上田麻由子

第19回・まぼろしの似顔絵

『ミュージカル「テニスの王子様」15周年記念コンサート Dream Live 2018』

 眼鏡の奥に光る、鋭い目。およそ中学3年生らしくない、たゆまぬ努力に裏打ちされた冷静さと、自信と、内に秘めた熱。中学テニス界にその名を轟かす、青春学園中等部テニス部部長、手塚国光。そんな彼がコートの中央に立って、いつもどおりの冷静さで、しかし気迫を込めて、11人の部員たちを呼ぶ。「新青学、集合!」その口から発された意外な言葉に、横浜アリーナに集まった約1万人の観客たちは悲鳴に包まれる。喜び、悲しみ、戸惑い、怒り、そして期待、さまざまな感情を込めた、悲鳴に。
 
無機物から有機物へ

 アニメや漫画、ゲームを原作にしつつ、若手俳優たちがそのルックスやスタイルを活かして、なにより一つの目標に向かってチームが一丸となり、立ち向かっていくその生き様を通して、キャラクターやその物語を演じる2・5次元舞台の歴史は、まさに2003年に始まった「テニミュ」こと、ミュージカル『テニスの王子様』とともにある。そのテニミュが今年、とうとう15周年を迎えた。

 15周年を祝う場所は、神戸ワールド記念ホール、そして横浜アリーナ。主人公である越前リョーマ擁する青春学園中等部が、全国中学生テニストーナメントでさまざまな中学と対戦し、勝ち上がっていく本公演の合間に、この「Dream Live」は公演で使われた楽曲のガラコンサートとして、2004年から行われている。初期は、まるでテニスコートを取り囲む観客席のベンチか、あるいは対戦者を隔てるネットの網の目のひとつにでもなったかのように、手に汗握りつつもじっとおし黙って、選手たちの戦いを見守っていた本公演を、この「ドリライ」ではセルフパロディも織り交ぜて振り返ったのち先へ進んでいく、ある種のお焚き上げのような役割があった。

 大きな転換点は、2ndシーズンに入って「ハイタッチ」が導入されたことだ。『Jumping up! High touch!』というシングルCDとしてもリリースされた、アンコールでのサービスナンバーで、キャストたちはキャラクターの扮装のまま客席に降り、曲に合わせて観客とハイタッチをする。あるいは「お見送り」として、ロビーにやはりキャラクターの扮装のままのキャストが待ち構えて手を振ったり、場合によっては言葉を交わしたりできる。試合を終えた選手に思う存分、拍手を送れるようにもなった。そのあたりから本公演のなかに「Dream Live」での要素が少し混ざり、ベンチやネットといった無機物だったわたしたちは、もう少し有機物に近いものとして試合を見守り始める。こうした舞台上と客席との距離の近づきは、2・5次元のキャラを演じるキャストが「アイドル」とどんどん似通っていく時代の変化に合わせたアップデートであり、15年という歴史を刻むうえで必要な変化だったのだろう。

青春が繰り広げられる学園で

 それ以外にも、今回の『Dream Live 2018』は、15年という歴史を重ねたテニミュを通史的に見て、その道のりをここまで繋いできたものは何なのか考えるのに、うってつけの機会だった。そこでは、たとえば15年の歴史を年表など使ってわかりやすく振り返ったりすることは決してなかったし、一見すると、青学、六角、立海、比嘉という4校(とゲスト校)を中心としてこれまでどおりの「ドリライ」が行われているように思えるものの、その実、さまざまな形でこれまで歩んできた道のりへの目配せが行われていた。

 たとえばオープニングで、初期の楽曲「THIS IS THE PRINCE OF TENNIS」を、モニターに投影される「歌って!」という文字にせかされ、観客も一緒になって歌い、「テニミュ」らしさを全員で再確認したこと。そして各校の代表曲が並んだあと、前半ラスト近くに歌われる「クリスタル」で空気が変わる。現青学メンバーたちが、この少し懐かしいスローなバラードを歌い上げるあいだ、後ろのスクリーンに『Dream Live 2nd』(2005年)などで同曲を歌う、かつての青春学園(2代目)のメンバーたちの姿が映し出される。『Dream Live 3rd』(2006年)で、涙のあまり思わず歌えなくなったキャストの背中を押すように、自然発生的に歌い始めた客席のことを、いやおうなしに思い出す。今なお活躍するキャストたちの、はっとするくらい若く、初々しい姿にあらためて驚かされる。その姿は、記憶の中よりもずっと、現在の青学のメンバーとよく似ていて、10年以上の時間の隔たりが一瞬のうちに埋められる。

 総出演者300人以上が紡いできたものは、もしかするとその一瞬、一瞬を取り出せばすごくよく似ているのかもしれない。キャストや観客がどれだけ入れ替わり、若返っていっても、わたしたちはきっと共通の言葉で、変わらない熱について話し合える。それは、色褪せないキャラクター、学校ごとの個性、そして物語としてのカタルシスという、許斐剛の原作が持つ強度ゆえのことだろう。そして、もう何度も聴いてきたはずの三ツ矢雄二×佐橋俊彦による楽曲のワンフレーズが、一つのメロディが、歌い継がれることによって、その瞬間ごとにオーダーメードしたようなフィット感をみせることも大きい。テニミュの財産は、やはり楽曲なのだということもまた、思い知らされる。

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