ちくまプリマー新書

何がフェイクで、何が本当なのか? 

松原耕二『本質をつかむ聞く力』はじめにより

真偽不明の情報があふれる今の時代、もっともらしく聞こえるものを鵜呑みにしてしまわないように。物事の本質に迫るためにじっくり聞く、耳を澄ませることの大切さを伝える。6月刊行のちくまプリマー新書『本質をつかむ聞く力 ニュースの現場から』の「はじめに」を抜粋して公開します。

 大変な時代だとつくづく思う。
 ただでも情報が多い。いや、多いなんていうもんじゃない。情報化時代という言葉はもうずいぶん昔の言葉だけれど、その言葉が出たときには想像もできなかったほどの情報が世の中にあふれている。
 本が売れないと言われて久しい。それでも図書館や大型書店に行けば膨大な書物が並んでいる。昔ながらのメディアである新聞や雑誌、さらにはラジオやテレビにも日常的に接することができる。テレビも今や、地上波からBS、CS、ケーブルテレビまで数え切れないほどのチャンネルがある。
 これを読んでくれているみんなにとって、最も馴染みの深いものはネットかもしれない。ネットを開けば、国境すらすぐに超えられる。海外の新聞や映像にもあっという間にたどり着くことができる。国内のコンテンツも気の遠くなるほどの量だ。それだけじゃない。多くの人がブログを書き、ツイッターやフェイスブック、インスタグラムを通して写真や言葉を発信する。ネット上で知り合った見知らぬ人と、情報を交換することもあるだろう。気がつくと、一日の多くの時間をスマートフォンの画面を眺めて過ごしていることも少なくないかもしれない。
 それに加えて、やっかいなのはフェイク(偽)ニュースと呼ばれるデマの情報だ。
 ネットに入れば、真偽不明の怪しい情報にすぐに遭遇することができる。そこにはフェイクニュースという印はついていない。まことしやかに、これこそ真実という顔をして、しずしずと出てくるからたちが悪い。そんなデマを流しているのは、どうせ一部の悪い人たちだろう。そう思いたいところだけれど、そんな牧歌的な日々はとうに終わっている。国が組織的にフェイクニュースを流す時代なのだ。
 2016年のアメリカ大統領選に影響を与えようと、ロシアが落としたいほうの候補者に不利になるデマを大量にネット上に流していた。選挙結果にどれだけ影響があったかははっきりしないとはいえ、そうしたことがあったという事実はアメリカの捜査機関が確認している。ところがデマを流されたアメリカでは、取り締まる側にいるはずの大統領自身が平気でデマを振りまいている。気にくわないメディアをフェイクニュースと罵倒し、自分はツイッターを使ってあることないこと、明らかにウソと分かることを発信し続けている。世界で最も強い軍事力と経済力を持つ国のトップが、率先してフェイクニュースを拡散しているとも言えるのだ。その数、およそ3000回。トランプ大統領が就任から1年3か月あまりの間に、ウソや誤解を招く主張を3000回行ったと、ワシントン・ポストが分析している。
 国内に目を移しても、状況はそれほど変わらない。
 これを書いている今も、連日、公文書をめぐる問題が報じられている。ないと言い続けていた文書をいきなり見つかったと言って出したかと思えば、明らかにウソをついて隠していたとしか思えないケースもある。決裁文書という役所にとってもっとも大事とも言える文書をこっそり改ざん、つまりウソの文書を国会に出したことも明らかになっている。
 そうした問題の根っこには政治の姿も見え隠れしている。政と官のあり方がふたたび議論になっているけれど、総理官邸の力が強まった結果、官邸の意向ありきで、それに沿うようにデータが作られたり、事実が変えられたりする傾向が見られるのだ。官邸が「太陽は西から上る」といえば、官僚は太陽が西から上ることを示す書類を作るのに躍起になるか、東から上ることを示す文書を片っ端から廃棄していく。例えて言えば、そういうことになるだろうか。もしそんなことを続けていると、国そのものが「フェイク国家」になってしまう。
 手に負えないほど膨大な情報に囲まれているうえに、フェイクニュースがひっそりと、でも大量に紛れ込む。大統領は平気でデマをいい、官僚たちはせっせと公文書を隠したり、改ざんしたりする。何が本当で、何がデマなのか、もうわけが分からなくなってしまう。
 でもだからといって、呆然と立ち尽くしているわけにはいかない。見通しの悪い森の中で枝を払いのけながら歩くように、ひとつひとつ情報をさばきながら前に進むしかないのだ。
 そんなとき、出来るだけ道に迷わないようにするためには何が必要なのか。
 まずは静かに耳を澄ますことだと、ぼくは思う。
 何がデマで、何が本当なのか。もっともらしい言葉の裏には何があるのか。強い言葉の裏であえて言っていないことがあるのではないか。正反対の見方のどちらを信じればいいのか。
 そんな問いを自分の中で発しながら、騙されないように情報の真偽を見極めていくしかない。人に話を聞くことは新しいこと、人の思いに触れる奥深い行為だと思う。だから本来とっても楽しいことなんだ。でも油断するとどこかとんでもない場所に連れていかれてしまう。過去の歴史でもそうだったし、今もそれは変わらない。しかし膨大な情報に囲まれ、事実とフェイクの見極めが難しくなっているこの時代、正しく聞くことの重要性はさらに増している。この本がその手助けになるとすると、ぼくとしてはとてもうれしい。
 少しだけ、自己紹介をしておこう。
 ぼくはテレビの世界で記者やキャスターの仕事を30年以上やってきて、国内外でこれまでゆうに1000人を超える人々にインタビューという形で話を聞いてきた。さらにはニュース番組の編集長として、散らかった情報をどう読み解いていくのか、間違った情報にどうしたら振り回されないかに悪戦苦闘してきた。
 どう聞くのか。そこに正解はない。何より共に考えていくことができたらと思う。
 さあ、一緒に耳を澄ましてみませんか。
 

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