アメリカ音楽の新しい地図

6.チャンス・ザ・ラッパーとシカゴの政治/文化

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

チャンスの〈女性〉と新生
 では、チャンス・ザ・ラッパー自身は〈女性〉をどのようにラップしてきたのだろうか。彼の実質的なデビュー作『10デイ』は高校三年時に大麻所持で10日間の謹慎処分を受けて制作されたものだが、その最後は「ヘイ、マ」という、母親へのメッセージを込めたエモーショナルな楽曲で締められている。2パックの「ディア・ママ」(1995)を始めとしてヒップホップには母親賛歌を主題とした楽曲が無数に存在するが、カニエ・ウェストの『カレッジ・ドロップアウト』(2004)を聴いてヒップホップに開眼したチャンスにとって、そのカレッジ三部作の二作目『レイト・レジストレーション』(2005)収録の「ヘイ・ママ」の影響はより強いといえるだろう。

 

Kanye West "Hey mama"

Chance The Rapper  "Hey Ma"

 カニエ・ウェストの「ヘイ・ママ」とチャンス・ザ・ラッパーの「ヘイ・マ」には多くの主題上の共通点が存在する。どちらも冒頭で進学を断念したことが歌われ(カニエ・ウェスト「馬鹿みたいなことをしているのは分かっている/いずれ学校に戻ることを約束するよ」、チャンス・ザ・ラッパー「母さん、財布を広げる必要はないよ/大学にいけない一年間の費用は彼らが払ってくれるから」)、いかに母親の期待に背いてきたかが綴られる(カニエ・ウェスト「母さんは進学するように言った/博士号を取りなさいと/あとで頼れるもの、何か稼げるようなもの/でもまったく逆のことをしてもサポートしてくれた」、チャンス・ザ・ラッパー「母さん、自分があまりいい子でなかったのは知ってるよ/いい成績もそれほどとれなかった/母さんの髪をグレーにしてしまったね」)。だがその後、母親に直接語りかける箇所で両者の表現は袂を分かつ。カニエ・ウェストが「わからないの、母さんはまるで詩集のよう/マヤ・アンジェロウ、ニッキ・ジョヴァンニ、ページをめくればそこに母さんが」と母親を偉大な黒人女性詩人に擬えるのに対して、チャンス・ザ・ラッパーは曲の最後で「フォックスのママに感謝したい/ロビーのママにも感謝したい/リリーのママ、ピーターのママ/僕のママ、父さんのママ/君のママ、僕はママたちに感謝したい/感謝したい、Lブーグのママに、トム・フールのママにも感謝したい……」とアルバムに参加した仲間たちの「ママ」にひとりずつ語りかけるのだ。母と息子という親密な関係を出発点にカニエが最終的に自らの母親をメタフォリカルに普遍化を図るのに対して、チャンスはあくまでも個別の母子関係を具体的に列挙し、〈経験〉の複数性の記述にとどまるのだ。
 また、〈経験〉の特権化は最新作『カラリング・ブック』の作品構造にも見出すことができる。このアルバムがゴスペルの影響を強く受けていることはすでに指摘されている。冒頭の「オール・ウィ・ガット」でシカゴのファースト・ユニテリアン教会所属の児童合唱団を起用し、最後から二曲目の「フィニッシュ・ライン」でコンテンポラリー・ゴスペル界の最重要人物カーク・フランクリンが参加している時点で作品のトーンは明らかだが、「ハウ・グレイト」の冒頭部分がCCM(コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック)の代表的なシンガーソングライター、クリス・トムリンの「ハウ・グレイト・イズ・アワー・ゴッド」の引用であり、聖書を元にしたリリックが全編に散りばめられていることを思えばその評価は当然だといえるだろう。
 インタビューなどでも答えているように、この作品はチャンス・ザ・ラッパーが『アシッド・ラップ』発表後に移り住んだロサンゼルスでザナックスなどの抗不安薬中毒に陥ってしまい、あらためて地元に戻り再起をかけて制作されたアルバムである(18)。 「フィニッシュ・ライン」の後半、「去年、ザナックス漬けになり/自分の名前を忘れたり、チャンスを逃しそうになった/ロスに滞在すること四ヶ月、結局舞い戻ってきた/僕は自分の街を愛している/自分の帽子の中で寝る」とリリックにあるように、ここでチャンスはロサンゼルスに移り住んで堕落するというプロットをコモンの「アイ・ユースト・トゥ・ラヴ・H.E.R.」に周到に重ねるのだが、彼はここで〈女性〉を比喩的に描写することはない。西海岸で堕落するのはヒップホップの寓意としての〈女性〉ではなく、チャンス自身であることが明示されるだけでなく、次のヴァースで「僕と彼女は最後まで寄り添うつもり/友達の方が良かったという日が決して来ないように/結婚を続けるマラソンをともに走っているよう/親としてときに深刻な口論をしながらも」と、最後まで〈女性〉との現実的な関係をラップするのである。
 

Chance The Rapper "Finish Line / Drown"


 さらに付け加えれば、ロサンゼルスからシカゴに戻り、チャンスは自分の彼女が妊娠したことを知るが、その「赤ちゃんの存在こそが自分の信仰心を回復するきっかけになった」とインタビューで答えている。つまり、このアルバム全体がチャンス・ザ・ラッパーの「新生」の〈経験〉――プロテスタントの福音主義でしばしば用いられるボーン・アゲイン・クリスチャン――を体現した作品として理解できるのだ。
 前述の記事にあるように、彼は西海岸から地元に戻ることで「悪魔を振り払い、神の元に戻った」といえるのだが、こうした「新生」体験の原型は、アメリカ最古のナラティヴ形式といわれる回心体験記(conversion narrative)まで遡ることができる(19)。 パトリシア・コールドウェルを参照する巽孝之によれば、回心体験記とは「ピューリタン教会の会衆全体の前で、宗教的教義の知識でもなければ信仰でもない、真の「回心」体験を物語ることであり」、その体験記には「信仰告白とともに罪の懺悔が主要条件として並列され、そうしてこそ神との契約の道が保証され」たという(20)。
 ロサンゼルスで「ザナックス漬け」になったことを懺悔し、地元で再び信仰心を取り戻したチャンス・ザ・ラッパーは、同郷のコモンの曲をトレースすることでヒップホップの歴史に敬意を払いつつ、同時に回心体験記からボーン・アゲイン・クリスチャンというアメリカの物語形式の中でもとりわけ〈経験〉を特権化するナラティブを用いて『カラリング・ブック』を構造化した。白黒がはっきりした街、シカゴのどちらかの項に与するのではなく、むしろそのモノクロの街を「カラリング・ブック=塗り絵」に見立ててさまざまな色に染めてゆく――それは確かにマイノリティーの経験の実体化、さらにいえばポスト・トゥルース的状況すらも予見させるものだが、それ故にチャンス・ザ・ラッパーの『カラリング・ブック』は、トランプ政権誕生前夜のアメリカに響く、マイノリティーの崇高かつ切実な、エモーションを湛えた作品だといえるのだ。

(18) Zach Baron, “How Chance the Rapper’s Life Became Perfect,” GQ, August 26, 2016, https://www.gq.com/story/how-chance-the-rappers-life-became-perfect

(19) Baron, “How Chance the Rapper’s Life Became Perfect,” GQ.

(20) 巽孝之『ニュー・アメリカニズム――米文学思想史の物語学(増補新版)』青土社、2005年、90-91頁。

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