単行本

強く温かく優しいモンスターボール

『電遊奇譚』書評

PR誌「ちくま」5月号から作家の海猫沢めろんさんによる、藤田祥平初の単行本『電遊奇譚』の書評を転載します。同時期に早川書房より書き下ろし長編小説『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』も刊行され一躍ゲーム文学の旗手となった26歳の新たな才能とのシビれるような遭遇の記録。ご覧ください。

 ご存じかも知れないが、あるゲームではボールをぶつけることで、そのなかにモンスターをとじこめることができる。これは作品が人を魅了する様によく似ている。
 もちろん私もボールをぶつけられたことがある。あれはちょうど一年前の春のことだ。いつものようにインターネットにはりついてジャンクフードみたいな文章を摂取していた私は、たまたまあるゲームサイトにたどり着き、そこに掲載されているエッセイに目を奪われた。
 “私の母は私がゲームをプレイしているときに死んだ。”
 こう始められる冒頭から、すでに普通ではなかった。どうやらゲームにまつわるエッセイのようだが、珍しく書き手が成熟した男性であろうとしている印象を受けた。子供であることを良しとするサブカルチャーの世界では珍しい。
 読み進めるとその印象はさらに深まった。海外文学の影響がうかがえる翻訳風の文体。作者が出会う人物たちの見事な描写。一読して魅了された。読み終えると、いい文学作品を読んだときと同じようにみぞおちのあたりが熱くなった。インターネットにある文章を読んでこんなにも深く感じ入ったことは、もう長いことなかった。
 しかしこれは事実なのか? それとも虚構なのか? この作者は一体何者なのだろう? 本の一冊でも書いていそうだが、ネットを調べてもたいした情報がでてこない。驚いたことに、どうやらまったくの新人らしい。
 私は、過去にさかのぼって彼がネットで発表しているゲーム批評をあらかた読んだ。そこにはすでに以前読んでいたものもあれば、初めて読むものもあった。彼のエッセイは中毒性のある麻薬のようで、読み尽くしたあとは禁断症状が増すばかりだったので、この気分を誰かに報告したくなり、ツイッターに、
 ”おいおいおいおい……これ単なるゲームエッセイのレベルじゃねえぞ……。マジで純文誌に載せろよ。この人何者なんだ……”
 という短い一文をURLとともに投稿した。
 翌日、私のタイムラインは彼を称える見知らぬ中毒者たちの言葉で埋め尽くされ、リツイート数が見たこともない数になっていた。つぶやきはネットじゅうに拡散され、最終的に一万二千リツイートを超えた。十年以上ツイッターをやっていて、こんなことは初めてだった。クソリプと言われるくだらないレスがひとつもないことも不思議だった。
 この伝説的エッセイこそ、『電遊奇譚』に収録されている「ロンドンのルイージマンション」だ。
 改めて本書を読み返しても、連載時の印象は変わらない。センテンスの長い翻訳風の文体、ボルヘス、ヴィトゲンシュタイン、ベケット、永井荷風――引用される古今の文学者や哲学者。溢れ出るゲームと文学への愛情。
 著者が海外文学の形式を使うのは、多くの日本人が高尚であると思い込んでいる文体で、低俗だと思われているサブカルチャーを描く――などといった、そんな浅はかな戦略ではない。
 この著者はなにが高尚でなにが低俗かという議論を最初から問題としておらず、本気ですべてを同等に素晴らしいと思っており、そのことに強い誇りを持っている。
『電遊奇譚』は、ゲームと文学を愛するひとりの青年のエッセイだ。それ以上でも以下でもない。ただ、青年の身体には困難な生と不条理な死と、文学とゲームへの敬意がつまっていた。それだけのことだ。そんなありふれた話がどうしてこれほど胸を打つのか。
 それは『電遊奇譚』というモンスターボールが、強く温かく、なによりも優しいからだ。嘘だと思うなら読んでみると良い。すぐに中に入りたくなるはずだ。私たちは彼の旅に最後までつきあっていくことになるだろう。小さな黄色いネズミのように。
 それはとても刺激的で、痺れるような経験になるはずだ。

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