世の中ラボ

【第95回】貧困問題の今を過去から未来まで考えてみる

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2018年3月号より転載。

 日本はもう「豊かな社会」でも「平等社会」でもないんだ! 私がはじめてそう認識したのは、橘木俊詔『日本の経済格差 所得と資産から考える』(岩波新書)が出た一九九八年だった。その伝でゆくと、今年は格差社会二〇周年なのである。
 もっとも、その当時はまだ、確たる実感があったとはいいがたい。格差がにわかに顕在化したのは、二〇〇〇年代に入り、小泉政権下で新自由主義経済への舵が大きく切られてからだった。二〇〇六~〇七年には「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」などに注目が集まって「格差社会」への認識が急速に広がり、〇八年のリーマンショック後はさらに拍車がかかって、貧困が大きな社会問題として浮上した。それから、ざっと一〇年。
 私たちは「八〇年代、九〇年代には一億総中流社会とかいってたのにねえ。なんでこんなことになっちゃったのかね」などと、つい口にしがちである。しかし、いま思うと「一億総中流社会」だって幻想にすぎなかったという気もするのだ。
 日本の「格差」あるいは「貧困」はいま、どんなことになっているのだろうか。気になる新刊書を読んでみた。

四つの「階級」がアンダークラスを支配・抑圧する
 まず「貧困」から。岩田正美『貧困の戦後史』は、貧困の「かたち」に着目した戦後史だ。〈戦後日本の貧困は、「復興」と成長の中で「減少」し、他方でバブル崩壊後の一九九〇年代半ば以降「増加」したという、「増減」として語られるのが普通〉だが、貧困の形態は時代によって少しずつ異なる。
 文字通り「食べるものすらなかった」敗戦直後。「みんな貧しかった」時代だが、「みんな」の最底辺にいたのは、食糧に加えて住宅も確保できなかった人たちである。焼け跡に行政がつくった一時避難用の住まい(壕舎)で暮らす「壕舎生活者」。海外から戻ったものの身寄りも住まいもない、復員兵を含む「引揚者」。そして、そのさらに周辺に追いやられたのが、地下道などで寝起きする戦災孤児などの「浮浪児・浮浪者」である。
 四五年一二月には「生活困窮者緊急生活援護要綱」が定められたが、実際の対策はひどいものだった。引揚者には寮が提供されるも「緊急開拓事業」として未墾地への入植が勧められる。浮浪児や浮浪者は治安の悪化を理由に「かりこみ」と称して寺などへの一斉収容が行われる。浮浪生活は〈餓死と隣り合わせの極貧である点において、本来は最も重大な貧困問題であるべきであった〉のに、特殊な形態だとして〈衛生や治安の観点からのみ問題にされていく〉。地方への入植者や浮浪児・浮浪者は差別の対象ですらあった。
 一九五〇年代の復興期には、デフレ不況と企業の合理化で失業者が急増。「緊急失業対策法」によって失業者対策事業(失対)がスタートし、職安が斡旋する「ニコヨン」と呼ばれる日雇いの失対労働者が増えた。一九六〇年の都市勤労世帯の平均実収入が三万六二〇円だったのに対し、職安日雇世帯の実収入は、その三分の一程度の一万一二五一円。とても救済策とはいえない。
 浮浪者は減少したが、「仮小屋」と呼ばれるバラック小屋のような家が増え、仮小屋が集まった場所は「バタヤ部落」などと呼ばれるようになった(「バタヤ」は廃品回収業のこと)。
 六〇年代の高度経済成長に発達したのは「寄せ場」である。寄せ場とは日雇や臨時雇いの労働力の売買取引をする場のことで、地区内に多数の簡易宿泊所(ドヤ)を持つ。よって寄せ場は同時にドヤ街でもあった。その典型が大阪の釜ヶ崎、東京の山谷、横浜の寿町だ。寄せ場の貧困は表面化しにくいが、収入は不安定で、世間が彼らを見る目も優しくない。「バタヤ部落」や「寄せ場」はやがて「不良住宅」が集まったスラムと見なされ、「都市悪」「問題地区」として「改良事業」の対象にされていく。
 以上のような流れからわかるのは、日本の行政は貧困を重大な社会問題とは考えず、一種の「病巣」とみなして常に排除と囲い込みの対象にしてきたという事実である。「一億総中流」の時代も、バブル崩壊後もそれは変わらなかった。〈貧困はつねに自らの個人的な努力で対処すべきものとされてきた〉と著者はいう。貧困を「自己責任論」で片づけるやり方は昔からだったのだ。
 では「格差」についてはどうだろう。
 橋本健二『新・日本の階級社会』はさまざまなデータの分析から、今日の「格差」について論じた本。現代の日本社会は〈もはや「格差社会」などという生ぬるい言葉で形容すべきものではない。それは明らかに、「階級社会」なのである〉という、いささかショッキングな指摘から、この本ははじまる。
 日本の経済格差は高度経済成長期から一九七〇年代後半までは縮小傾向にあったが、一九八〇年前後から広がり続けている。〈だから、格差拡大はもう、四〇年近くも続いているのである。いや、格差を縮小するためのまともな対策がとられてこなかったのだから、四〇年近くも放置されてきた、いってもいい〉。
 この本で興味深いのは「格差社会」ならぬ「階級社会のかたち」が具体的に示されていることだ。マルクス経済学でいう「資本家」「労働者」なんていう階級は現代社会に当てはまらないでしょう、と思ったら大間違い。二〇一二年の「就業構造基本調査」をもとに、著者は四つの階級を描いてみせる。
 ①社会の頂点に立つ資本家階級(従業員五人以上の経営者・役員)は就業人口比四・一%で、平均年収は六〇四万円。②その下の新中間階級(管理職・専門職・上級事務職)は二〇・六%で四九九万円。③底辺を支える労働者階級(単純事務職・販売職・サービス職・その他のマニュアル労働者)は六二・五%を占める(年収は後述)。④資本家と労働者を兼ねた旧中間階級(従業員五人未満の自営業者・家族従業者)は一二・九%で三〇三万円。
 資本家の年収が六〇四万円というのは少ない気がするが、これが従業員三〇人以上だと八六一万円に跳ね上がる。
 ところで、話はここでは終わらないのである。労働者階級は正規労働者と非正規労働者に分化しており、後者は「アンダークラス」と呼ぶべき五番目の階級と考えたほうがいい、それが本書の主張だからだ。その観点で労働者階級を描き直すと……。
 正規労働者は就業人口比三五・一%で、年収は三七〇万円。対するアンダークラスは一四・九%で、年収は一八六万円。
 就業人口比は旧中間階級より多く、年収は極端に低い。ちなみに貧困率で比べると、正規労働者が七・〇%、非正規労働者は三八・七%、女性に限れば四八・五%にのぼる。収入の差は二倍、貧困率は五倍。今日の階級社会では、上の四階級とアンダークラスの差が際立つ。だとすると、いまや上の四つの階級が〈一体となってアンダークラスの上に立ち、アンダークラスを支配・抑圧しているといえないだろうか。これは、いわば四対一の階級構造である〉。そのうえ、アンダークラスだけが毎年急増しているのだ。

貧困は「自己責任」、財政のお荷物、なのか?
 アプローチの方法はまったく異なる二冊だが、どちらの本も昨今の日本を覆う同じ現象を問題にしていることに注意したい。第一に、生活保護バッシングに見られるごとく、貧困に対する世間の目が近年厳しさを増していること。第二に、格差社会を容認し、貧困を「自己責任」ととらえる風潮が蔓延していること。
 かつての「浮浪者」から、九〇年代の半ば以降に急増した「ホームレス」、二〇〇〇年代以降に顕在化した「ネットカフェ難民」にいたるまで、行政の対策はいつも同じだと岩田正美はいう。〈いずれも、貧困のただ中にある人びとの「意欲」を喚起し、制度による支援によって、再び市場に参加して仕事ができるようになることが目論まれている。だが、貧困の責任をつねに個人に押し付け、市場や企業によって貧困が常に不可視化される中で、貧困者の「自立」を促すというのは奇妙な構図である。なぜなら、彼らの多くは、すでに何とかしようと努力してきたからである〉。
 一方、橋本健二は、アンダークラス以外の階級に属する人々が、格差の問題に概して鈍感なことに懸念を示す。〈資本家階級は、貧困層が増えているという現実を認めない傾向があり、また現在の格差が大きすぎるとも考えない〉し、〈新中間階級は、貧困層が増えているという事実は認めるが、格差が大きすぎるとは考えず、これを容認してしまう〉。所得再分配に関しては〈資本家階級・新中間階級・正規労働者はあまり支持しない〉。
 もしかして、こんなに喧伝されていても、世の人々は格差や貧困を私(たち)ほど深刻に考えていないのだろうか。
 ベストセラーになっている河合雅司『未来の年表』のことを思いだした。これは人口減少の観点から「二〇二〇年には女性の半数が五〇歳を超える」「二〇二四年には全国民の三分の一が六五歳以上になる」など、二〇六五年までの不吉な予測を並べて恐怖を煽る本なのだが、貧困に対する認識はどこか変。
 二〇四二年には団塊ジュニアなどの就職氷河期世代が高齢化し、〈貧しき独居高齢者が大量に誕生する〉。つまり〈老後に向けた貯蓄が乏しく、低年金、無年金という高齢者が将来的に増大するのだ〉と脅した後で著者はいう。〈仮に、こうした貧しい世代の老後をすべて生活保護で対応しようとすれば、20兆円近い追加費用が必要になるとの試算もある〉。貧困は政府の財政を圧迫する由々しき問題、としか考えられていないのだ。
 これでは自己責任論が横行し、貧困層への差別が加速するはずだわ。なるほど、新中間層も労働者もいまや人を抑圧する側なのだ。

【この記事で紹介された本】

『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』
磯田道史、NHK出版新書、2017年、780円+税

 

著者は一九七〇年生まれ。国際日本文化研究センター准教授(日本近世社会経済史ほか)。〈歴史学者が「司馬遼太郎」をあえて正面から取り上げ、司馬作品から入って、体系的に戦国時代から昭和までの日本史を学ぶ珍しい本〉と著者が述べている通りの入門書。司馬作品のエッセンスを巧みに抽出する手腕はさすがだが、司馬作品の暗部にふれていないのは「司馬譲り」の忖度ゆえ?

『新・日本の階級社会』
橋本健二、講談社現代新書、2018年、900円+税

 

〈もはや「格差」ではなく「階級」〉〈900万人を超える新しい下層階級が誕生。日本社会未曾有の危機〉(帯より)。著者は一九五九年生まれの社会学者(理論社会学)。ジニ係数、SSM調査(社会階層と社会移動に関する全国調査)から意識調査まで、あらゆるデータを駆使して現代日本の階級社会を描きだす。データ分析が詳しすぎて煩わしいのが難点だが、結論は説得力大。

『未来の年表――人口減少日本でこれから起きること』
河合雅司、講談社現代新書、2017年、760円+税

 

〈2039年 火葬場が不足〉〈2040年 自治体の半数が消滅〉〈2042年 高齢者人口がピークを迎える〉(帯より)。著者は一九六三年生まれの産経新聞社論説委員、大正大学客員教授(人口政策・社会保障政策)。急激な人口減少社会を睨んで、衝撃的な未来を予測。高齢者や若者の貧困を視野に入れつつも「国家の非常事態」という観点でしか見ていないので、人間味は希薄。

PR誌ちくま3月号

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