丸屋九兵衛

第5回:バビロンからは何マイル? ベーグルとフライドチキンが出会うとき*

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 前回、2016年の米大統領選の頃に戻ってみよう。
 君がアメリカ人なら誰を推す? 誰に投票する?

 わたしなら、間違いなくバーニー・サンダースだ。

 こんなモノクロ写真を見たことはあるだろうか? ウディ・アレンのような黒縁メガネの青年が両脇から警官に掴まれ、全力で抵抗しながらも、文字通り引きずられていく、という図。
 時は1963年の夏。その青年はシカゴ大学の学生で、公民権運動組織Congress of Racial Equality学生部門の議長だ。学内での人種隔離政策に抗議し、シカゴ史上初の公民権シットインを率いた人物でもある。

 彼こそは、当時21歳のバーニー・サンダース。こういう人物を選ばずに、誰を選ぶというのか。

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 こんな話で始めたのは、5月末に騒ぎを起こしたロザンヌ・バーという女優/コメディアンのことが気になって仕方ないから。その騒動というのは……レイシスト臭がぷんぷんするツイートを発信したがために、20年ぶりに再開していた主演番組『ロザンヌ』が、あえなく打ち切りに……というものである。

 そのツイートとは、“muslim brotherhood & planet of the apes had a baby=vj”なるもの。つまり「ムスリム同胞団と『猿の惑星』の間に生まれた子供=ヴァレリー・ジャレット」という内容である。
 ヴァレリー・ジャレットとは、オバマ政権で大統領上級顧問を務めた黒人女性。だから、このツイートは「イスラム嫌悪+黒人差別」であり、アメリカ主流社会の無知と偏狭さとゼノフォビアを背負って立つような内容と言えるだろう。
 そこからのロザンヌ・バーの言動がおかしい。謝罪して該当ツイートを削除し、「みなさん、私が間違っていたのです。弁護しないでください」と言ったかと思うと、「たった一度の失敗でこんなことになるなんて! フェアじゃないわ」と訴えたり、彼女の息子役としてブレイクした俳優を「誰のおかげで有名になれたんじゃい!」と恫喝したり。あまりに一貫性が欠落していて、精神を病んでいる可能性を匂わせる。
 さらには、「あのツイートは睡眠導入剤の影響下で書いたもの」という言い訳をしたところ、製薬会社が「本薬の副作用にレイシズムは含まれておりません」と表明、というオチもついたっけ。

 このロザンヌ・バーの件が、なぜに冒頭のバーニー・サンダースばなしと繋がるかというと……どちらもユダヤ人だからだ。
 先の大統領選は、民主党と共和党、各2人の候補が出揃った時点で、「誰が勝っても歴史的瞬間になる」と評されたことを思い出そう。そのココロは、「狂人(トランプ)、ラティーノ(テッド・クルーズ)、女性(ヒラリー)、ユダヤ系(バーニー・サンダース)。どれが当選するにしろ、そんな大統領は史上初だ」ということだ。

 ロザンヌ・バーの話に戻る。
 なんにせよ、わたしが驚いたのは、ユダヤ人コメディアンともあろうものが、よくもこんな低脳な差別ツイートで墓穴を掘るものだなあ、ということだ。
 だってユダヤ人といえば……と、「典型的で平均的なユダヤ人像」を思い浮かべようとしたが、いやはや、これは結構な難題だぞ。

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 どんなステレオタイプも、程度の差こそあれ、常に間違っている。
 そう、確かに間違ってはいるのだが、その実、ステレオタイプを知っておくことはとても有用だ。特にそれが、多民族社会に生きる各集団に関するものの場合は。それらのステレオタイプはすなわち、「それぞれの民族が社会でどう見られているか」を教えてくれるから、である(問題は、我々日本人がステレオタイプの把握にすら辿り着いていないことだ)。

 さて、ここで困るのはユダヤ人である。より正確には、ユダヤ系アメリカ人*である。 天才? 陰謀家? 金貸し? 弁護士? 映画業界人? 音楽業界人? コメディアン? 教授? リベラル? タカ派? 黒いスーツ? もみあげ?
 アメリカ総人口の2%前後しかいないのに、イメージが多方面に分岐し過ぎではないか。実像は常にイメージよりも多様なものだろうし。

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 いつだったか、「差別の歴史を歩んできたユダヤ人は、他の民族を差別するわけがない」という趣旨の文章を目にしたことがある。
 ……なんと無邪気な!
 クインシー・ジョーンズの自伝では、彼が映画音楽の世界に参入した頃の思い出が語られる。ユダヤ人作曲家たちが「あ、シュワルツが来たぞ」と言っているのが聞こえた、というエピソードだったはずだ。
 Schwartzeはドイツ語で「黒い」の意味。「ユダヤ式クレオール・ドイツ語」であるイディッシュ語でも同じだろうから、“Look, here comes a Negro”というくらいの発言だったろう。
 Y’all, HE'S NOT YOUR NEGRO.

 とはいえ、わたしは「ユダヤ人=悪者」と主張するつもりは毛頭ないのだ。
 彼らがいなかったら、ヒップホップは開花しただろうか? ソウルは? R&Bは?
 そのR&Bは「リズム&ブルース」の略語だが、そもそもこの名称を考案したのは、『ビルボード』誌のジェリー・ウェクスラー。ユダヤ人だ。

 スライ&ザ・ファミリー・ストーンをフックアップし、ホイットニー・ヒューストンを発掘したのは、今も活躍し続ける業界の大物、クライヴ・デイヴィス。ユダヤ人だ。

 ヒップホップ黎明期の最重要レーベルDef Jamといえば黒人経営の印象が強いが、創業者はリック・ルービン。ユダヤ人だ。
 そうそう、同レーベルに所属していたパブリック・エナミーのメンバーが「世界の悪の大半はユダヤ人のせいや」と発言した時は、怒ったユダヤ人たちがデフ・ジャムに詰めかけ、それを同レーベルに勤務するユダヤ人たちが必死で食い止める……という奇妙な構図が展開されたという。

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 奇妙、といえば。
 「奇妙な果実」、つまり“Strange Fruit”という1930年代の名曲がある。タイトルは「木に吊るされた黒人の死体」の隠喩だ。当時のアメリカ南部では白人集団による黒人リンチが頻発しており、仕上げは木の枝に吊るすことだったから。
 黒人女性シンガー、ビリー・ホリデイが歌って有名になったが、作詞・作曲はルイス・アレンなる人物。その正体は、アメリカ共産党に所属するロシア系ユダヤ人の教師にして詩人のAbel Meeropolだ。
 こういうエピソードを読むたびに、わたしは03年の映画『The Hebrew Hammer』を見返したくなる。70年代黒人映画へのリスペクト溢れるパロディものだ……ただし、主役はユダヤ人であり、黒人は盟友として登場するのだが。敵は、マイノリティにクリスマスを強要せんとするアメリカ主流社会。主人公「ヘブライ・ハマー」はハヌカ(ユダヤ人の祝祭)を守るため、同盟者モハメド・アリ・ポーラ・アブドゥル・ラヒームはクワンザ(黒人版の年末年始行事)をレプリゼントするため。共に立ち上がって、邪悪なサンタクロースと戦うのだ!

 しかし黒人の中には、ユダヤ人を攻撃したパブリック・エナミーのメンバーがいる。
 同様にユダヤ人の中にも、心ない『猿の惑星』発言をかました先述のロザンヌ・バーがいる。
 特に黒人を標的にするわけではないにせよ、ユダヤ人の中には、被害妄想に凝り固まった偏執狂右翼がいる。例えば、地政学者ジョージ・フリードマン(著書『100年予測』シリーズで知られる)だ。そこまで酷くないにせよ、配慮のないタカ派&マッチズモ的発言のせいで、ニッキー・シックス(モトリー・クルー)にまで反論されたジーン・シモンズだっている(私はKISSファンなのだが)。

 では、我々はユダヤ人をどう捉えればいいのか、どうイメージすべきなのか。

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 ロザンヌ・バーの事件の少し前。ニューヨークのユダヤ人弁護士アーロン・ショロスバーグなる人物が、スペイン語を話すウェイターと客に対して激昂し、「英語を喋りやがれ!」と罵倒する映像がSNSで大ヒット!という珍事があった。
 その後、ショロスバーグが正味わずか3日で社会的に追い詰められるまでの経緯は、こちらに詳しい。
 http://wezz-y.com/archives/54962

 この記事中で印象的なのは……
 パレスチナ支援派にして超正統派のユダヤ教ラビ(宗教的指導者)Dovid Feldmanを取り囲むトランプ支持者軍団の中に、中指を突き立てるショロスバーグがいることだ。
 あちらもユダヤ人。
 こちらもユダヤ人。

 この図式が、象徴しているのだと思う。
 ユダヤ人のなかには、善人もいて悪人もいる。ビッグなハートの持ち主もいて、偏狭なヤツもいる。天才もいて、パッパラパーもいる。
 つまり、我々と同じなのだ、ということ。
 当たり前ではあるが。

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【注釈】
「ベーグルとフライドチキンが出会うとき*」=ベーグルはユダヤ人の食べ物。一方、フライドチキンはアメリカ黒人の伝統料理。とはいえ、これは「ステレオタイプを教えるためのステレオタイプ引用」。皆さんは、こうした注釈なしには使わないように。

「ユダヤ系アメリカ人*」=わたしはいつも、アジア系アメリカ人を「アジア人」と呼ぶ連中を批判してきた。「ならば、アメリカ白人を“ヨーロッパ人”と、アメリカ黒人を“アフリカ人”と呼べ」と。しかしユダヤ系アメリカ人に関しては、慣例に従って「ユダヤ人」表記を採用している。イスラエルという国家はあるものの、そこに住む人はイスラエル人であり、ユダヤという国家なり大陸なりが存在するわけではない、という理由からだ。

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