この情報はどこから?

第12回 
気づかないうちに、インターネットが私たちに隠していること

本当に必要な情報はどこにある?


  インターネットでは、メディアが発信したニュースは一見、平等に並んでいるように見えます。なるほど、ポータルサイトやSNSをスマートフォンでのぞけば、多くのニュースが同じフォントの見出し、同じ大きさの場所で毎日、掲載されています。

  しかし、その一本一本のニュースをよく見れば、伝統的な全国紙から、ゴシップ記事の多いタブロイド紙、不倫報道を連発する雑誌、とにかく速くて身軽なネットメディアまで、全く異なる性質のメディアのニュースがひしめき、そのニュースがどのような「背景」を持って書かれているかまではなかなか理解できません。しかし、私たちに今、求められているのは、あまりに膨大なニュースの海から、自分にとって「本当に必要な情報」をどれだけピックアップできるか、というスキルです。

  たとえば、大学生が企業に就職するために、希望する企業やその業界の評判、成長率などを調べようとする時、関連する記事を信頼性の高いメディアから選び、多く読み込まなければなりません。通り一遍の情報では、ライバルに勝てないでしょうし、運良く就職できたとしても、業界自体が斜陽になってしまっては、元も子もないのです。

 人生で何か大事なことを考えたり、決定したりする前には、必ずこうした作業が発生します。まず情報を集め、取捨選択するのです。適切な武器を装備しなければ戦場で勝てないように、私たちは熟練の戦士のように武器を見抜き、選ぶ力が必要です。ネットリテラシーやメディアリテラシーという言葉をよく聞きますが、大部分はこのスキルのことだと考えて良いでしょう。

 ところが、私たちには弱点があります。「確証バイアス」と呼ばれるものです。もともとは認知心理学や社会心理学の言葉で、自分の持つ仮説や心理的情況を検証する際、その仮説を支持、肯定する情報ばかりを信じてしまうことを意味します。

 この「確証バイアス」はくせもので、ついニュースでも自分に都合の良い、耳障りの良いものばかり見てしまいがちです。この連載の第2回でも取り上げた研究を覚えていらっしゃるでしょうか。

 ハーバード大学バークマンセンター共同所長のヨハイ・ベンクラー氏や、MITシビックメディアセンター長のイーサン・ザッカーマン氏らが、「ブライトバート」という保守系インターネットメディアを分析したところ、その読者は他のメディアから隔絶した状態にありました。
 
 ブライトバートは2007年に設立され、トランプ大統領の腹心と言われて首席戦略官兼大統領上級顧問まで務めたスティーブン・バノン氏が率いるメディアです。大統領選の時には、トランプ陣営に好意的な記事を多く発信していました。この研究では、トランプ大統領を支持する読者は、他のメディアのニュースよりもブライトバートが発信した記事を繰り返しTwitterやSNSでシェアしていたことが明らかになりました。

自分の好みに合わせて最適化されることの盲点

 つまり、自分の好むニュースをひたすら集め、読み、ユーザー同士でシェアしあい、独自のメディア生態系を作り上げていたのです。実は、確証バイアスをさらに加速させる装置がインターネットにはあります。それが、「フィルターバブル」です。

 この言葉を生み出したのは、アメリカの活動家、イーライ・パリサーさんです。彼が2011年に著した『フィルターバブル』(早川書房)によると、ある時、Facebookの自分のページから保守系の友人が消えていることに気づいたそうです。彼は保守系の人たちとは政治的な立場が違いますが、保守系の人たちの考えも知りたいと思い、わざわざ友人として登録していました。

 「しかし、彼らのリンクがわたしのニュースフィードに表示されることはなかった」とパリサーさんは書いています。なぜなのでしょう?

 ネットの進化してきた方向の一つが、ユーザーへの最適化でした。当たり前ですが、私たち一人一人の好みや考え方は違います。自分の見たいと思う情報や欲しいと思う商品があるwebサイトが「良いサイト」であり、当然のことながら多くのユーザー、つまりお客さんが集まってきます。

 ですから、webサイトはそれぞれ異なるユーザーが見たいと思う情報をユーザーに合わせて提示するようになります。これが、「パーソナライズ」です。たとえば、街の大きな書店で本を買うのと、Amazonで本を買うのとでは、同じような行為に見えて、全く異なります。大きな書店では書店のルールや判断によって本が集められ、本棚に並んでいますが、 Amazonの画面でさし出される本は私が今までAmazonで購入した本の履歴を参考に、Amazonが勧める本です。

 このようにパーソナライズされたネット書店では、「私が読みたい本」はどんどん見つかるかもしれませんが、実は今まで知らなかった本や好みではないと思っていた本、「私が知らない本」との出会いを失っている危険性もあるのです。


 しかし、パーソナライズはあらゆる大きなwebサイトに採用されています。その最たる例がGoogleやFacebookです。話を戻すと、パリサーさんのFacebook上から保守系の友人たちが消えたのは、彼が保守系の友人がシェアしてきた情報をクリックするよりも、自分に近い考えの友人がシェアしてきた情報をクリックすることが多かったことを、Facebookが把握しているからだろうと推察します。

 ほとんどの人が気づかないうちに、情報の取捨選択を勝手にされてしまっているというわけです。これを、パリサーさんは「フィルターバブル」と名付けました。今やネットではパーソナライズされたフィルターが仕掛けられ、私たちはバブル(泡)に包まれているかのように、自分が見たいと思う情報だけに囲まれた「情報宇宙」に包まれることになる、と指摘します。


 ネットで何か検索したり、ニュースを読んだりするだけでも、私たちの周りにはそれぞれ目に見えないフィルターバブルがあるのだと、まず知ることがとても大事なのです。 


この連載をまとめた『その情報はどこから?――ネット時代の情報選別力』 (ちくまプリマー新書)が2019年2月7日に刊行されます。

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