荒内佑

第20回
アメリカのベラ・ノッテ

4th Album『POLY LIFE MULTI SOUL』が発売されたばかり!!! 今、注目のバンドceroのメンバーとして多くの楽曲で作曲、作詞を手がける荒内佑が、〈日常〉とそこに流れる音楽の話を綴る大好評の連載。 更新は毎月1回、第4水曜日になります。

 
 いま、ぼくは「東京ベイ舞浜ホテルクラブリゾート」というホテルのロビーにいる。時刻は深夜一時過ぎ。さっきまで遠くからレストランの食器を片付ける音や、掃除機の音が聞こえていたが、さすがに静まり返り、灯りもほとんど消え、小さくムード音楽が流れている。ここのロビーは小学校の体育館ほどの広さもあって、あらゆる音が長く反響するのでそのBGMもどんな曲なのか分からない。人の気配はほとんどなく、時折気まぐれにガラス張りのエレベーターが上下に動くのが見える。真夜中のホテルのロビーが世界で一番安らぐ場所かも知れない。ディズニーリゾートの系列店なのも手伝って連想ゲームで『わんわん物語』の「ベラ・ノッテ」を思い出す。きれいな/きれいな夜/今宵はベラ・ノッテ/きらめく星の色も/やさしきベラ・ノッテ/愛する二人が肩を寄せれば/ときめく思いが/夜空にのぼる/静かな夢のように/星降るベラ・ノッテーーロビーのソファに深く沈み込んで歌詞を反芻してみる。幼少時にぼくは『わんわん物語』をVHSで、そうだな、2、30回は見ているはずだ。


 このホテルは12階建てで、中央が巨大な吹き抜けになっていて、それを四角で取り囲むように客室が配置されている。その吹き抜け部分が広大なロビーであり、イタリア風? 南フランス風? そんな感じの売店や土産物屋、レストランが戸建てで建てられている。大量の観葉植物と、街灯のような照明が並べられ、中心には噴水があり、その横は結婚式場だ。要は具体的にどこかよく分からないが、ヨーロッパ風の広場がホテルの中央にドカンとあるのをイメージしてもらえばいい。映画の撮影所に組まれた裏側が見えないセット、というのが一番近いだろう。つまりディズニーランドやシーと同じような空間。入れ子構造と、ディズニーが描くヨーロッパ(アメリカ国民が感じるヨーロッパへのエキゾティシズム)を愛する者ことオレにとって、この状況にうっとりせずにはいられない。


 理想が高過ぎる夢想家には現実が見えない、という意味においてドナルド・トランプは極度のロマンチストだとぼくは思っているが、同じトランプでもぼくは『わんわん物語』の主人公である野良犬が好きだ。野良犬のほうがよっぽど現実を知っているし、ロマンティシズムも持ち合わせている(ハリウッドのクリシェだが)。ベラ・ノッテを小さく口ずさみながらこのフィクションの広場を散策してみる、野良犬の気分で。子供の頃に見たディズニー映画が自分の価値観を一部規定しているのは、まぁ事実なのでしようがない。もちろんミートボールパスタも好物であるが、それも致し方ない。うろついていたら警備員に怪しまれたがそれも一興である。


 フランソワ・トリュフォーの名作『アメリカの夜』は英題を『Day for Night』、原題を『La Nuit américaine』という。これは日中に夜間のシーンを擬似的に撮る手法のことである。映画の冒頭は、それこそヨーロッパ(たしかパリ)の広場の光景から始まる。しかし「カット!」と声がかかり、カメラがズームアウトしていくとセットのハリボテの裏側が映り込み、観客が見ていたのは「映画内映画」だったと知る。あまりに有名なシーンだ。トリュフォーは映画をつくる映画を撮ったことで、つまり映画製作における滑稽さとハードさを描くことで映画への愛を謳った。ぼくはフィクションを一刀両断にするリアリストにも、全身ディズニーグッズで固めた幸せな消費者にも共感できないが、トリュフォーの眼差しが、自分のディズニーへの姿勢に一番近いのかも知れないと思う。アメリカの夜とは作られた虚偽の夜だ。そしてフィクショナルなこのホテルのロビーに充満するのは、静かな夢のように、ベラ・ノッテ、美しい夜だ。

 

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