漫画みたいな恋ください

第2回 生活の35パーセントが罪悪感

2018年4月22日~4月28日

漫画家・鳥飼茜さんの新連載、初日は一挙2回更新です。鳥飼さんとお子さんとの関係が語られます。

4月22日(日) はれ

 今日も快晴、ものすごく部屋が暑い。4月なのにタンクトップに短パンで過ごしている。寝たのがもうすでに空が明るくなってからなので起きたのは昼2時過ぎ。この人の家に週末いるようになって1年以上経つが過ごし方はずっと変わらずで、一緒にいる時間のほぼ半分はどちらかが寝ている。
 ソファーで寝ているこの人は寝姿からして今しがた熟睡モードに突入したばかり、といったところでこれは夕方にならないと起きなさそう。私の休日はこの人が起きてくるまでの時間をいかに潰すかである。
 この人と付き合うようになってから私はいろんなことを身につけてきた。ギターはコードを見れば簡単な曲なら弾けるようになったし、ピアノも黒鍵のある曲を弾けるようになったし、運転免許も取得した。すべてこの人が起きてくるまでの暇つぶしの結果、身につけたものだ。

 今日は2時から6時までの間ほぼずっとピアノの練習をして過ごした。4時間も費やすほどピアノの練習が楽しいわけがない。他にやることがない。ピアノの譜面を睨んで余計なことを考えないように、粛々と時間を潰すのだ。こういう気持ちで練習してもあまり能率は良くないけど、何もやらないよりはマシ。
 ショパンの嬰ハ短調のワルツ、ドとレとファとソに苦手な黒鍵。たぶん来週も再来週もこの曲を練習することになりそう、来月の終わりくらいには一通りは弾けるようになってるかもしれない。できることがこうやって、増えていく。

 日が暮れてからふたりで下北沢まで歩いて出かけた。用事を済ませて帰り道にあった適当な中華料理屋で餃子を食べてビールを飲んだらわざとらしく楽しい気分になってきて、帰り道無理やり手を繋いでやった。わざとらしくても、機嫌よくしてるほうが楽だ、たぶんお互い。
 夜になってこの人は大画面で暴れ回るモンスターと戦っている。私は日記を書いている。

4月23日(月) くもり

 昨日とうってかわって肌寒い。今日が例年通りの4月の気温だそう、昨日おとといと夏日が続いたので季節感がもうよくわからなくなってしまってる。
 日記を始めてから1週間。勧めてくれた編集さんに1週間分たまったら見せる約束になってたので早速メールでこれまでの分を送った。自分の日常をただ文字にしただけで人が読んで面白いものになってるのだろうか、どきどきしながらも返事を待つあいだ原稿を描いたり税理士さんに会ったりしてやることが多い月曜だった。
 編集さんからはすぐに返事が来て、面白いですとのこと。良かった、嬉しい。この人に喜んでもらうためにもっと人に言えないことまで赤裸々に書いていこうかなどと考えるが「変に構えてないのが良い」とのことだったのでとりあえずは今までの調子で続けることにする。

 仕事場に知らない男の人がひとり混じっていて思わず「えっ誰この人」と言ってしまった。前にアシスタントさんが新しい働き手を紹介してくれるという話をしてたのをすっかり忘れていたのだった。
 失礼な態度だったと反省しつつ、付き合っている彼女の下の名前は? 何カ月めから呼び捨てで呼んでるん? 彼女のどういうところが好きなん? などと初対面のアシスタントさんに立ち入ったことをどんどん聞いてしまう。人はこちらが興味を持って聞いたことには割となんでも答えてくれるものだ。仕事場でアシスタントさんと話すのは楽しい、みんながどう思ってるかはわからないけど。

 週末ぶりに我が子に家で会う。簡単につくったサラダと冷凍のピザを食べながら息子が報告するのによると、お父さんの家ではクラスの仲の良い子の誕生日会を兼ねてお泊まり会をした模様。子供をたくさん呼んで自分ひとりの家に泊まらせるなんてすごい、私には到底無理なことだ。子供の父親を尊敬した。
 子供とふたりでいるのすら気まずいのだ。話すことがない。話したそうなことを聞いてやると調子に乗ってどんどん話すのが途中から面倒になり、聞いてるフリになってしまうのが辛い。小学生男子の話は純粋に関心が持てないが高校生くらいの男子の話なら興味を持って聞けるかもしれない、そのときには向こうのほうがオカンうざい、そんなふうになっていくのだろう。
 うざいと思われ出してから本格的に興味が出て来そうな気配がものすごくある。もっと陽気なオカンでいるべきなのに、と思いつつ、ふたりでいると怒らないことで精一杯。たまに息子は純粋に面白いことを言うのでそのときは全力でのっかるようにしている。できることからやる、やれないことを悩まない、相手が誰でも同じこと。あとはもう少し笑顔で感じよく接したい、そこが難しい。
 そういえば今日仕事場に着いて少し話しているとき、アシスタントの人に今日の鳥飼さんはすべてを諦めたような声をしている、と言われた。
 諦めたフリだけで本当はなんにも諦めきれてないのです。

 子供が寝たあともしつこくショパンのワルツを練習して指がつりそうになった。
 昨日彼氏にピアノの練習頑張っているから発表会したら、と言われて笑った。発表会したら来てくれるのん、と聞いたら私が失敗するのを見るのが恥ずかしいから発表会には行かない、と言われた。
 子供のときに自分の父親がまったく同じことを言っていたのを思い出した。父親とこの人は同じ乙女座だ。

4月24日(火) 雨

 雨、でも気温はぬるい。朝起きるとスマホにセットしてたはずの時間を1時間過ぎていて慌てて起きる、案の定子供も寝ていた。眠りが浅い私がアラームを聞き逃すことは滅多にないのだけど、と不思議に思う余裕は全くなく、すぐに小学校に電話をかける。子供が保育園くらいのときは小児科に行ってたとかおトイレに手間取ったなどと子供のせいにして自分は知らぬ顔で遅刻させたものだが、息子が少年になったいまそういう嘘はつけない。
 電話に出た副校長先生に「子供と一緒に寝坊しました」と正直に伝えてすぐにグラノーラに牛乳をかけたものだけ食べさせ、登校させた。
 その後またソファに横になり二度寝。昼過ぎに起きて自分も牛乳をかけたグラノーラを食べ携帯をチェックするが何の連絡もなし。アシスタントさんが入っているときは下絵のチェックのためのラインがしょっちゅう入るので今日はもしかしたら誰も来てないのかもしれない。
 シフトを確認すればわかるのだけどその気になれず、今日は休みに違いないことにして予約していた英会話に行く。雨でも平日でも渋谷は人で溢れている。帰りしなスクランブル交差点をマリオカートのキャラクターに扮した外国人たちがおもちゃのような車から半身をむき出しにして走っていく。私が旅行者だったらマリオカートの日が雨だったらがっかりだと思うけどこの人たちはどういう気持ちなのだろうか。せっかくTOKYOに来たということで、雨なんかはNo problem なのだろうか。

 バスと徒歩でのろのろ仕事場に着くとアシスタントさんがふたり黙々と仕事をしていた。私も仕事に混じる。やる気がしないやる気がしないやる気がしない。口を動かしながらわずかながらでも手を動かす。
「どうしたんですか鳥飼さんは最近」
「正体をなくしたのだよ」
「そんなことばっかり言ってますね」
「何にも関心がもてない 」
「関心あるじゃないですか漫画に」
「フリです。関心あるフリ」
 関心あるフリをするためにシャーペンを動かしては、消しゴムで消す、描いた線が正解からほど遠く消しては描く、同じようなところを何度もなぞっては消す、結局全部消してしまう、もう一度初めから線を描く。正解に近づくために、消して描くの繰り返し。

 子供と終業後に帰宅して晩御飯を急いで食べながら少し話す。前に彼氏が息子にやった「マインクラフト」というゲームのTシャツを今日初めて着ていって学校の友達に「いいね」されたらしい。お礼の代わりにその服でポーズを決めた息子の写真を彼に送ると、予想どおり「どしたん?」という反応。
 私が冷奴にのせた台湾のピータンを少し取り分けて食べた息子は中国のそれより食べやすいことに感心していた。台湾のピータンはクセがなくて私は好きだ。
 今日もちゃんとした料理をつくらなかったことに20パーセントくらいの罪悪感。ご飯のたびに子供を急がしていることに15パーセントくらいの罪悪感。生活の35パーセントが罪悪感。
 子供が寝てから一服して、今日もピアノの練習。昨日弾けなかったところが少しずつ弾けるようになっている。今日は次のページを集中的に練習する。2時間くらいやって、頭から弾いてみたらさっきできてたはずの冒頭の部分でつまずいてしまう。新しいことを覚えた分、古い記憶が瞬間的に消えてしまった。
 練習のためか手が強張っている。スマホでこれを打つのもいずれキーボードに変えないと、また手首をやってしまいそうだ。でもまだ本格的に始めようという話にはなってない。編集さんに週末会って、そういうことになったら、携帯用のキーボードを買おうかなと考えている。

4月25日(水) 雨のちくもり

 仕事を少しして、夕方からライブに行った。前から観たかった若い人のバンド、子供を父親に預けられたので急遽行けることになった。ライブ、良かった。観に行ったメンバーでそのまま帰りにご飯を食べビールを飲んでひとしきりお喋り、ライブで踊ったあとにハイテンションで話しすぎて頭がクラクラする。
 こういうとき、常にテンション低めな彼氏のところに帰りたい。メールするとちょうど友達が来てるから来たら、とありがたいお返事があったのでご飯終了後に彼の家に向かう。
 初めて会う彼の友達と3人で、今度はややテンションをローに調整して、その友達のいましている仕事の話を聞いたり新しいアプリを見せてもらったりした。
 新しい人と会うのは楽しい。自分のテンションがハイになったりローになったりするのも、マニュアル車の運転をするようなもので(実際はAT限定の私だが)楽しいといえば楽しい。私は会う人によってテンションがすごく変わるほう、だと思う。流されやすいのだと思う。なので、常に低め安定型の彼氏といることが現在ギターのチューニングみたいになっている。私のチューニングは、すぐにくるう。

 そのまま泊まっていこうかと思ったけど睡眠薬がないため家に帰ることにした。この2年の間に私は睡眠薬で眠るようになっている。自分の母親も叔母も祖母も睡眠薬を飲んで眠っているらしい。そういう家系だと思うことにしている、いまのところは。
 深夜3時、駅前のタクシー乗り場まで徒歩で送ってくれる彼氏が夜空に低く覆われた雲を見て低気圧というのはどういうことか、彼なりの見解を話してくれた。たしか前にも同じことを説明してくれたが独自の見解であるためか私が理系全般が苦手なせいか今日も最後のほうで理解しきれない。自分が水の中にいるとして水面に近づくと水圧が下がるから、雲が下がってくると気圧が低くなってるという道理だそうです、わかりますか。
 車のまばらになった環七で幸運にも直ぐにタクシーがつかまった。このあたりはタクシーが本当に止まらないので、今日はラッキーだった。
 メイクだけ落として、薬を飲んで、これ書いたら寝ます。なんか色々カラフルな1日だったけど、今日はもうお疲れ。

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