からだは気づいている

第4回 ヒトもチンパンジーもボノボもゾウも、待っている

人間行動学者の細馬宏通さんが、徹底した観察で、さまざまな日常の行動の謎を明らかにする連載の第4回です。今回は協調行動について、ヒトと他の動物の比較を通して考えます。 ぜひお読みください。

タイミングを微細に合わせる理由
 AさんとBさんの場合がそうだったように、実際のところ、わたしたちは別々のタイミングで机を持ち上げたとしても、机を運ぶことができる。しかしこうした例は15例中1例しかなかった。わたしたちは、机運び自体にさほど必要とは思えないほどあざやかに、持ち上げのタイミングを合わせている。どうやらヒトという動物は、タイミングを合わせることに対して、ちょっと異様なほどのこだわりがあるのではないだろうか。
 ではなぜ、わたしたちはそこまでして、お互いのタイミングを合わせるのだろう?
 理由の一つとして、お互いの負担を軽減することがあげられるかもしれない。片方だけがずっと机を持ち続けていると、その負担は時間とともに大きくなる。今回は20kg程度の机だったけれど、これがもっと重いものだったとしたら、1人にかかる荷重は、長い時間耐えるのは難しいほど重くなるだろう。お互いの負担を減らすには、2人ができるだけ同時に持ち上げるのがよい。
 もう一つの理由は作業にかかる時間の短縮だ。机にとりついてすぐに持ち上げることができれば、どちらか一方が待つのに比べて作業にかかる時間は少なくて済む。わたしのようなぐうたらな人間は、まあそれくらいいいじゃないかとつい思ってしまうのだが、こうした作業が何回も繰り返されたなら、その差は無視できないものになるだろう。
 あるいは、机運びに見られるタイミングの一致は、他の場面で必要とされるヒトの調節能力が発揮された結果なのかもしれない。たとえば、何かが載っている机やちょっとでも傾けると崩れてしまうようなものをそうっと運ぶとき、お互いが動作を同期させてそろそろと運ぶのはさらに重要になる。この連載でこれから見ていくように、机運びよりももっと厳密なタイミング調節が必要な共同作業はいくつもある。ヒトはさまざまな共同作業に必要なタイミング調節の能力を進化させ、その能力をあちこちで発揮するようになった。机運びでは、そうした能力が必要以上に発揮されているのかもしれない。

動作はもれる
 マイクロインタラクションは、ヒトという動物に特徴的なやりとりだが、一方で他の動物との共通性もある。それは、動作やその中断が、そのまま、動作がいままさに行われようとしていることを相手に伝えてしまう点だ。持ち上げ始めることで、いままさに持ち上げが起こりつつあることが相手に伝わる。持ち上げが中断されることで、それがまだ一緒に持ち上げるタイミングではなかったことが相手に伝わる。ヒトの場合は、中断後まもなく、ほんの数百ミリ秒の間に、やり直しの時がやってくることが伝わる。どんなタイミングが適切かをわたしたちがお互い意図的に伝え合うまもなく、動作はタイミングをもらしている。
 ヒトもヒト以外の動物も、相手の動作を利用する。ただ、ヒトは相手のもらす動作のタイミングを、ごく短い時間で利用しあい、わずかなタイミングのずれに社会的意味を見いだす点で、他の動物と違っているのではないだろうか。 
 とはいえ、机運びというほんの一つの作業を取り上げて、こんなことを言い出すのはいかにも大風呂敷を広げ過ぎている。他の共同作業場面で、わたしたちはどんな風にお互いの動作を調節しているのか。そこではマイクロインタラクションはどのような形をとるのか。次回からは、さまざまな共同作業の場面でのマイクロインタラクションのあり方を見ていこう。

参考文献:
Hare B, Melis A, Woods V, Hastings S, Wrangham R (2007). Tolerance allows bonobos to outperform chimpanzees on a cooperative task. Current Biology 17:619-623.
Hirata S, Fuwa K (2007) Chimpanzees learn to act with other individuals in a cooperative task. Primates 48: 13-21.
Plotnik J M, Lair R, Suphachoksahkun W, de Waal, F B M (2011) Elephants know when they need a helping trunk in a cooperative task.  PNAS March 22, 2011. 108 (12) 5116-5121.
平田聡 (2013) 『仲間とかかわる心の進化:チンパンジーの社会的知性』岩波科学ライブラリー