考える達人

第16回 砂糖、塩、油から人間を解放する  
松嶋啓介さん:後編

フレンチのシェフ、松嶋さんとの対談の後篇です。 「アートはコミュニケーション」だから、料理を通して人間や社会を解放したいという松嶋さん。ひょっとしたら、次のニース市長に・・・・・・?

●AIにコンセプトはつくれない
石川 啓介さんと僕らはいま、AI(人口知能)が考えた料理を出す食事会をしていますよね。AIが得意なのは思いもよらない組み合わせを見つけることです。でも、あるひとつのコンセプトに沿って組み合わせることはできない。つまり、コンセプトを学ぶことがまだできない。たとえば、AIは「南フランス」というコンセプトで料理を組み立てることはできないんですよ。
松嶋 コンセプト(concept)のconは「共有」、ceptは「キャッチする・つかみ取る」という意味です。コンセプトというのは、多くの人の心をキャッチしないと成り立たない。そのなかには、不合理なものも入っていますよね。
 でも、AIが出してくる答えって、今の時代の人たちの悩みを全部リサーチし、エビデンスを集めたうえで出しているわけじゃないですよね。あくまでも、効率的に集められるデータから導き出すものにすぎません。だから、非効率的だったり非合理だったりする問題に対する答えやコンセプトをAIが出せるかというと、出せないんですよ。
石川 任天堂のWiiを考えた玉樹真一郎さんが、『コンセプトのつくりかた』という本を出しています。これはすごく面白いんですが、次のようなことが書かれています。いろんな人が「自分はこうなりたい」「社会はこうあってほしい」というヴィジョンを持っている。それはひとりで考えているぶんにはいいんだけど、複数集まるとひとりひとりがバラバラになってしまう。複数のヴィジョンが抱える複数の問題を一気に解決するのがコンセプトである、と。
 たとえばニースであれば、そこに住んでいる人たちはそれぞれ違うヴィジョンを持っているんだけど、「それは違うね」と言っているだけだとコンセプトにならない。
松嶋 世の中のカオスから新しいコンセプトが生まれる。だから、いろんな情報を得て、それらを咀嚼するというプロセスが必要です。

●毎日を旅にする
石川 自分なりのコンセプトを見つけるために、何をすればいいですか。
松嶋 旅をしなきゃいけないし、それに加えて、自分の人生が毎日旅だと思えているかどうかが大事だと思います。
石川 ぼーっと何も考えずに通勤するか、何かを感じようとして通勤するかでも全然違いますからね。
松嶋 毎日同じ方法で通勤しなきゃいいのに、と思いますよ。僕なんか、寄り道しかしてないから。そうしたら毎日が旅になるわけですよ。
石川 スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーも、毎回クルマのルートを変えて会社に行くそうです。そうすると、「ああ、ここ通れるのか」という発見があります。
松嶋 もう一つ大事なのが、咀嚼です。一日の旅を本当に自分で咀嚼しているかというと、みんなしてないでしょう?  たいていの人は一日を無駄に過ごしているから、1日を振り返らない。だから、ルーティーンと思っちゃ駄目なんです。ルーティーンと思わせているのは自分だから。
石川 僕は「どうして旅をしなきゃいけないのかな」と考えことがあります。何かよいものをつくろうとする場合、既知のよさと未知のよさがある。既知のよさにかんしては、メディアを見ればだいたい書いてあるし、お店に行けばそういうものが売られている。でも既知のよさを追いかけても、何も起こらないじゃないですか。
 では、未知のよさとはどういうものなのか。自分ですでにいいと思っていることじゃないところに未知のよさがある。だから自分にとってすごく無駄に思えること、非効率的に思えることをやらざるを得ないと思うんです。それが未知のよさにたどり着くための近道なのではないかと。
だから、旅って未知のよさに気づきやすくなるんです。旅をしていると、自分が普段しないようなことをいっぱいしますから。
松嶋 逆に言うと、ガイドブックの写真を確認するような旅は、まったくもって意味がないですよね。何の情報も持たずに、わざとノープランでぶらぶらしたり、クルマを走らせる。やっぱり自分を空っぽにして動かないと、未知のものには出会えないんです。
石川 調べるよりもまずは体験する。先に体験すると、その後の学習も吸収が早いかもしれませんね。

●咀嚼できない時代
石川 アートは、人々に対する問いかけでもありますよね。作品を通じて、「自分はこう思うけれど、みんなはどう感じるだろうか?」と問いを投げかけるわけですから。
松嶋 ええ、アートはコミュニケーションです。アートというツールを通して、自分が見ているコミューンに対するアクションを取る。それがコミュニケーションです。アートによるコミュニケーションとは、自分が見てきている世界の問題をアートの作品に込めて伝えるということです。
松嶋 フランスは、なぜアーティスティックな国なのか。フランスはヨーロッパのすべての中心で、どこにでもアクセスできるから、つまり常に周りの国とコミュニケーションをとらなきゃいけないからです。そして、それはアートを通してコミュニケーションするんです。
 僕は、フランスから芸術文化勲章「シュヴァリエ」をいただきました。もらえると決まったとき、この勲章について調べてみたんです。日本の文化勲章は文部科学省の管轄ですが、フランスだと文化・通信省です。ここにも、コミュニケーションして人に伝えなければアートにならないという考えが入っているんです。
石川 文化とは、伝えるものだという価値観があるんですね。
松嶋 そうです。僕の技術がすごかったからではなく、日本にも世界にもフランスの価値を通信し、伝えきっているから勲章をもらえた。たしかにある技術を用い、なおかつ日本の文化を採り入れてフランス料理を進化させたかもしれないけど、それもまたコミュニケーションのひとつです。伝えているから、通信しているからこそ、芸術・文化・アートになっている。そういう評価なんですね。
 コミューン(commune)にたいするアクション(action)だからコミュニケーション(communication)で、いろんな国・土地・場所に行っていろんな人と対話する。そこでは異なる人種・年齢層の人とも話すわけですが、その人たちに伝えられる方法論は何か。答えは一つではないはずだけど、それを伝える方法を考えようと常に思っています。
 相手が鵜呑みにしてしまうようなコミュニケーションと、咀嚼や解釈をしてもらえるようなコミュニケーションでは、使う単語が違ってくる。鵜呑みにしているだけだと、頭に入りません。解釈できてはじめて、みんな腑に落ちて納得するんです。
石川 相手に考える余地を残して、問いを投げかけるわけですね。
松嶋 それが新しい教養だと思います。つまり、考えさせる教養です。まずは「これ、何だっけ?」と思わせて咀嚼させる。今の時代は、そういう考えさせる問いを発信できるようにならないと駄目ですね。
 食べ物も同じです。みんな今、噛まないでしょう。本当に咀嚼のない時代になっちゃった。本来であれば、ひとりひとりがいろんな解釈をもって生きていかなきゃいけないんだけど、咀嚼しない。今は解釈がない時代で、頭の中だけで考えて知ったかぶりしてる人たちがたくさんいる。自分のアイデアがない人ばかりだから、常に時代のリーダーを求め続けるという状況になっている。でもその時代のリーダーも人だから悪い時や駄目な時もあって、そういう時にはすごく集中砲火を受けることになる。こういうことを繰り返すようになったのは、みんなが咀嚼しなくなったからです。みんな解釈していないし、腑落ちした人生を過ごしていない。
石川 たしかに咀嚼できない時代になっている感じがしますね。

●砂糖、油、塩からの解放
石川 この間、ISSEY MIYAKEのデザイナーをしている宮前義之さんが「シャネル以降、新しいコンセプトは出ていなくて、その時々の流行りしかない」と言ってました。シャネルは女性をコルセットから解放し、女性の新しい生き方を提案したけれど、それ以降に出てきたものは文化になり得ていない。つまり、時代を超える普遍性を持ったものではなかったのではないか、とおっしゃっていたんです。
 新しいコンセプトが生まれないことと、咀嚼できない時代になってきたこととは何か関係がありそうです。
松嶋 おっしゃるとおり。僕らが今やろうとしていることは「解放」なんです。「砂糖漬け・油漬け・塩漬けになった社会から解放しようぜ」と。だから、しっかり噛む、咀嚼する料理を出すんです。
石川 砂糖・油・塩というのは手っ取り早くおいしくする方法ですよね。やせられない人って、砂糖、油、塩をたくさん使った食事ばかりしています。
松嶋 僕の言葉でいえば、アッパー系の味で、ほっとさせる味ではないんですね。
 僕のニースのお店は、1942~43年に人民解放軍(レジスタンス)の最高責任者、ジャン・ムーランが隠れていた場所なんです。僕もムーランの信念を引き継いで「俺も解放軍になってレジスタンス活動をしよう!」と思っています。つまり、資本主義が生んだ砂糖・油・塩から人間を解放しようと。
石川 まさにレジスタンス!
松嶋 この間、フランスの農業・水産大臣から農事功労賞をもらったので、授賞式でスピーチをすることになりました。「何を喋ろうかな。フランス語だと大変だし」と思いながら、ニース市長のスピーチを聞いていたんです。
最初は、あらかじめ用意した文章を読んでいるだけでした。でも、それを読み終えると、「ここからは私の大親友のケイについて語ります」と言って話し始めた。そうしたらまあ、かっこいい言葉がずらずら出てくる。その話を聞いていたら、こっちのテンションもどんどん上がってきちゃったんです。
石川 啓介さんは、どんなスピーチをしたんですか。
松嶋 まず「皆さん、こんなにうまいこと喋る市長の後で喋るのはけっこう大変ですよ」なんて言って笑いを引き出し、僕のこれまでの人生について話しました。
「この街は光が綺麗でみんな顔を上げていて、海が大きいから心が開いている。それが、この街に住み始めた一番の理由です。ここに長く住んでみて、最近いろいろと気づけたことがある。でも僕が気づけたこの世界に、あなたたちは気づいていない。僕はたまたま日本人だったから、気づけたこともある。15年間ニースに住んでいろいろな人にお世話になり、気づけたこと。これを今後、どうこの街に還元していくか。この街を通して、いかに世界をよくしていくか。僕はそういう鍵を見つけた。今後は今日いらっしゃる方々とそういうことをシェアしていければいいなと思っています。
 皆さんがよくご存知の市長はもともとスポーツ選手で、彼がニースを一歩前進させてくれました。ニースではスポーツの大会が増えましたよね。道路が1本なくなって、その代りに自転車用の道路ができた。そのおかげで、自転車で走りやすくなり、街の人たちが健康になった。これはすごく革命的なことで、こんなことをやっている市や市長はなかなかないですよ。
 しかもその市長から僕は賞をもらえてハッピーだ。皆さん、彼の師匠であるジャン・ムーランを知ってますよね。みんなまだ、あの人の価値をわかっていない。
 また、前市長は市民の健康のことを考えて料理本を出しました。世界中を見回してもそんな例は見たことがない。僕はいまだにあの料理本をバイブルとして使っているけれども、あの本の本当の価値に誰もまだ気づいていない。
 ニースのかつての市長は食に力を入れ、今の市長はスポーツに力を入れている。市長はスポーツ、僕は食を通して世界をこじ開けていきます。ご期待下さい」。そうスピーチしたんです。
石川 次の市長になっちゃうかもしれない(笑)。
松嶋 しかも僕は、かつてジャン・ムーランが隠れていたところで店をやってますからね(笑)。

[構成:斎藤哲也]