からだは気づいている

第3回 人は気づく間もなくブレーキを踏んでいる

人間行動学者の細馬宏通さんが、徹底した観察で、さまざまな日常の行動の謎を明らかにする連載の第3回です。 人は、実は気づく前にすでに動いている?! ぜひお読みください。

しのごの言わずにやってみる
 
机を運ぶときのように、誰かと共同作業を開始するとき、いつ動作を開始するかを自分だけで勝手に決めるわけにはいかない。かといって、あらかじめ時計をにらみながら、何時何分何秒いくつのタイミングで実行するとお互いに取り決めているわけでもない。お互いにタイミングを調整し、持ち上げのタイミングが重なるように配慮しなくてはならない。
 ここで重要なのは、こうしたやりとりでは、ことばによって動作の内容を意味づけるのでは追いつかない、ということだ。「いまわたしはまさに持ち上げようとしているところです」などと悠長なことを言っている間に、わたしは肝心の持ち上げのタイミングを逸してしまうだろう。
 ではどうすればよいか。実は、いちいちことばで意味づけるよりも早い方法がある。それは、実際に持ち上げる、ということだ。何かをしようとしていることを伝えるために、わざわざそれをことばにせずとも、実際にやってしまえばよいのだ
 
何かをしようとする動作が、そのまま、その動作がいままさに行われようとしていることを相手に伝えることになる。これがマイクロインタラクションの大きな特徴である。もしその動作がお互いの同期にいたることなく中途で終わってしまったとしても、それは単なる失敗に終わるわけではない。少なくとも、その人がその動作を行おうとしたことは相手に伝わるからだ。

「お試し」の機能
 2人のうちどちらかの動作が中途で終わっても結局うまくいくのはなぜか。ここで、前回の机運び分析で頻繁に見られた「お試し」という行動を思いだしておこう。机を手にした2人は、ちょっとずつ持ち上げて中断する「お試し」をしばしば行う。そして、「お試し」のすぐ後に持ち上げ動作は同期する。「お試し」をした者はすぐ後に同じ動作を繰り返し、もう一方の者もこの動作に合わせるからだ。では、1回目の「お試し」ではうまくタイミングの合わなかった2人の動作が、なぜ後になって合うのだろう。
 もし2人の参加者がそれぞれ、限られた時間の間、たとえば掛け声のかかっている間は持ち上げ動作をうまく合うまで繰り返そうとするなら、たとえどちらかの持ち上げが「お試し」に終わったとしても、掛け声のかかっている間に、また持ち上げ動作を行えばよい。そうすれば、何度かの「お試し」の後、結果的に2人はほぼ同時に、持ち上げ動作を合わせることができあらかじめ決まった時刻きっかりに行動するかわりに、動作のおおよその時間範囲を掛け声や他の手がかりによって示し、あとはお互いに小さな「お試し」を行いながら、最終的に同期にたどり着く。おそらくこれが、机運びのようなマイクロインタラクションでわたしたちが行っていることなのである。その詳しいやりとりはあまりに速すぎるので、意識的な気づきからもことばからも逃れてしまうけれど、「からだは気づいている」のである。
 

参考文献:
ベンジャミン・リベット(2005)『マインド・タイム』下條信輔訳 岩波書店
Levelt, Willem J. M. (1989) Speaking: From Intention to Articulation. Cambridge: The MIT Press.
Levinson, Stephen C. (2013). Action formation and ascription. In T. Stivers, & J. Sidnell ( Eds. ), The handbook of conversation analysis (pp. 103-130). Malden, MA: Wiley-Blackwell. 

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