遠い地平、低い視点

【第48回】すごい人達

PR誌「ちくま」6月号より橋本治さんの連載を掲載します。

 もう何年も前のことですが、某製紙会社の創業者一族の御曹司で会長になっていた人が、「カジノで百億円以上の金を使ってしまった」というかなり派手なスキャンダルを起こしたことがございました。「会長」っていうからジーさんなんだろうなと思っていたら、そんな年でもなかった。「カジノで百億円も使う若き会長」っていうんだから、バカなんだろうなと思っていたら「東大法学部卒」だというんで、「えーッ」と仰天した。ところがその彼が押し寄せた報道陣の中を、確固とした表情を変えず平然と歩いている映像を見て、「あ、東大法学部だ!」と改めてびっくりした。
 東大法学部は揺るがないですね。子供の時から勉強が出来て、今や唯一の価値基準のようになってしまった「頭がいい」をクリアして東大法学部に入っちゃったから、揺るぎようがないんですね―「そういうことなんだな」と、改めて東大法学部卒を理解した。
 その時は、まァそれきりでしたね。私には法学部じゃないけども「東大出」という暗い過去があって、大学に入ってすぐ「ここは自分の来るところじゃなかったな」と思ったくらいで、「揺るぎようのない人」とか「揺るがない人」とは相性が悪い。だって「揺るぎようのない人」と、どう付き合ったらいいの? 付き合いようがないじゃん―と思っているから、遠い過去のことは思い出したくない。がところが、去年の春、当時は財務省理財局長だった佐川宣寿氏は、森友学園への国有地売却問題で国会答弁に立って、いともきっぱりと「(そういう書類は)ございません。廃棄いたしましたので、ございません」と言ってしまった。
 何度突つかれても、顔色一つ変えずに、「そういう事実はございません」の一点張りで揺らぎもしない。「すげェな、ホントに東大法学部だ」と思った。普通、なんか後暗いところがあれば、少しはブレが出るもんだが、それがまったく出ない。もう「俺は頭がいいんだから、揺らぐはずがない」という芯棒がズンと通っている。「私の言うことは間違っていないんだから、後はそのようにしとけよ」と言ったかどうかは知らないが、何度突つかれても揺らがない。頭がいいというか、勉強がすごく出来る人は、「自分が出した答が間違ってるかもしれない」なんてことは考えない。だから、きっぱりと揺るぎない。
 佐川前財務省理財局長で前国税庁長官は、東大経済学部卒だったけれども、更なる東大法学部卒は、加計学園問題で相談だか陳情にやって来た愛媛県庁の人間に「これは首相案件だ(だから安心しろ)」と言った言わないの、経済産業省からやって来た首相秘書官の柳瀬唯夫氏ですね。「愛媛県の人間と会ったんでしょ? 首相案件って言ったんでしょ?」と報道陣に迫られても、「私の記憶の限りでは、そんなことない」と言う―というか、そういうコメントを紙に書いて出して、以後は「コメントの通りです」の一点張り。勉強の出来る人だから、紙だけなんでしょうかねと思っていたら、その後にまた「後でコメント出します」という紙の人がいた。誰かと言えば、掛け合い漫才風のセクハラ問題が明らかになった、財務事務次官の福田淳一氏ですね。
(千鳥かなんかが、唐突に「キスしていい?」ってボケて、「だめじゃ」って返される漫才やんないかな? 「オッパイ揉んでええかの?」「癖がすごいィ」とかね)
 すごいですね。セクハラで音声データも公表されちまってるのに、「調整してコメント出します」って答え方はなんなんだろ。逃げ方としては、1.あの声は私じゃない 2.あれはセクハラなんかじゃない―のどっちかなんだけども、どうも福田見解は「あれはセクハラじゃない」の方らしいですね。「あんなスケベなことを言っといて、よくもぬけぬけと」と思われるかもしれないが、もしかしたら彼は、「セクハラ」というものを一般常識とは違う、独自の見解で捉えてらっしゃるのかもしれませんね。法学部に限らず、「俗事に疎い」という傾向が東大の人間にはよくあって、そこに「正解とは俺の知っているものだ」という法学部見解が重なると、「俺の知ってるセクハラとは違うからセクハラじゃない!」という見解も成り立ちまして、なんであれ、東大法学部卒は自分の非を認めて謝るなんてことはしないし、ペラペラと余計なことを喋ったりしない。
 今や次官の代理みたいになった財務省大臣官房長の矢野康治氏は、妙に軽く出て来てペラペラ喋るから「法学部にああいうのもいたかな?」と思っていたら、東大じゃなくて一橋大学出だった(ああ……)。援交問題で涙ながらに辞任会見をした米山隆一新潟県知事は、元弁護士って言うから東大法学部だと思ったけど、こちらは同じ東大でも医学部でしたね。医者なら、患者に「どうしました?」って頭下げるんだな。


*佐川宣寿氏は東大法学部卒ではなく東大経済学部卒でした。お詫びして訂正いたします。

PR誌「ちくま」6月号

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