上田麻由子

第19回・まぼろしの似顔絵

『ミュージカル「テニスの王子様」15周年記念コンサート Dream Live 2018』

代替わりの痛み

 そんなテニミュの成長を感じるいっぽうで、こどもの身体が成長するとき骨が軋み、関節を中心に原因不明の痛みを生じることがあるように、そこには涙も、悲しみも、寂しさもたくさんあったということを、今回の『Dream Live 2018』は思い出させてくれる。後で振り返れば美しい思い出に昇華されるかもしれないけれど、その瞬間は苦しいし、切ない。その象徴として冒頭に挙げた「代替わり」のシーンがある。

 5月5日に始まったライヴを締めくくる、5月20日夜の千秋楽公演でのこと。それまでの公演では現青学メンバーが歌っていた「ザ・レギュラー」という、これまたテニミュを代表する楽曲を、今夏の『全国大会 青学vs氷帝』公演から青学メンバーを演じる新しいキャストたちが、観客の前で初披露したのだ。緊張感を煮詰めて固めたような、それぞれの表情、まだ場慣れしていないパフォーマンス、そのなかで希望を感じさせてくれるような、弾ける笑顔も目に入ってくる。このお披露目がいっさいの事前予告なしに、行われたのだ。その転換は本当に暴力的で、これまでの代に思い入れがあればあるほど、戸惑いは大きくなった。それゆえの悲鳴であり、ざわめきである。

 もちろん、観客の前で代替わりがパフォーマンスとして行われるのはこれが初めてではない(2012年『SEIGAKU Farewell Party』など)。そのときも物議を醸したし、今回も観客の動揺がひしひしと伝わった。しかし、それを受け容れさせてくれた、あるいはそのためのきっかけをくれたのが、新世代が舞台に上がった瞬間に「現青学」から「青学9代目」へと変わった、キャストたちからの卒業挨拶である。この旅立ちの日を迎えて、会場に向かう足が動かなくなってしまったこと。卒業という実感がまったくわかなかったこと。そのなかで、緊張しながら場当たり稽古をする次の世代のパフォーマンスを見て、ようやく卒業がどういうものか分かった。2年間ずっと背負ってきた、キャラクターやテニミュそのものの歴史という大きな大きな肩の荷を、下ろすことができた。笑顔で次の世代にタスキを渡そうと思った。そんなことが、キャストの口から語られたのだ。この「代替わり」のパフォーマンスは、新世代や観客たちのためだけにあったのではない。なにより卒業していく彼らにとって、愛や情熱を確認しつつ、もしかして執着に変わりつつあったそれをそっと手放し、次のステップに進む、そのきっかけになるという役目も持っていたのだ。

決着のつかない結末

 ここに物語がある。これが2・5次元という物語である。3rdシーズンに入って、原作やキャラクターに忠実であることに加え、「テニミュという歴史」に敬意を払っていたいという発言が、キャストの口から出てくることが増えた。自分たちは原作である『テニスの王子様』全42巻の長い長いタペストリーのうち、あるいは15年目のテニミュのうち、ほんの一部を演じているに過ぎないという意識は、3周目の3rdシーズンだからこそ強く芽生えているのかもしれない。

 そうして「キャラクターの物語」を語ることにストイックに徹していた彼らが、この千秋楽にいたってはじめて、禁じ手としていた「彼ら自身の物語」や「思い」をそこに重ねることを許した、あるいは抑えきれずに溢れてしまった瞬間もいくつかあった。どれも涙を誘わずにはいられない、瞬間だ。たとえば黄金(ゴールデン)ペアの菊丸が、相棒である大石に「きっとラストだ」と言ったとき、揺れた声色。あるいは、かつて博士と教授というあだ名で呼び合った幼なじみの乾に「また試合をしよう」と言われ、思わず言葉に詰まってしまう柳。物語上では、このあと全国大会で2人は対戦するので別におかしいことではないのだが、そのとき乾は別の誰かが演じていることを、彼らも、わたしたちも知っている。

 そしてまた、負けたらそこで終わりという厳しい戦いのなかでは決して見ることのできない、いくつかの「夢」が見られるのも、『Dream Live』ならではのことだ。本編ではさまざまな状況によって許されなかったけれど、このライヴという場では、選手たちがチームや先輩、全国制覇といったさまざまなしがらみから解放され、テニスという競技のなかで、ただの選手と選手として、純粋にぶつかり合う。ある種、エゴイスティックで、まさに夢でしか見られないようなラリー。華やかなショーや和やかなギャグシーンなども織り交ぜて作品の懐の広さを感じさせたり、今後の展開を予感させたりしつつ、この広い横浜アリーナでわたしたちがあらためて確認するのは、ジャージ姿にラケット1つだけで立っても、じゅうぶん成立してしまう、キャラクターとして、物語として、そして存在としての強度を、1人1人が持っているということだ。卒業バラードにもあるように、彼らの「心のノート」に書き留められた「似顔絵」は、彼らだけのものである。

2・5次元のふるさと

 さて、代替わりのシーンで緊張のお披露目を終えた、10代目となる「新青学」のメンバーたちは、袖にはけるやいなや、彼らの登場で「青学9代目」という歴史の一部になったメンバーたちの胸元に飛び込んでいったと、司会の口から語られた。しかし、抱擁は甘いだけではない。ワンコーラス歌って袖にはけた新世代のあと、ライバル校メンバーが歌い継ぐ「ザ・レギュラー」の歌詞は、いきなり「弱音を吐くな」からはじまり、この瞬間から「青学の名」をかけた「非情な戦い」が始まっていることを告げるからだ。その叱咤激励は生易しいものではない。彼らが全国大会の決勝で対戦する立海大附属への大きな声援、武士道からマジックまで両極端なショーを軽々とこなす実力と華、結束の固さを思わせる美しいハーモニーなどが、いつかそう遠くない未来に、大きなプレッシャーとして思い出されることだろう。

 映像だけでなく、MCの土屋佑壱(初代青学・大石 役)をはじめ、各世代のゲストが登壇し、当時の思い出をまるで青春の日々のように懐かしみ、語ったこの『Dream Live 2018』。『テニスの王子様』という物語は前に進んでいくし、「テニミュ」でそれを演じる彼らの道のりもまた、全国大会優勝という一点に向けて収束していく。そのなかで、ひとつの騒々しい交差点のようなこの場所で、過去と現在と未来が出会い、しばしの時を経て、またそれぞれの道へと歩みだしていく。後に残るのは、喜びもときめきも、悲しさも悔しさもすべてを包み込む、爽やかな涙だった。

 それにしても、新しい青学は10代目になるわけだが、実在のアイドルAKB48を「襲名」してキャラを受け継いでいくSFアニメ『AKB0048』でも、現役の「襲名メンバー」はせいぜい10、11代目くらいだったことを考えると、物語から生まれた現実が、ふたたび物語を超えていくような不思議な感慨を覚える(AKB48のスタートは2005年、テニミュのスタートはその少し前の2003年)。「テニミュ」の「3rdシーズン」はおそらく、あと2年くらいかけてクライマックスへ上り詰めていくだろう。今は卒業のショックでまだ胸が痛むけれど、ただ1人、9代目と10代目をつなぐ存在として青学に残る、越前リョーマ役・阿久津仁愛の伸びやかな歌声や、軽やかな身のこなし、なにより生意気さと野望とをたぎらせた、まさに少年漫画らしい目つきを思い出すと、最後までその道のりを見守っていたいと思わずにはいられない。

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