アメリカ音楽の新しい地図

6.チャンス・ザ・ラッパーとシカゴの政治/文化

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

分断された街
 先に触れたオバマの自伝において、コミュニティーオーガナイザーの採用面接でシカゴのイメージを問われた前大統領は、次のように答えている――それは「アメリカでもっとも人種が分断された街(America’s most segregated city)」だと(11)。
 たしかに、シカゴはアメリカの主要都市の中でももっとも人種、民族的に分断が進んだ街のひとつだといえる。もちろん、隔離状態をいかに分析するかという方法論にもよるが、たとえば昨今、選挙速報などのデータ分析で頭角を表す統計学者ネイト・シルヴァーのファイブサーティーエイト(538)というウェブサイトによれば、シカゴは二位のアトランタ、三位のミルウォーキーを抑えてアメリカでもっとも分断が進んだ街だという(12)。 これは2010年の国勢調査をもとにブラウン大学のアメリカンコミュニティープロジェクトが白人、黒人、ヒスパニック、アジア系の指標を用いて各都市の人種、民族的な隔離状態を調査したものだが、それによれば、アメリカでもっとも人口の多い100都市のうち、シカゴは都市全体の多様性(diversity)では7位につけるが(非ヒスパニック系黒人33%、非ヒスパニック系白人32%、ヒスパニック系29%)、地区レベルでは87位まで落ちてしまう。すなわち、シカゴはマイノリティーが多い街ではあるものの、そのマイノリティーの居住区ははっきり分断・隔離されているのである。
 そして、シカゴのサウスサイドはこの街の分断を象徴する地区である。チャンス・ザ・ラッパーが生まれ育ったチャタム地区、それにスパイク・リーが『シャイラク』の舞台としたエングルウッド地区はともに黒人の比率が99%を超えている(13)。 20世紀初頭以来、いわゆる黒人の「大移動」によって職を求めるアフリカ系アメリカ人が南部から大挙して押し寄せ、シカゴのサウスサイドはアメリカを代表する黒人居住区として全米に知られるようになる。マディ・ウオーターズやハウリン・ウルフが活躍したシカゴのブルースシーン、あるいはシカゴ・ソウルやゴスペルなど、少しでもブラック・ミュージックに親しんだ経験があれば、この地区が黒人音楽史上、特別な位置を占めることに異論を挟むものはいないだろう。
 スパイク・リーはアリストパネスの古代ギリシャ喜劇を下敷きにすることで、こうした分断(segregation)を象徴する地域に融和と和解をもたらす存在として〈女性〉を寓意的に用いたわけだが、それは同じように対立の媒介者として〈女性〉を比喩的に描いたシカゴを代表するラップソングを想起させる。いうまでもなく、ヒップホップ史上、屈指の名曲として知られるコモンの「アイ・ユースト・トゥ・ラヴ・H.E.R.」(1994)である。

Common  "I Used to Love H.E.R."

 ギャングスタラップが全盛のシーンを憂い、ニューヨークのコンシャスでアフロセントリックなスタイルを懐かしむこの曲のリリックにおいて、「ヒップホップ」は擬人化され、一貫して〈彼女〉という代名詞で歌われている――「彼女は非暴力運動の先頭に立っていて/俺たちの同胞について教えてくれた/説教するのではなく、語りかけるように」。だがその〈彼女〉は、西海岸に向かい、商業主義にまみれて堕落してしまうのだ――「いまや彼女はギャングのビッチたちとギャングごっこをしている/いつもハッパを吸って酔っ払いながら」。ジョージ・ベンソンの「チェイジング・ワールド」をサンプリングしたビートに乗せて、ヒップホップの東西対立を〈女性〉のメタファーで語るリリックは、結果的に両海岸の緊張感を高め、コモン自身もビーフ(論争)に巻き込まれてしまう。
 こうしてシカゴをめぐる文化表象において、〈女性〉はしばしば市内の分断を融和する存在として、あるいは両海岸の対立を媒介する存在として描かれる。チャンス・ザ・ラッパーがスパイク・リーの『シャイラク』を執拗に批判したのは、こうした内なる分断を抱えた地政学的な中間項として、その対立を媒介/止揚する存在として常に〈女性〉が比喩的に用いられるという表象の画一性に反発したからではないだろうか。この点について、チャンス・ザ・ラッパーの活動を特徴づける別の側面から考察してみよう。

(11) Obama, Dreams from My Father, 142.

(12)  Nate Silver, “The Most Diverse Cities Are Often the Most Segregated,” FiveThirtyEight, May 1, 2015, https://fivethirtyeight.com/features/the-most-diverse-cities-are-often-the-most-segregated/

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