荒内佑

第21回
「俺」と「僕」問題

4th Album『POLY LIFE MULTI SOUL』が話題沸騰!!! 今、注目のバンドceroのメンバーとして多くの楽曲で作曲、作詞を手がける荒内佑が、〈日常〉とそこに流れる音楽の話を綴る大好評の連載。 更新は毎月1回、第4水曜日になります。

 
  バンドのアルバムが出て、あわせて雑誌やwebのインタヴューを40本近く受けた。これが多いのか少ないのか読者は分からないかも知れないが(多いです)、同じことを短期間で40回話せます?……いや余裕っす、という人がいたら何かしらの才能があると思う。それよりもインタヴューってのは、後日書き起こして編集された原稿がメールで送られてくる。それをミュージシャンは修正したり、しなかったりして送り返す。人によってめちゃくちゃ修正、さらには加筆する(実際は話さなかったことを書く)派と、全くスルー派に分かれる。後者の方が絶対クールだと思うのだが、僕は圧倒的に前者である。なので人様のインタヴューを読んでいてもある程度はどっち派か分かっちゃうのだ。
 で、ある日気がついた。僕は普段の一人称は「俺」である。インタヴューでも「俺」。あまり面識がない目上のパイセンには「僕」で、この原稿は「僕」or「ぼく」にしていて、「私」は人生で3回くらいしか使ったことがない(税務署に電話する時等)。インタヴューの本数が多く、ライターや編集者たちにずっと畏まって「僕」だと正直めんどくさいので、インタヴューでは「俺」に統一しようとある日決めた。が、原稿が上がってくると「僕」に修正されている場合が多くあるのだ。別にどうでもいいけどなぜ直すのだ、と不思議だった。たぶん他のメンバーが「僕」を使うから、先方も一人称の書き分けが面倒で「僕」に統一してるんだろう。だけどそれだけの理由だろうか。かつてテレビで吉田拓郎さんが言っていた「昔さ、地方かどっかで取材を受けた時に、インタヴューの時は〈僕〉って言ってるのに雑誌をみると〈おいら〉になってんの」という話を思い出す。


 男性の一人称問題。例えば、多くの視聴者にとってジェンダーが不確定なマツコ・デラックスさんの一人称は「私」だが、もし仮に「俺」だったり「僕」と言い出したら相当イメージが変わるだろう。「私さぁ、ああいう女が一番嫌いなの」「俺さぁ、ああいう女が一番嫌いなの」「僕さぁ、ああいう女が一番嫌いなの」。「俺」と「なの」のコンビネーションは若干珍しいが、自分はこれが一番イヤミに感じる。「僕」と「なの」にそこはかとなく漂う昭和のインテリ感が懐かしい。マツコさんでなくとも、例えば故・大島渚監督が「私はノサカを許さない、馬鹿野郎」「俺はノサカを許さない、馬鹿野郎」「僕はノサカを許さない、馬鹿野郎」と言ったとして、このグラデーションも味わい深い。もちろん大島監督は実際にこういった発言をしてない。これは一度はやってみたい野坂昭如vs大島渚のマイク殴打事件に由来するが、この場合「僕」が一番鬼気迫るように感じる。俯きながらメガホンを握りしめる姿……念のためいっておくが僕は大島作品のファンだ。
 海外アーティストのインタヴュー、歌詞、あるいは洋画の字幕、吹き替えにおける一人称の設定も気になる。同じアーティストのインタヴューでも訳者によって一人称が違い印象が変わった、という経験がある人もいるだろう。そもそも国内盤のCDを余り持っていない(歌詞の対訳が入っていない)ので統計を取った訳ではないが、ざっとCD棚を見たところ、R&B、ヒップホップ勢は「俺」、トーキング・ヘッズは「私」、ボブ・マーリーは「俺」もしくは「オレ」、その他はほぼ「僕」だった。R&Bのアーティストでも内省的とされるアフリカ系アメリカ人のフランク・オーシャンは「俺」と「僕」どっちが使われているんだろうか。手元にデータの音源しかないので確認できないが、高い確率で「僕」だろう。一人称がパーソナリティ(のイメージ)に与える影響って想像よりも結構デカいのでは、と思う、僕は。
 女性はどうだろう。女友達で一人称が「僕」――「ボクっ子」てやつ――なのはかつて2人いたが、1人は次第に「私」に変わって行き、もう1人は最近会ってないので現状は知らない。「オレ」を使う友達もいた。一人称を「ボク」「オレ」にする女性にはどういう願望があるんだろう。そしてなんとなくカタカナ表記になるのはなぜだろう。そういえば田渕ひさ子さん(というギタリスト)がボクっ子だという話を聞いたことがある。インタヴューで女性が「ボク」「オレ」と名乗ったらインタヴュアーは原稿で「私」に修正するだろうか。絶対しないだろうけど。


 それで、いま突然思い出したが、研究熱心な僕は小学校6年の時に、自分のことを「私」と試験的に呼んでみたことがあった(なので、最初の方に書いた「3回くらい」ってのは大人になってからの話でした)。自分としては大人が使う丁寧語としての「私」のつもりだったが、同級生からは「なんで〈私〉なのー、気持ち悪いー」と言われた記憶がある。どうして男子が女言葉を使うのだ、という意味で。子供が「私」を使うと大人ぶっているというより、女っぽいってことになるようだ。「私」には社会性と、女性性が含まれていて、年齢や状況によってその性格が変わるのだ、と当たり前のことを知った。
 それにしても、新卒の新社会人男性って「私」って言う時にやっぱり居心地の悪さを感じるんでしょうか。それで友達と飲みに行って「俺さぁ、会社入って〈私〉って言ってんだけどやっぱ慣れね~」みたいな会話ってあるあるなんですかね。

 

関連書籍