたま電波に乗せてしまったということだろうか。もちろんそれも大きい。でもネット上にあふれる言説が人々の心にすり込まれていった結果、コップの水があふれるように地上波にも流れ込んできたとも言えるのだ。

間違った認識が拡散されていく

 こうしてテレビにまでヘイトやフェイクが流れると何が起きるのか。
 この番組について、大学生たちと話したことがある。彼らに感想を尋ねると、こんな答えが帰ってきた。
「沖縄で反対運動をしている人たちは、日当をもらっていると聞いたことがありましたが、やっぱりそうだったんだって思いました」
「どうしてこういうことを、大手メディアは報じないのでしょう。みんな本当のことを知りたいのに」
 こうした感想を持った学生が、少なからずいたのだ。
 無理もないのかもしれない。沖縄に行ったことがなく、あっても反対運動の現場にわざわざ行くはずもない。日々ネットを見ていると、いつの間にかそうした情報を目にしたり、耳にしたりする機会もあるに違いない。そうした情報はいつの間にか、記憶のヒダの中にすり込まれていく。そうした下地があった上でさらにテレビという媒体で目にし、耳にする。ゲストたちが当然のように話す。やっぱりそうだったんだと、一流と言われる大学に通う学生たちですら思うのだ。多くの人たちがそんな思いを抱いたとしても不思議ではない。

 この原稿を書いている最中、『ニュース女子』が3月いっぱいで打ち切りになるという情報が伝わってきた。東京MXテレビが発表したという。ただフェイクニュースが生活のあちこちに広がりつつあるという流れを、そう簡単に止められるとは思えない。
どうやってデマを見抜き、足をすくわれないようにするか。大事なのは常に疑い、自分の頭で考えること。とてもシンプルなこの習慣を身につけていけば、少なくとも不確かな情報に接したとき「これは簡単に信じてはいけないぞ」というシグナルを自分の中で発することができるようになるものだ。
 なかなかきつい時代ではある。でもあふれる情報の波をきちんと泳ぐことができれば、これほどたくさんの情報を集められる時代もないはずだ。そう信じるしかない。

 これまで連載につきあってくれて、ありがとう。少しでも役にたてたとしたら、こんなうれしいことはない。

 

この連載をまとめた書籍『本質をつかむ聞く力 ─ニュースの現場から』好評発売中!

関連書籍

松原耕二

反骨 翁長家三代と沖縄のいま

朝日新聞出版

¥1,093

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入